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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

私が歩む幸せへの道

作者: 楊咲
掲載日:2026/04/13


 この貴族社会は身分がすべてだ。

 身分が高いものが口にする言葉が虚偽であろうと、下の者が反逆することは許されない。

 それは死刑に値せず、それ以上の地獄が待ち受けることになるのは、有名な話であった。


「罪状、メルエイス・ソルフィーナ。貴様は昨日、ラック侯爵家の禁書庫に無断で立ち入り、盗みを試みようとした──」


 私の名を告げ、鋭い眼光で読み上げるは判決者。

 身分が全て、その名通り”貴様”と口にする姿は、見下ろす侮蔑の視線が物語る。

 周囲の人だかりもまた同じ。掃き溜めを見るような視線を私に送れば適当に口走る。

 それは、ラック侯爵家の地位を汚そうとし、死刑となった私の両親も蔑んだ。


 感情なんてものは、もう両親の墓場へと捨ててきた。

 跪く私が顔を横へと向けると、学友である人物が目に映る。


 周りの目がないところで、とても私に優しくしてくれた。今にも涙が零れそうになっている。

 気持ちだけで十分、伯爵家の家系である彼女が侯爵家へと反逆すれば、家系へ響くどころの騒ぎではない。それに、元は子伯家である私に対し対等なる立場で声を掛けてくれていること自体、自らの信頼を地に落とすような真似をしていた。

 もう、迷惑はかけられない。


 今度は俯いてしまえば、左前方に見かけた顔。それは元婚約者である伯爵令息、ルルス伯も静かに見守られていた。

 当然のように助けてくれるはずもない、彼の家系は渦中のラック侯爵家と手厚く繋がっている。婚約者だったのなら助けを求めれば。今こうして罪状を聞き届けている時点で、見限られたということだ。

 ほかに明かすことがあるのだとしたら、彼の隣に佇むラック侯爵家のご令嬢、セレンタ嬢が目を細めていては愉悦した表情でいること。


 ……最初から、どうでもいいことだ。


「──よって、今後一切、ラック侯爵領を踏み入ることを禁ずる」


 判決者の言葉のとおり、家でもあったラック侯爵領を追い出された。

 荷物は何もない。服も囚人服のような薄いもの。肌寒い夕暮れに投げ捨てられ、両親の形見である指輪までも奪われてしまう。

 今頃、学園の寮にある私物も全て燃やされていることだろう。


「……」


 どこに向かっているかもわからず、裸足のまま歩いていく。

 私は感情をお父様とお母様の墓場に捨ててきた。だから、何も思うことはないはずなのに。


「…………ッ」


 膝から崩れ落ちてしまえば、顔を覆っていた。

 映る空も、私の感情を表していた。


  ◆


 いつの間にか、気を失っていた。

 目覚めた場所は、以前のような清潔感が保たれた部屋でなければ、平民が住んでいそうなボロそうな家。起き上がろうとすれば痛む腰を抑えてと、ベッドですらなく床に寝転がっていたと知る。


 このような扱いは初めてだ。床に寝させられるなんて、私は囚人か何かか。

 いや、囚人か何かではなく、ラック侯爵領では囚人そのものであった。


「にぃにぃ! おきたよ!」


 突然、玄関と思われる扉が開き、四人の子どもたちが顔を覗かている。

 こんな小さな家に子どもが四人も? 困惑した表情でいると、半開きの扉を開けて見せるひとりの男が、靴裏の泥を落としては子どもたちを連れて入ってくる。


「おはよう、目覚めは……良好か?」


 爽やかな表情を見せる青年は、こちらの様子を伺っては訊いてきた。

 金色の髪に青い瞳。服装は平民といった大層な服でなければ、口調も慣れ親しんだ様子。私が伯爵家の令嬢だとは思ってもいないだろう。

 歳もあまり変わりなさそう。私は十六であれば、彼は十七か十八といったところに見える。


「ここはどこ?」

「俺の家だ。それよりシャワーを浴びよう。大雨のなか倒れていたから泥だらけだ。せっかくの綺麗な髪も顔も台無しだ」


 そう言って、渡してきたのはボディタオルとバスタオル。指し示すのはシャワールームらしき場所。

 肌触りは問題はない。子どもたちの視線が突き刺さるも、無視をしては重い身体を動かし、シャワールームへと入っていく。


 衣類を脱いで入ってみれば、顔が引き攣ってしまう。

 狭すぎる。それに清潔感もなさそうに見えて気持ち悪ければ、目を瞑りたくなるほど。木材でこの部屋を作ったのだろう。外の音まで聞こえていれば、私生活が丸聞こえの状態に身を竦めてしまう。平民はよくこのような生活で生きていけるものだ。

 一旦、体を温めたい。小さくもくしゃみをしてしまえば、蛇口を捻ると──。


「きゃっ!!?」


 冷たい水を浴びてしまい、思わず叫んでしまえば蛇口を慌てて元に戻す。

 まさか冷たい水で洗えと? これは拷問だと寒さゆえに震えていれば、シャワールームの扉が勢いよく開く。


「どうした?!」


 駆けつけたのは、もちろんあの男。血相を変えて躊躇いもなく扉を開けてみせた。

 ただ、彼は私の身体を少しの間見入ってから目を逸らす。


「す、すまない。何もなければ──」

「逃がすわけないでしょ!!」


 顔を俯かせこの場を去ろうとした彼の頬に、私は張り手をお見舞いした。

 前は隠せていたが、確実に後姿を見られた。まだ両親やメイド以外に見られたこともないのにと思えば、赤くなった顔が少しずつ引いていく。

 元婚約者であるルルス伯とは全く何もなかった。そもそも会話をするような事すらないほどであっては、政略婚。むしろ、婚約破棄されて良かったとため息を吐いた。


 冷水シャワーには耐えてみせた。シャンプーやボディソープは使えたので綺麗に洗い流すことができれば、シャワールームを退出。バスタオルで身体を拭いてしまえば、下着は仕方ないので同じのを使い、服は……新しいのを用意してくれていたのを着てしまう。

 居間というより、ひとつの部屋しかない家のためそこへと顔を出せば、正座をしていた彼を四人の子どもが弄んでいた。


 彼の頬に、私の手形が残っていたものの謝ることは当然なかった。




 今いる場所はアルフラン王国にある辺境地だそうで、偶然私を見つけては、そこまで運んできてもらったよう。

 それも馬車で運んでもらいはしたが、辺境地の入り口からこの家までは、彼がひとりで私を抱えながら運んだらしい。

 侯爵領から距離としては、馬車を使えば半日ほどと地図上では記憶している。

 ラック侯爵領とは無縁とは言えない辺境伯の領地ではあるのだが、私は暫く泊まることにした。


(それより……)


 温かい飲み物を口にしながら、私が気を失ってからの経緯を彼──アレザは話してくれたのだが、四人の子どもたちが邪魔すぎる。

 子どもは嫌いだ。自由奔放に遊んでいれば少し叱っただけでも泣いてしまい、こちらを悪者にしてしまう。そして慰められ、少ししたら何事もなかったように遊び始める。

 今も似たような感じだ。私の手や腕を引っ張れば、整えた髪を散らかし、勝手に膝の上へと乗ってくる。空気を読めもしないこの子たちに怒鳴りたいが、笑ってみている彼が外へと連れだせば、この子たちに関しても話してくれる。


「捨て子?」

「そうだ。まだ三歳ぐらいの年齢だ、名前も俺が付けることになった」

「……どこで拾ったの?」

「拾ったは人聞きが悪いな、保護したんだ。火が焚いてある集落かわからない森で、四人とも怯えながら座っていた。声を掛けたら、両親の顔も覚えていないし、自分の名前も言えない。売られる寸前だったのかもしれないな。俺が立ち上がったら、あの子──アイシャが泣きながら付いてきたから、みんなを保護することになった。もう二ヶ月ぐらいは経ってるな」


 少し遠い目をしていた彼は、四人がボールで遊んでいる姿へと視線を移し、少し心配そうにしていた。

 捨て子、そう聞けば心が痛まないわけではない。それに四人の子どもを平民ひとりで育てるのは至難の業ではないだろうか。

 その通りだ、と言えるのは彼ではなく、私のほうであった。


 彼が夕食を作っている間、四人の子どもたちの相手を任された。

 大人しくできないものか。好きなように走り、好きなように喧嘩し、好きなように泣き喚く。

 私の小さいころの記憶がある限り、ここまで暴れ回った記憶は存在しない。かなり大人しくしていたほうだろう。だからといって、強く叱りつけることは気が引けてしまう。捨て子といった話を聞いてしまったこともあるが、私が大人になるべきかと落ち着くのが、伯爵家の令嬢としてあるべき姿ではあった。


(なに……これ……?)


 アレザが作ってくれたのは、残飯のように見えるスープだろうか。小さなお椀を目の前に渡されては顔を顰めてしまう。

 綺麗なテーブルに上品な椅子。目の前に広がるはシェフが用意した美味なる料理。今となっては、ボロい床へと直に座り、目の前の食事はお世辞にも美しい料理なんて口にはできない。


 一度息を呑み、スプーンで掬う。

 睨みつけていれば、アレザと目が合っては逸らし、頬張る子どもたちの姿を見てから口にする。


「……」


 以外と美味しい。それが初めて平民の食事を口にした、私の感想であった。




 夜には子どもたちが寝静まり、私とアレザは四人の子どもたちを介して話す。

 今起きれているのは、確実に床で寝ているからだ。


「そういえば、名前訊いてなかったな」

「……メルエイス」

「どこかの貴族か何かか?」

「ソルフィーナ伯爵家」


 私が口にすると、アレザは驚いた様子もなく平然とした声音で「おー」と言っている。


「あなた、怖いもの知らず?」

「平民のなかでは度胸があるってことだ。そもそも、伯爵家の令嬢なら、もう少し気品ある言葉遣いを選ばないか? 見た目は別として、あまり貴族って感じはしないが」

「いろいろ疲れたの。今は……普通でいたい……」

「……そうか」


 汲み取ってくれたのか、アレザはこれ以上口にはしなかった。

 そして、私からは何も話すことはなく眠りに付いた。


  ◆


 あれから数日が経った。

 生活としては、勉学や社交界等と諸々が無くなってしまえば、今や四人の子どもたちの面倒や家事を手伝うことになっている。

 三歳の子どもが四人、あまりにも大変すぎた。世のメイドは良くこの仕事をやり遂げていたものだと、感心せざる終えなかった。

 そもそも、伯爵家の令嬢が家事をこなすことができるのか。

 答えは子供の面倒を見る以外は問題ない。それに護身術なども強制的に身に着ける家系であれば、他の貴族社会の人間たちとは一風変わった家系かもしれなかった。


 では、続いて金銭を所持しているのか。

 もちろん持っていない。地位以外になるのだろう、ほとんどを失った私ができることは、あとは働き場を見つけることぐらい。

 しかし、お金の心配はしなくていいとアレザが口にすれば、彼は日中に外へと出稼ぎに出ていたので、甘えさせてもらう形となっていた。


 この時間はそう悪いものではなかった。色々張り詰めていたものから解放されたからか、気持ちは少し軽くなっていた。ただ、冷たいシャワーに寝ようにも固い床は苦痛を極めた。それも子どもたちのことを考えれば、対策費用だけは彼から貰い少しはマシになった。


 ただ、深夜には魘される。

 お父様とお母様が処刑台に立つ姿。断頭台によって首を固定され、何も話すことがないよう猿轡を噛まされている。

 表情は、後悔がないようであった。

 振り返って知るのはどこか寂しげなふたりで、私の成長を願ってくれていたように感じる。

 最後の柔らかな目つきからは──。


「……」


 勢いよく目を覚ましてしまった。

 呼吸が浅く、冷や汗が頬を伝う。


 人の首を切り落とす、刃渡りが落ちた瞬間だった。

 周りの人間たちは嘲笑し、婚約者であったルルス伯は私に婚約破棄を突きつけその場を去っていく。

 セレンタ嬢にその父上もご満悦の様子。全員が敵のなか、私だけを見続けたお父様とお母様。目に溜まったものが溢れていた時には膝から崩れ落ち、閑散とした場にひとり取り残されていた。


 追放されてからというもの、多くの悪夢を見てしまっている。

 それは、これまでの人生で起きた出来事ばかり。唯一寄り添ってくれた学友の顔が夢に出てくることがなければ、掻き消すかのように悪夢だけが蔓延っている。


 こうして、いつも通り水を汲めば喉を潤し、寝静まった五人の元に戻る。

 子どもたちの寝顔を見れば少し気分が楽になる。

 起こさないよう、そっと寝転がれば、また明日を迎える。


  ◆


 特別な日が訪れた。それは、全員で少し遠くに出かける機会があったということ。

 アレザが買ってきてくれた服に子どもたちを着替えさせ、準備を始める。

 どこに行くのかは聞いていない。というより、教えてくれなければ、彼は楽しいところとだけ口にしていた。


「アイシャ、こっちに来なさい。ちょっと、レイシアとミスラは大人しくしてて! あれ? リタ……ちょっと、リタは髪を引っ張らないで!」


 慣れてしまったと言えばそうだ。客観的に見れば、私は伯爵家の令嬢ではなくメイドでもなければ、この子たちの母親になっている。慌ただしく四人の身支度を済ませていれば、遊ぶ三人には厳しくというよりは注意するように呼びかける。

 もう四人の名前を覚えてしまった。女の子のアイシャにレイシアにリタ、そして男の子であるミスラ。

 最初は名前を覚える気もなかったのに性格までも知っているのは、子ども嫌いを卒業したようなものであった。

 四人の中なら、一番大人しいアイシャの着替えを手伝っていると、アレザの柔らかい表情が目に映る。

 見守るのは良いけど、他の子たちをどうにかしてと視線を送れば、眉を下げて見せ彼は動き出した。


(綺麗……)


 アレザに連れてきてもらった場所は、綺麗な砂浜に透き通るような青い海が見れる景色であった。

 この辺境地に海が見える場所があると聞いていたが、外出する機会も最低限であれば、初めて訪れた。

 私は初めて見る景色に感動を覚えると同時、砂浜に興味津々な子どもたちが駆けだそうとすれば、引っ張られるがままに飛び出した。


 子どもたちのように、私も初めて触れる砂浜に惹かれた。

 それは頑張ってお山を作り始めれば、砂場を掛けたりと子どもたちも楽しんだ。

 海にはアイシャが怯え、リタが恐怖のあまり泣き出してしまった。

 そんなふたりに私は寄り添いながら、好奇心旺盛なレイシアにミスラ、ふたりを見守るアレザを遠くから見ていては柔らかい表情でいられた。


 他には釣りをすることになった。

 そう言った場があるらしく、アレザが釣竿を店から借りれば、どんどん魚を釣っていく。

 すると、四人を見守っていた私に釣竿を渡してきた。


「え、気持ち悪いんだけど」

「餌はこっちで付けるから」


 顔を引き攣らせる私に、彼は呆れながら釣り針に餌を取り付ける。

 話には聞いていた釣りというもの。これも初体験であれば、餌の見た目に少し吐きそうにもなる。


「で、餌付けただろ。危ないから、みんなはこっちに寄ってな。そこから──」


 アレザが子どもたちのことも気にしながら教えてくれると、平然と私の手に自身の手を被せては握り始める。

 心臓の鼓動が早まり、頬が熱くなっているのを感じる。後ろを振り返れば、彼の顔が間近に映る。

 一呼吸置けたのは彼の手が離れたあと。少し視線を彷徨わせていれば、竿が力強く引っ張られる。


(き、来た)

「お! 様子を見ながら引っ張って……」


 驚きのあまり身体が縮こまる私に対し、アレザは私の後ろに回っては再び手を重ね、力を貸してくれる。

 あまり大物というわけではないらしいが、引っ張られる力が思いのほか強ければ、身体が海へと投げ出してしまいそう。

 餌に掛かった獲物と格闘すること、私にとっては長時間。


「おー!」


 ようやくといった思いで魚が釣れた。


「ほら、釣れた」

「そ、そうですね……。いや、こっちに近づけないで!」


 釣れた達成感はあった。ただ、アレザが釣り針から魚を外し近づけてきたときには、私は釣竿を慌てて手放し子どもたちを連れて離れていた。

 魚を食したことはないのか。もちろん美味なるものと認識しているが、生きたままの魚を目にすることは一度もなかった。

 美しい鱗が太陽に照らされ輝いているというのに、ピチピチ跳ねる姿は恐怖そのもの。何を考えているのか読めない生物はいつだって怖いものだ。

 「怖がり過ぎだ」そう苦笑する彼の表情には、睨み返すだけで精一杯であった。


 海へと出かければ、釣った魚を頂くことにもなった。

 アレザが焼いた魚の身を取り除いては、塩を掛けずに子どもたちに食べさせる。身を食べさせるのは私も同様であったが、今度はアレザが串刺しにした焼き魚を手に取り、塩を付けては齧り付く。

 はしたない。私が少し引いていると、彼から同じように食べろと促されては仕方なく食すことに。

 ナイフとフォークを使うのではなく、そのまま齧り付く。両親に叱られるだろうな、と思いながら小さく口を開けて食べようとするも──熱すぎて食べれなかった。

 世間知らずと思われたかもしれない。アレザに笑われてしまえば、私は不満げな顔を見せ冷めるまで待つことにした。




 家へと帰れば、ぐったりと疲労感を覚えながらも、夕食にしては子どもたちを寝かしつける。

 アレザのおかげで、今日は熟睡できるだろうと思っていたが……その日の夜も魘されていた。


 楽しい一日だったにも関わらず、変わることのない悪夢。

 それは、侯爵令嬢セレンタ嬢に仕えていた時期の悪夢。両親の処刑後、学園内では彼女による奴隷のような扱いで身の回りの世話などをすれば、陰湿な虐待が待っていた。

 清掃に使用した水を掛けられ、靴は片方失い、私の教材を目の前で投げ捨て、両親からプレゼントされた大切な腕輪も奪われてしまう。


 次第に何も思わなくなった。学園の休日に墓場へと訪れて以降、もう何も残ることはないのだと悟った。

 そして、私が無反応なことに呆れたのか、苦しむ様子を拝むことが趣味なのか、最後には禁書庫にある本を取って来いと、私の両親の形見である指輪を使って脅されては……捕らえられた。


 いつも通り夜中に目覚めれば、水を汲み乾いた喉を潤す。


「メルエイス」


 目覚めた際に、ポケットに入れたものでも食べようか。そう思っていると、後ろから声を掛けられる。静かな表情でアレザが待っていた。


「外に出ないか?」


 柔らかい表情を見せる彼に、私は平然を装って付いていくことにする。

 座るのは、彼と作ったベンチへ。

 外で遊ぶ子どもたちを見守る際によく使っていた。


「お腹空いたの?」


 隣から空腹の音を耳にすれば、私はポケットからお菓子の袋を見せる。

 子どもが食べやすいよう、一口大となるパンの耳で作られたラスク。お腹が空いたと子どもたちが喚けば、たまに食べさせていたものであった。

 最初は貧乏人が食べるようなものだとバカにしていたが、いざ私も口にしてみれば美味しいとたまに摘まんでいた。追放されてからというもの、外の世界を知ることが様々な方面で多くなっている気がした。


「それ、子どもたちのだろ。残しておいてあげろ」

「自分のお腹を満たす前に、子どもたちに分け与え過ぎじゃないの?」

「仕方ないだろ。一杯食べて、元気に育ってほしいからな」

「……気付くの遅くてごめん。もうちょっと多めに作る」


 私が謝りながらアレザにラスクの入った袋を手渡すと、彼は少しだけと口にしていた。


「深夜に魘されてるな」


 涼しい風が頬伝い、夜空を照らす月に目を惹かれる。

 そんななか、彼の言葉には顔を俯かせてしまった。


「ごめん」

「メルエイスは何も悪くない。それに謝ってほしいわけじゃないんだ。もしよかったら、話してほしいと思っただけだ」

「……」

「……平民には、話す義理はないか?」

「そういうわけじゃ……」


 言葉に詰まっていれば、差別をしているわけではないと否定する。

 だけど、迷惑になっているのは事実だろう。言葉からして、何回も魘されていては夜中に起きている私を知っているのだろう。

 ここで打ち明けるのは、伯爵家の令嬢として如何なものか。

 それは心よりも先に、口が動いていた。


「私の両親は処刑されたの」


 重たい口を開く。

 初めて話す自分の事情に、彼は静かに聞いてくれる。


「あの時、倒れていた近くにラック侯爵領があるの。私のお父様とお母様は、民衆から収められた金銭をラック侯爵家が不正に使用していたことを多く確認できては、それをキッカケに本人たちに問い詰めた。多分だけど、向こうは口封じのために、お金をいくらか回そうとしたのだと思う。お父様もお母様も曲がったことが嫌いだから、拒んだ結果……処刑されたの」

「……処刑か……」

「うん。多分金銭を受け取っていたら、処刑はされていない」

「そうだろうな。ただ、曲がったことは嫌いだったんだろ。自分の芯を曲げることのない、誇れる両親じゃないか」


 彼の言葉に、私は微笑んだ。


「だけど処刑まで追い込んだ理由はなんだ? 伯爵家の戯言と切り捨て、追放するだけでいいだろうに。上の立場である侯爵家の懐を見せることにも……」


 彼は口を閉ざす。

 侯爵家の人間が手っ取り早く処刑で済ませるのではなく、知恵を働かせているのだと、彼は頭の中で判断したらしい。


「証拠をすでに保管していた。向こうからしたらその証拠を燃やすか、元の記録を上手いこと改ざんして手を回せばいいのだけど、脅しのような形で両親が口にしたのかもしれない。それにラック侯爵家はすでに傷が付いていたの。ここで嘘でもそのような情報が出てしまうだけで、地位が危ぶまれるほど。それも領地を管理する侯爵家が焦ったのは、それほどの悪事だったと自覚していたということだと思う。だから、両親を反逆した罪としてでっち上げ、拷問はせず処刑で済ませてあげた」


 両親が処刑される前のことを思い出す。

 偶然聞いてしまった、両親とラック侯爵家との会話のやり取り。

 そして、拒む両親に冷たい声で返す相手側。夜には盗み聞きをしていたとバレてしまえば、とある場所だけを教えてくれた。

 それがふたりとの最後の会話だった。


「そこから私は侯爵家の令嬢に仕えることで、ラック侯爵家は民衆に懐の深さを見せつけた。反逆した両親の子どもを追放せず、傍に置いておくことにね。でも、結局はその侯爵令嬢に私は罠に嵌められて侯爵領を追い出された。これでソルフィーナ伯爵家の人間は綺麗に排除し、信頼回復の役にも立った。あなたに拾ってもらったのは、追放されたその日になる」

「……誰も助けてはくれなかったのか?」

「当時、婚約者がいたけど両親が処刑されたときに婚約破棄されたの。学友もいたけど、その子だけが救いだった。私の姿に涙まで溜め込んでくれて、とてもやさしくしてくれたの。話の流れから知っていると思うけど、身分によって決まる以上、侯爵家の人間に私たちが逆らえば地獄が待っている。助けも何も、それは自分の首を絞めることになるから」


 アレザの疑問にも答えた私は、心の中が冷え切っていた。

 あくまで冷静に口にしていたが、彼に伝えている声音はどういったものなのかはわからない。


「な、なに?」


 視線を俯かせたままでいると、彼が近くまで寄っていては前触れもなく私の背中に手を回す。

 距離が近いと私が手で静止すれば、アレザは無視して抱き寄せる。


「嫌なら突き飛ばせばいい」


 そう言って彼は、私を包み込んだ。


 久しぶりに感じた温もりであった。

 彼の腕の中に収まってしまった私は困惑してしまえば、突っぱねようとも力が入らなかった。


「苦しかっただろ」

「……」

「辛くなかったのか?」

「……そんなわけ……」

「だったら、全部吐き出してくれ。俺が受け止める」


 いつもの明るい声ではなく、優しさで包み込んでくれる声音に心を許してしまった。

 今までのように、吐き出したものが虚空へと消えていくわけではない。受け止めると言った相手がいてくれる。そう理解してしまえば、感謝の言葉を口にしていた。


「あり……がとう……」


 震える声は、安心からくるものであった。

 彼の背中に手を回していれば、縋るように強く抱きしめ、涙を零し続けた。


  ◆


 日が経つごとに、彼との距離はより近づいていく。

 その気持ちは今に始まった事ではないのだと知っていれば、初めて知る感情に心が躍っていた。

 元婚約者とは政略的なお話だったため、今の気分を味わっていない。それどころか、家柄のためにと私が踏み込んだ足すら向こうは退けてしまうのだから。


「──私、メルエイス・ソルフィーナは、あなたに婚約を申し込みます」


 静まり返った夜に、私はアレザに婚約を申し込んだ。

 ドレスで着飾った姿ではない。メイクや髪のセットも万全には程遠い。気品ある場所かと指摘されれば、私にとってはそのような暖かみのある居場所。椅子に座り、机を介して告げるのではなく、彼の目の前でかしこまり背筋を伸ばす。纏う雰囲気は崩さず口調も改める。心臓の早まる鼓動を感じながら、瞼を閉じて口にした。


「……待ってくれ、俺は──」

「平民といったお話でしょうか?」

「それもあるけど……」

「年齢の話ですか?」


 言葉を詰まらせる彼は視線を俯かせた。

 私は十六歳、彼は十七歳と生活の中で教え合うことがあった。

 結婚できるまでは少し先のこと。婚約を申し出ることは習わしといった話よりは、私なりの誠意であった。


「ともかく、平民であることは気にしません。それに、私は平民ではなくアレザに恋をしました。身分の格差など関係ありません。私はあなたと添い遂げたいです」


 体の熱を感じながら、微笑んでみせる。

 伯爵家の人間が平民と結婚する利益。損得勘定で動いていないのは、ソルフィーナ伯爵家の人間として何の貢献にもならず面汚しは確定だった。


「家柄の問題はどうなんだ……?」

「もう、私は関わらないほうがいいでしょう。両親にその娘も、ソルフィーナ伯爵家の面汚しですから。むしろ、縁を切るような話をしたほうが喜ぶかと」

「……開き直ってるな」

「いえ、このような状況でなくても、あなたと出会っていたら間違いなく婚約を申し出ていました。少しばかり痛い視線が送られるだけです」


 言葉にしながらも、心の中では慣れていると言った感情であった。


「本当にいいのか?」

「はい」


 アレザは拒む様子は見せなかった。

 それに合意だということなのか、手を差し出してきては握手することに。

 互いに婚約者として成立する際、このような形式でしたっけ? と思えば、私は笑ってしまい彼も照れくさそうな表情でいた。


 ここまではよかった。アレザと四人の子どもたちと平和に暮らしていきたいと、私は思い描いた。


「この子たちで間違いない! その男を捕まえろ!」


 婚約を申し込んだ、その日の早朝。突如として家の扉が蹴破られる。

 あまりの大きな物音に、私は勢いよく起き上がれば武装した何人もの男たちが土足で家へと入り込んできた。

 子どもたちは絶対に、そう身構えていれば彼が取り押さえられてしまう。


「ぐっ!?」

「アレザ!」


 起きたばかりのアレザを三人係で取り押さえてしまえば、私が気を取られているうちに子どもたちも連れ去られてしまう。 

 私は取り返そうとした。だけど、私を最初から連れていくつもりはなかったのか、邪魔をすることはないようにだけ押さえつけ、五人が連れていかれたのち解放されていた。


 この領地の衛兵だ。どうして急に彼たちを連れて行ったのか。

 扉を蹴破った後に男が口にしていた言葉。察するに、アレザが四人の子どもを攫ったということではないだろうか。捜索に時間がかかり、ようやく捕らえることができた、そのような経緯までも見えてくる。


 しかし、私が思い描いたものは嘘だというように、外に出てしまえば考えが変わってしまう。


「セレンタ……嬢……」

「あら、お久しぶりですわね、メルエイス」


 目の前にいる人物は、私を奴隷のように仕え、罠に嵌めては領地から追い出した、侯爵令嬢セレンタ。

 高貴なる美しいドレスを身に纏っていれば、彼女の不敵な笑みが私の心臓を締め付ける。


「以前より見窄らしい格好になってしまって、自ら平民まで成り下がったのかしら?」

「どうして、セレンタ嬢がここに……いらっしゃるのですか……?」

「いえ、偶然子どもを四人も攫った男を発見することができたので、通報したまでですけど……まさかメルエイスが、平民が攫った可哀そうな子どもたちと砂浜で遊んでいたとは知らなくて。何も知らないあなたは悪くないですわ。ただ、平民であるあの男の処遇は……どうなるかは見ものですわね」


 わざわざ、私を苦しめるためだけに追ってきたのだと悟った。

 嘲笑してみせる姿は、如何にも私の絶望した表情を覗きに来てはご満悦の様子。頃合いを見計らってかは知らないが、一度泳がせていたのだと彼女からは知れる。


 私は彼女の思うがままに膝から崩れてしまった。

 この場に誰もいなくなれば見知った光景が蘇るも、涙が零れることはなかった。それは頭の中が追い付いていないから。

 訳も分からず、閑散とした家にひとり残れば幸せに感じていた空間が冷たいものへと変わっていく。またしても、ラック侯爵家に潰されてしまうのかと、私は何もできずに呆然としていた。


  ◆


 数日間、大人しく待つことしかできなかった。私は衛兵から監視されるような生活を送り、静かで冷たい日々を過ごしていく。

 そんな日々を送る中、衛兵より彼に関しての話を聞かされる。

 判決が下ったとのこと。

 どういった判決かは教えてくれない、ただ法廷に向かえば会えるとだけ伝えられる。

 子どもたちに会うことはできないのか、その質問に対し衛兵は首を横に振れば、監視を解くと言い捨てこの場を去った。


 私は家へと入れば、ローブを纏いフードも被って法廷へと走って向かった。

 息を切らし、締め付けられる心に傷みを覚えながら駆けていく。

 法廷へと到着すれば、人だかりができているため、中央に立つはずの彼の姿が良く見えない。

 かき分けるように前へと出ることができると──。


(……え?)


 断頭台が目に映り、身体が硬直する。

 頭が追い付かない私は可笑しいのだろうか。平民が四人の子どもを攫った罪なのだから、死刑は当たり前だろうか。そんなことより、彼は怖がる子どもたちを保護しただけと言っていた。一緒に住んでいても攫ったなんてことは確実にないと言い切れる。

 アレザは誰よりも、あの子たちを大切にしていた。名前もしらない四人の子どもに名前も付けては、面倒を見てあげていた。元気に育ってくれると嬉しいと口にしていた。


 周囲へと視線を向けると、二階構造なる法廷にセレンタ嬢が顔を出している。

 高みの見物だ。二階から見下ろしていては、私が何処に居ようとも関係なく笑ってみせるのだろう。

 顔が強張ってしまえば、法廷にある一階、私の向かい側には見知らぬ顔の人物たちと、


(アイシャ……!)


 そのふたりによって抱えられていたアイシャの姿が目に映る。

 彼女の本当の両親ということだろうか。ただ、アイシャが嫌がっている。涙を流していてはふたりから離れようと藻掻いている姿が目に映る。

 顔が似ても似つかない。偽物の両親であれば被告人として証言していたのだろう。

 ここもセレンタ嬢が用意した場だということ。侯爵家といった立場を利用してまで行っている。これが、身分が全てだと見せつけるかのように。


 ほどなくして姿を現す。

 アレザだ。手錠をされていては囚人服のようなぼろい服装。顔は布のような被り物によって隠されていては、断頭台の前に立たされ跪いてから、眩しい光を浴びている。


 見たことのある光景だった。

 断頭台に首を固定され、話せないよう猿轡を噛ませれている。

 判決者が罪状を読み上げ、執行人が剣を手に持ち、断頭台の傍で待機する。


「平民アレザ。貴様は三歳児の子どもを四人も攫っては、自宅にて子どもたちに対し虐待を行い、三ヶ月以上もの間バイアル辺境地にて匿っていた。以上の行為により──」


 これも同じだ。両親が俯きながら聞くように、アレザも同じく判決者の言葉に対し静かに耳を傾けている。


「誘拐、虐待と二件の罪に併せ、バイアル辺境伯の意向により──死刑に処す。言い残すことはないな?」


 判決者の言葉に答えられるはずもない。喋ろうとしても猿轡を嚙まされた状態。抵抗すれば武力行使に移される。静かになれば刃渡りを落される。

 アレザは大人しくしていては視線を俯かせたままの状態。判決者は何もないと見るや、二階のとある人物へと頭を下げては退く。

 判決者が口にしていた、バイアル辺境伯に対してだ。あの方が席を立てば右手を挙げ、振り下ろすと同時に執行人も倣って剣を振り下ろす。

 それは断頭台の刃渡りが彼の首を切り落とす瞬間となる。


 過去の記憶が蘇り、悲痛な顔を露わにしてしまうと──彼の柔らかい眼差しが私へと向けられていた。

 断頭台に跪く人は、どうして平然と受け入れられるのだろうか。お父様もお母様も同じような目で私の顔を見つめていては、直面している死に対し目を向けるのではなく、共に暮らした人物の顔を見る。

 私にはわからない。あのような場に跪いていた時は無の感情だった。もし処刑されるのであれば、周りへと視線を向けることは私にはできない。俯いたまま絶望した表情でいるだろう。


 目の前に重なるものがある。

 本当にこのまま、何もなく彼の死を見届けることになるのか。

 身分が全てだ。侯爵家によって作られたこの場に平民が逆らえば、拷問の後に処刑されるだろう。伯爵家である私は恐らく、辺境伯の奴隷になるか、今度はセレンタ嬢に飼い殺されるかもしれない。


 ただ、恋した人が処刑されてしまう。無実であるはずの人が、少ない抵抗も空しく、この場に立たされているはず。助けてくれる味方は誰もいない。助けてくれる思っていた人は、私を置き去りにして両親の死を見届けずに立ち去り、一方的に婚約破棄を突き付けた。

 その時、どうして涙が溢れた。弁明から覆すことができないこの世にか、それとも両親の死を何もできずに見届けたことか。


 ──私は、味方であると伝えたかった──


「お待ちください!!」


 法廷の中央へと駆けだし、アレザの前へと飛び出した。

 この処刑を見届ける人々が騒めいていては、視線が私へと集中する。


「彼に弁明の余地を頂けないでしょうか?!」


 二階から見下ろすバイアル辺境伯に対し、片膝を付け声を張った。

 足が震えているも、もう後戻りはできない。


「判決はすでに下した。弁明の余地も何も──」

「彼は子どもを攫ってなどいません! むしろ、捨て子であった四人の子どもを保護し献身的に育てていました! あれが何よりの証拠ではありませんか! あの女の子は攫われたと言われる子どものひとりです! あの子はこの平民に怖がっていたのではなく、あのふたりに怖がっているのは端から見ればわかることです! 泣いて嫌がっているではありませんか!」


 判決者が呆れながら止めに来るも、私はその言葉を遮って弁明する。

 周囲の人たちも、私が指したアイシャの偽の両親らしき人物たちに目を向ける。

 向こうは一瞬、強張った顔を見せていた。それに加え、アイシャが私に対し助けを求めるよう手を伸ばしている。

 覆る奇跡があるのなら、もう少しだから待ってて。苦しくも、大丈夫だとアイシャに笑みを見せれば、視線が二階へと吸い寄せられる。


「バイアル辺境伯。そのような人物の戯言に聞く耳を持ってはいけませんわ」


 そう口にするは、ラック侯爵家の令嬢、セレンタ嬢であった。

 もちろん、口を挟まず黙って見ているわけがなかった。私の振舞を見ては、さぞ面白いものを見るかのように前のめりになって顔を出す。

 バイアル辺境伯が問いただせば口を動かしていた。


「そう仰られますと?」

「彼女はすでに、ラック侯爵領を立ち入り禁止となった愚かな伯爵家の人間です。それもまた、ご両親はわたくしたちの地位を汚そうとありもない虚言を口にしてと死刑に値する重罪を犯せば、その娘である彼女は禁書庫へと無断で立ち入り本を盗み出そうとしたところを捕らえた人物。ラック侯爵領を追放となった身でございますわ」

「話を逸らさないでください! 私の発言が嘘であろうとも、今目の前で起きている事柄は事実に変わりはございません! 嫌がって離れようとしている姿が目に見えないのですか?!」

「あら残念。わたくしからはその表情が見えませんわ。それに、ただ泣いているだけにすぎませんの」


 セレンタ嬢は自身が立っている場所からは見えませんと、覗き込もうともせずに言い張る。

 私は相手が侯爵令嬢であろうと怯みはしない。恋した彼のためならば、私が死んででも助けたいと周囲を味方に付けようと声を荒げる。


「まぁ、よい。そのような人物の話など──」

「その件に関しましては物申します! 私の両親がセレンタ嬢の父上による多くの金銭面の不正があったことを見抜いていました! しかし、その不正が明るみに出ないよう私の両親に言い寄れば、拒んだ結果、口封じをしては死刑にしてしまったのです!」

「はっ。今更そのようなことを申し上げられましても、こちらとしては困ります。それに、そのような証拠は──」

「証拠ならございます! 各書類をまとめたものが、私の両親によって地下室に保管してあります! もちろん、どこの地下施設かはセレンタ嬢に教える義理はございません! そちらのように、証拠を残すような真似もしていません!」


 両親との会話の最後に教えてもらった、地下施設までも私は話す。

 セレンタ嬢は眉を顰めていた。全証拠の隠滅、改ざんの手はずは済んでいるだろうが、私の言葉を聞いては睨んできていた。

 その様子をバイアル辺境伯も見逃すことはなく、不安視する様子が伺える。


「併せて弁明を! 禁書庫の件はセレンタ嬢が罠に嵌めただけにすぎず、あなた自身が禁書庫の本を取ってきなさいと仰り、取りにいかなければと脅したではありませんか!」


 続けて話していけば、私は今できる全てを出し切った。

 すると、静まりかえったこの場に周囲の疑問の声が上がり始める。彼の死刑に対し無実ではないかと話し始める。


「……あなた、ご自身の立場をお分かりで? 伯爵家、いえ、元伯爵家と言っても差し支えないほど地位を落したあなたが、侯爵家の人間に対し逆らう意味をご存じでしょう? それとも、今後一生の地獄を味わいたくて前に出たのかしら。平民如きを救うために出た愚行、首を落されたと同時に高らかに笑って差し上げますわ。あなたの今後の未来と共にね」


 顔を引き攣らせていたセレンタ嬢だが、開き直っては嘲笑してみせる。自身の立場のほうが上であることには変わらず、堂々とし佇まいで言い放った。


「静まれー!! ……判決はすでに下している。さあ、その者を一度捕らえろ。後ほど、その人物に対しても判決を下す」


 周囲のざわめきを一蹴し、バイアル辺境伯は私を捕らえるよう衛兵たちに指示を出した。


 わかっていた話だ。何かが覆ることはないのだと。

 上の立場の人間に逆らっても、私が変えることはできないのだと。


「ごめん……」


 あと数秒足らずで、彼が命を落すことになる。

 それでも、彼の記憶に私は味方ですと知っておいてほしくて。

 だから、笑顔を向けて謝った。


 私は取り押さえられ、バイアル辺境伯が右手を上げれば、執行人も剣を高々と掲げる。

 最後まで、彼の目を離さないでいよう。絶望していた私を拾ってくれ、温もりをくれた彼に感謝しなければならないと見届けた。 


「貴様、どこから」

「失礼します」


 私は諦めていた、その時──執行人が地面へと投げ倒される。

 誰かは知らない、執事服を纏う人物が、鎧を着用してと万全の状態であった執行人を一度で気絶させてしまった。


「お、おい、ほかの衛兵は何をしている!?」


 判決者が声を荒げるも、衛兵は誰一人として出てこない。

 私を取り押さえているふたりは、執事の顔を見れば怖気いてしまう。


「今回は随分と遅かったな」

「申し訳ございません。ここまでの距離となりますと、捜索には苦労いたしました」

「それは……よくやった」


 周囲が混乱する中、執事とアレザが平然とした様子で会話をしている。

 それも、その執事以外に鎧を抱えながら、もうふたりの執事服を纏う人物が登場しては、安全に断頭台から彼を離してあげていた。


「またお痩せになられまして」

「そうか? しっかり食べてたつもりだけどな」

「以前よりやせ細っているように伺えます」

「流石だな」

「ママー!!」


 なぜか、アレザが鎧を着用し始めると後ろから子どもたちの声が聞こえてくる。

 振り返れば、頑張って走ってくるレイシアにミスラ、そしてリタの姿が。

 取り押さえられていた私は解放され、三人が来ては抱きしめる。

 よかった、そう思う反面、リタのママ呼びには口を噤んでしまう。


「あ、あなた様は……」


 見下ろす辺境伯の様子がおかしくなる。

 見る見るうちに顔が青ざめていては、冷や汗をかき始め姿を消した。

 隣へと視線を向けると、怪訝な表情でセレンタ嬢がアレザのことを見ている。

 想定外と言ったところだろう。それは私も同じだ。


「あ、あなた様は……!」

「紹介が遅れたな」


 姿を消したと思われたバイアル辺境伯が、法廷の中央へと姿を現せば跪いている。

 アレザへと視線を移せば、いつもと違った。

 身に着ける鎧は輝いていては、左胸には勲章らしきものを身に着けている。

 表情や佇まいからは平民である彼の時とは違い、風格を見せつけていれば、白のマントを翻す。


「私はアルフラン王国、第二王子──アルリオン・ロイド・レイザレクだ!」


 周囲に声を響き渡らせたアレザは、逞しい表情を見せては腰に手を当てた。


 アルフラン王国、第二王子──彼はそう口にしたのだろうか。

 間違いなければ、彼は平民なのではなく、名前もアレザでなければ……アルリオン殿下ということになる。

 頭の中が混乱し始めた私は、思わず口が開いてしまい瞬きをする。

 嘘ではないのだろうかと疑うも、周囲の驚きを無視して彼は歩きだし、アイシャの元まで向かっては立ち止まる。


「まずは君たちに問おう。私は子どもを四人も攫い、死刑との判決が下ったはずだが……本当に、私がその子──アイシャを保護したのではなく、攫ったと口にしたことに対し弁明の言葉はないか?」

「あ、アルリオン殿下! そちらは──」

「辺境伯……だったな。私が訊いているのは、アイシャの両親だと名乗るふたりに対してだ。誰が発言していいといった?」


 慌てるバイアル辺境伯に対し、アルリオン殿下は怒りを向けることはなく、柔らかい表情で言い放つ。

 そして、逆らうことは許されない辺境伯は汗が止まらず、俯いたまま何も言えずに沈黙してしまう。

 やはり、アイシャの両親だとあのふたりが名乗り出ていたようだった。


「予め言っておく。攫われたことが嘘であろうとも、私は君たちに対し罰を下すことはないとこの身に誓ってみせよう。人は誰しも間違いを犯してしまうものだ。その間違いを認め、向き合うのだというのなら、今回の件、私は何も口にすることはない」


 あくまで冷静に。先ほどまで処刑される身だったはずなのに、平然としていられるのは王子故の器なのだろうか。彼はアイシャを抱えるふたりに対し問いただしている。


「さあ、聞かせてくれ。ふたりはアイシャの本当の親か?」


 彼の言葉に息を呑むふたりは顔を見合わせている。

 表情が明らかに強張っていては二階へと視線を向け、その主人と思わしき人物を伺いながらも口にする。


「嘘……です」


 女性側が小さく口にした。

 声は震えているものの、今度は大きな声で伝える。


「嘘です! 私たちは──」

「もういいですわ!!」


 怒りの声を張り上げるセレンタ嬢が、女性の言葉を遮った。

 その姿を見ては、アルリオン殿下は肩を落としてはアイシャを迎えにいく。

 返してくれるか? そう口にしたよう見えては、アイシャを抱えれば慰めてあげ、そのまま戻ってくる。


「話は決まりだな。私に罪はなく、死刑ではない。それでいいな?」


 跪く辺境伯に訊けば、言葉も出せず首を縦に振ることしかできないでいる。

 その様子を見れば彼は何も言うことはなく、周囲に向けて口にする。


「では、四人の子どもたちの意思を尊重し、私が責任をもって保護しては王都へと連れ帰ろう。併せて──そこの君に伝えておくべきことがある」


 これで彼は死刑にはならず、子どもたちを取り返せた。と思いきや、アルリオン殿下は二階で怒りを露にするセレンタ嬢へと視線を移す。

 向けられた本人は、表情を曇らせていれば眉間に皺を寄せている。

 その姿を私も見ていると、彼が隣に来ては私に立つよう促し肩に手を置かれ、口にする。


「彼女──メルエイス嬢は、私の()()()だ。ラック侯爵家の事情にこちらから手を掛けはしないが、今後私を介さず彼女に関しての処遇を決めるというのなら、第二王子である私はそれ相応の事態と認識し、応対することになるだろう。今の言葉、一言一句間違いがないよう君の家族にも伝えておいてくれ」


 アルリオン殿下のお言葉に、セレンタ嬢は呆けたような表情へと変わってしまう。


「殿下の……婚約者ですって……?」


 驚きのあまりだろう。第二王子の婚約者が伯爵家の令嬢なわけがない。この身分社会において信じるはずもない言葉だが、本人が口している。蔑んでいた人間が第二王子の婚約者だなんて、彼女は信じたくないだろう。


「メルエイス、ありがとう。俺なんかのために立ち向かってくれて」

「……」


 こちらに向き直り、感謝を述べるアルリオン殿下。

 彼の顔を見ていると、困惑した感情と惹かれる感情が混ざり合っては、私の頭の中は混乱している。


「どうした?」

「……本当に、王子……なのですか……?」

「あぁ……それは悪かった。平民などと噓をついてしまったこと、深く詫びよう」

「で、でしたら、婚約は……」

「身分の格差など関係ないと言ったのは君自身だ。俺が王子であり、君の身分が伯爵家であろうと関係ない。むしろ、平民だと言った俺に対し伯爵家の令嬢が婚約を申し出た、そちらのほうが大きな格差があると感じているが?」


 彼は私の手を取り、笑ってみせる。


「それに今まで通りに接してほしい。俺としては、分け隔てなく接してくれていた君が好きだ」


 最後の言葉に、私は胸を打たれた。

 日が経つに連れ、思いが芽生えていくのとは違った感覚は、顔が真っ赤に染まり、何も考えられないほど頭の中が暴走している。私から好意を伝えることはあっても、彼から初めてとなる好きの言葉には悶絶してしまった。


 彼が周囲へと視線を向ければ、私も落ち着こうと呼吸を整える。

 周囲の人や子どもたちの視線が突き刺さるのは仕方がないとして、セレンタ嬢はと二階へと視線を移す。

 彼女は私を殴りそうな剣幕でいては、目が合えば踵を返し、颯爽とこの場から去ろうとする。

 ただ、姿を消えるにしては早すぎた。そう様子を窺っていると彼女の姿が再び映り、こちらへと睨みつけていれば鼻から血を出していた。


 ドレスの裾を踏んだのか、転んでしまったのだろう。

 止まらない血は自身で抑えていると、顔を真っ赤にしては今度こそ姿を消した。


「相当威張っていたようだが……いい仕返しにはなったか?」


 意地悪な表情を見せるに彼に、私は瞼を閉じて頷いた。

 今までのすべての行為に対してかと言えば違うが、少しは気分が晴れた。


  ◆


「そもそも、第二王子なるお方が婚約者がいないのはどういうこと?」

「別に構わないだろ。無理に婚約者を作るのは俺の気持ち的には引っかかる。いろいろ手筈を整えてくれたし女性側には申しわけないが、すべて断っていただけだ」


 馬車に揺られながら、私は彼の事情を訊いていた。平民と噓をついていたことや、婚約者がいないことなどについて。

 平民と言っていた話はもちろん、王子と名乗るわけにもいかないための嘘であった。婚約者の話も聞くことができれば納得する。表情としては別ではあったが。


 私たちのやり取りを子どもたちの相手をしながら聞いていた執事が、微笑みながら話してくれる。


「わたくしから申し上げますと、第二王子は破天荒な方でいらっしゃいます。自由奔放に外出されれば、衛兵の目を掻い潜っては王城から抜け出すのです。とてもではございませんが、そのころに婚約者となるお方がいらっしゃいましたら、その方は大変苦労していたことでしょう」

「そうですよね……というより、外出の件は大丈夫なの? ここからどれだけの距離があると思ってるの」

「距離は知らない。それに良くはないな、普通に叱られているし呆れられている。ただ、もう無断で外出することはないだろう」


 笑ってみせるアルリオン殿下は、私を見て外出することはないと言った。

 どういった意味で言っているのかは確信が持てないが、傍に居てくれると安易に口にしているのかもしれない。その言葉に少し頬が赤くなるのを感じ取る。


「今後は第二王子の婚約者として人生を共にすることになるのだが……準備は出来てるか? 想像以上の大仕事が始まるぞ。まずは俺が通う学園に編入するところからだ」

「不安しかないんだけど……。だって、そこは公爵家の人たちもいるよね?」

「もちろんだとも。別に伯爵家の人間がいないわけではないぞ」


 怯える私に対し、彼は背中を優しく叩いた。

 今でも実感が湧かない。殿下の婚約者という事実に併せ、これからどのような生活を送ることになるのか。子どもたちのことも気にしないといけないのに、想像してしまえば少し怖くもなってしまう。


「それと名前に関してだが、今まで通りでアレザで問題ない。愛称みたいなものだ。勝手に付けたがな」

「勝手に付けたって……」

「メルエイスはどうだ? 愛称はあるのか?」

「……メルフィ」


 少し戸惑いながらも、私は両親に呼ばれていた愛称を口にした。

 その名で呼ばれると身体が縮こまる。


「では、メルフィ」

「……は、はい」

「俺の婚約者としてこれからよろしく頼む」


 真剣な顔付きへと変わる彼の視線には、私は恥ずかしくなってしまい俯きながら頷いた。

 すると、顎に手を添えられては自然と見上げる。


(え?)


 唇に柔らかいものが触れた気がした。

 この馬車には、四人の子どもたちに執事の方もいらっしゃる。

 私は羞恥のあまり彼にしか目を向けられないでいると、好きな人が見せる表情ははにかむ姿であってと、何も変わることのない温かな景色が目に映っていた。


 こうして、伯爵令嬢である私──メルエイス・ソルフィーナは、一度は地位以外のほとんどを失いはしたが、第二王子の婚約者として幸せの道へと歩むことになりました。


お読みくださり、ありがとうございます。

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色々ぶっ潰さないといけない家門があると思うんですが 大量に
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