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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ホラー短編集

地蔵沼

掲載日:2026/02/15

 これは、私が土木関係の仕事をしていた時の話なんですがね。


 今でも、「限界集落」って、聞くじゃないですか。若い人が次々と出て行ってしまって、年寄りばかりが住んでる集落。

 なんでそんなことになるかって言うと、インフラがないの一言に尽きるんですよね。

 まず、学校がない。これじゃ、子育て世帯は住めませんからね。

 他にも、スーパーなんかの買い物をするところ、病院、交通機関……。生活の全てに欠けているから、そりゃ、長年住んだ家を捨ててでも、都会に出ていく訳です。そうやって人口が減れば、なおさらインフラは衰退して、人が住めなくなる。


 そんな場所は全国各地にあるんですが、何も山の中の辺鄙な場所ばかりとも限らないんですよ。


 私が関わったのは、隣町に大手企業の本社がある、とある集落だったんですが、かつては田園風景が広がる豊かな場所だったらしいです。

 で、そんなところが何で限界集落になってしまったかと言うと、土地の利権問題ですな。

 あんまり詳しく言うと特定されちゃうかもしれないんでザックリ言うと、その集落の大半の土地を所有していた大地主が、「田んぼを潰してまで余所者に土地を貸してなるものか」という人で。


 そんな事をしちゃ、そりゃあ人はいなくなりますわな。だって、目の鼻の先が大躍進中の大企業のお膝元で、大きなビルがどんどん建っていってるんですよ。若い人がそっちを選ぶのは当然です。

 そんなんだから、田んぼの世話をしていた人たちが引退すると、辺りは荒れ果てて、無惨なモンですわ。


 で、その大地主が亡くなったら、集落ごと売りに出された訳です。

 正直、地面屋の連中は、大地主が亡くなるのを手ぐすね引いて待ってたでしょうな。ベッドタウンに最適な場所ですから。

 それで、大手ゼネコンが手に入れて、大規模な団地の開発が始まった訳です。


 私は当時、そのゼネコンの下請けで働いてまして。いわゆる地ならしが仕事です。田んぼや溜池を埋めて、建物が建てられる状態にする作業ですな。


 農村の地ならしで面倒なのは、やはり溜池です。場所にもよりますけど、水を抜いてから地質調査をして、といった作業がありまして。農業用水から引いてる地域なら楽なんですがね。


 で、その集落には大きな溜池がありました。まぁ、田んぼが荒れ果ててたんで、もう何年もまともに使われていなかったようですが。藻やら水草やらが大繁殖していて、水抜きに一苦労した覚えがあります。


 それでも、どうにかこうにか底が見えてきた時のことです。

 ドロドロにヘドロが溜まったそこに、何かが沈んでいるのが見えたんです。


 まぁ、そんなのは珍しいことじゃありません。中には、人が乗った状態の車なんかが出てきたこともあるし。

 そうなると面倒ですよ。警察に話を通して、お祓いをしてと、工期が押してくるんで。


 お祓いはやりますよ。日本人ですから、縁起というのは担ぎます。

 長い間この業界にいると、色々な噂も耳にしますし。

 そういうのを(ないがし)ろにした現場では、必ず事故が起きます。迷信じみたものですけど、この業界には、そういうのを大事にしてる人は多いですね。


 すいません、話が逸れましたな。

 溜池に沈んでいたもの……それが、お地蔵さんだったんですよ。


 いつからそこにあったか分からないような古いもので、藻に覆われて真っ黒です。だからはじめは、お地蔵さんだと気付かずにショベルカーですくい上げたんですけど、近くで見ると、形がお地蔵さんにしか見えなくて、慌てて綺麗にして。

 これは一体どうしたものかとなった訳です。


 神仏絡みのものは、なかなか厄介なんですよ。

 それが何なのかを調べて、適切な方法で祀らないとダメでしょ。


 一応、元の地主にも連絡を取って、これは何なのかと確認したんですけど、「そんなの知らない。そっちで処分してくれ」と言われてしまって。困りましたよ。


 それで、地鎮祭をお願いする神主さんに聞いて……あ、お地蔵さんに神主さんとはおかしいのではないか、って事ですか。

 ハハ、ごもっとも。

 とはいえ、その地域はお寺もなくなっていたし、ツテがあるのが、そこの神主さんくらいだったんで。

 神主さん曰く、神仏習合の例もあるし、丁寧に祀れば問題ないってことで、団地の外れに祠を建ててそこに納めて、お祓いをしてもらったんですよ。


 これで一件落着と、私たちは作業に進んだ訳ですが。


 あ、先に言い訳をさせてもらうと、そのお祓いの日に、私は現場にいなかったんですよ。他の現場の用事があって。

 零細企業ですから、ひとつの現場にかかり切りにできるほど人手がなくて。別の県の、確か道路工事だったかな? そっちに行ってまして。


 お祓いには、部下の……仮に「山本くん」としておきましょうか。彼に参加してもらいました。


 それで、お祓いから何日か経った日の朝です。

 その日も、私は別の現場に行く予定の日だったんですが、山本くんから電話がありました。


「神主さんが、亡くなったらしいです」


 は? となりましたよね。

 その神主さん、まだ四十代の若い方だったんで。うちの会社がある地域の氏神様を担当していて……。


 ここら辺も説明がいりますか?

 神主さんって、よほど大きな神社でなければ、常駐していることって少ないんです。

 普段はサラリーマンをしていて、祭事の日だけ神社に来る感じですね。中には、複数の神社を掛け持ちする人もいますよ。


 そんな感じで、その神主さんも、普段は公務員をしている方でして。氏子をしている関係で、地鎮祭や井戸のお祓いなんかがあると、その方に頼んでたんです。

 まぁ、近い範囲の現場限定ですけどね。


 そんなバリバリに働いている方です。突然亡くなったと聞けば、耳を疑いたくもなりますよ。

「本当か?」

 と、私は山本くんの冗談じゃないかと思ったほどです。でも話を聞くと、とても冗談じゃなさそうで。

「交通事故です。ネットニュースにもなってますから、送りますね」

 と、山本くんからLINEが来たんですが……。


 確かに、あの神主さんに間違いありません。顔写真も載ってましたし。

 直進道路を走行中に、なぜか急ハンドルを切って電柱に衝突、即死だったそうです。

 持病もなかったし、田舎道ですので目撃者もなく。コメントに「動物を避けたのでは?」という憶測がありましたけど、そうとでも考えなければ説明のつかないような事故でしたね。


 けれど、一番の問題は、なぜその連絡が山本くんに入ったのか、ということです。

 その辺を聞いてみると、どうやら神主さんの奥さんが、山本くんに直接連絡を入れてきたようでしてね。

 変な話だなと思いましたよ。だって、商売上の付き合いしかない相手に、葬式も決まらないうちに連絡することはないでしょう。


 そしたら、山本くん、こんな話をしてました。

「奥さんの話だと、あのお地蔵さんのお祓いがあってから、神主さんの様子がおかしかったみたいで」

「どういうこと?」

「詳しいことは分からないんですけど、『あれはまずかったかもしれない』というようなことを、神主さん、頻繁に言ってたみたいで」


 気持ち悪いですよね。

 そりゃ確かに、山本くんに「一体何があったんだ?」と一本電話したくなるのも分かります。

 そこで私は、その日の現場を休んで、神主さんのお宅に向かったんです。


 あ、仮に「小林さん」としておきます。

 小林さんの家は隣町だったんで、車ですぐです。

 奥さんと、まだ小学生のお子さんが二人いて……いやあ、本当に心苦しい気持ちでご挨拶したんですがね。


「一体、お地蔵さんのお祓いとは何だったんですか?」

 と、挨拶もそこそこに奥さんが言う訳ですよ。

 私は正直に経緯を話しました。すると奥さん、

「そのお地蔵さんに、何か曰くがあったのでは」

 と言うんです。どうしてそんなことを? と尋ねると、奥さんはお子さんたちを部屋から出して、小声で私に言いました。


「――もうすぐ死ぬかもしれない、と、何度か私に言ってきたので」


 いやあ、色んな現場で鍛えてきてますから、多少のことではビクともしない私ですがね、この時はゾワーッと鳥肌が立ちましたよ。


 世の中には、「触れてはいけないもの」が、あるって言うじゃないですか。まさか、溜池から引き摺り出したことで、そういう系の呪いみたいなのが解放された……というのは、ちょっとホラーの見すぎかもしれませんけど。まぁ、要するに、そんな感じのことを、その時の私は想像したんですよね。


 もしそうだとしたら、私も他人事ではありませんし。


 その日は、お通夜――あ、神式のお通夜です。初めてだったんで、なかなか興味深いものでしたね。それはさておき、お通夜に参列して帰宅したんですよ。


 それから私は、山本くんに電話しましてね。

「お地蔵さんのお祓いの時に、何か変わったことはなかったか?」

 と。そしたら山本くんもすっかり怯えてまして。

「お祓いの時は気にならなかったけれど、よくよく考えると嫌な感じがあった」

 とか言いだすんですよ。

「嫌な感じって、どんな?」

 って聞いても、具体的なことは分からなかったんですが、山本くん、怖くなって、昼間、お地蔵さんにお供えをして手を合わせてきたと言ってました。


 そうか……と、その時はそれで話は終わったんですが。


 その何日か後に、その山本くんが、現場の事故で亡くなりましてね。


 あれも、ちょっと普通じゃ考えられないような事故でした。

 いきなりショベルカーが暴走して、ショベルの部分が頭に当たり……。


 首が吹っ飛んだんです。


 その現場は見てないんですが、私も近くにいましたので、まぁ……見ましてね。

 救急車やら警察やらが来る大騒ぎになりましたよ。

 上……下請けになってるゼネコンですね、そのお偉いさんが来て、評判に関わるから公表を控えられないかとか、まぁ、色々……。


 一応、私は現場の責任者でしたから、事情聴取やらご家族への説明やらで、それから何日かは仕事になりませんでした。


 それで、一段落ついたところで、私はふと思ったんですよね。


 あのお地蔵さん、溜池に沈められていたのには、何か理由があったのではないかと。


 そこで私は、元地主の――仮に田中さんとしておきます。田中さんの跡取りの方に連絡したんです。

 はじめは「何も知らない」と言われてたんですけどね。事情を話すと、「ちょっと調べてみる」と言われまして。


 古くからの地主の家系ですから、古い文献なんかも持ってるそうです。まぁ、土地を売る時にその方も引っ越したんで、大半は処分してしまったようですけどね。運が良ければ何か分かるかもしれないと、その程度の期待でお願いしました。


 私の方も、近隣のお寺やら、地元の郷土史を研究されてる方やら、ほうぼうを当たりましたけど、あの集落……と言うか、田中さんのお父上に当たる方ですけど、かなり気難しい方だったらしく、あの集落には関わり辛かったと、そんな返事でした。


 さて、事故はあっても、仕事は仕事ですから。より安全に気を配りつつ、地ならしの作業を続けていく訳です。

 それからは、関係者の事故なんかはなく、無事にマンションの建設業者に引き渡しが終わったんですが……。


 その頃ですね、田中さんから連絡が来たのは。


 ちょうど仕事に余裕ができた時期だったので、田中さんのお宅にお邪魔して、資料を見せてもらったんです。


 そしたら、血の気が引きましたよ。


 ――まず、あのお地蔵さんの由来なんですけど、そもそも、それも分からないほど古いものみたいで。

 けれども、江戸の半ばにはあの集落にあったようです。


 しかし、その頃からあったんですな……曰くが。


 どうやら、そのお地蔵さんは強欲で、いくらお供え物をしても足りずに……


 お供えをした人の命を取ってしまうと。


 だから集落の人は、お供え物をしてはならないとしていたそうなんですけど、小さな子供なんかが、イタズラで泥団子なんかをお供えしてしまう。

 そうすると……まぁ……。


 そんなことが続いたんで、集落の人たちは相談して、誰もお供えができないように、溜池に沈めてしまおうとなったそうです。


 ――そこから、その池の名を『地蔵沼』と呼ぶようになったとか。


 ですけど、時代が過ぎれば伝承も失われます。田中さんのお父上はまだ、地蔵沼の話を知っていたかもしれませんけど、お父上と折り合いの悪かった今のご当主は、そんな話は初めて知ったという風でした。


 まさしく、呪いを解き放ってしまったんですな、我々は。


 けれど、そんなこと、不幸な小林神主のご家族にも、山本くんのご家族にも言えませんよ。

 一応、ゼネコンの上の人には報告したんですけどね。

「そういう面倒なのはいいから」

 みたいな対応で。


 かと言って、そんなヤバいお地蔵さんを、私ひとりでどうこうするのは……。

 私だって怖いですから。


 ――触らぬ神に祟りなし。


 そうするしか、仕方ないでしょう。


 無責任?

 じゃあどうしろと言うんですか? 地面に埋めればいいですか?

 もしそんなことをして、私が無事である保証は?


 どうしようもないじゃないですか。


 だから、由来が分からない、誰が世話しているか分からない、そういうお地蔵さんにお供えをしてはいけないと、そういう話をしてるんです。


 そのお地蔵さん?

 さぁ、今もあるでしょうね。

 どうなってるかは知りませんけど。

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