帰れない子
ある日、城へ駆け込んできた占い師の老婆が告げたのは、魔王ルレグスの復活を予知した事だった。
ルレグスは何万年も遥か昔、賢者に封印された邪悪な男である。
国王ヒタイは国中の天才を集めると、早速、ルレグスへの対策会議を始めた。
封印という手は二度と通用しないだろう。復活したら今度こそ、いかなる犠牲を払っても倒す必要がある。
しかし犠牲を出すにしても最小限だ。戦いは短期決戦でなるべく被害を出さないようにしたい。
占い師によると、魔王は何者かの手によって封印が解かれるそうだ。実際、国には不審な動きを見せる組織が幾つか存在している。
不用意に協力を頼んで、後ろから刺される可能性は大いにあった。
「ええい!細かい事はどうでもいい!何かいい手はないのか!」
平穏が崩れ去るという焦りから、ヒタイは日に日に荒れていった。まるでこの国の将来を体現しているかのように。
そこで占い師がある提案をした。それは異界から魔王と戦う者を呼び出す転移魔法を使う事だった。
占い師が予知した未来では、魔王の復活後、国は少しの抵抗もできずに滅ぼされるのだ。それなら異界からの戦士という不確定要素を放り込み、未来を変えてしまおうという算段だった。
ヒタイは早速、転移魔法の準備をさせた。さらに異界から来た戦士に貸し与える装備や食べ物など、この国を救い英雄と称えられるであろう者たちが不自由を感じないように準備をした。
やがて異界から戦士となる人間を呼び寄せる転移魔法の準備が完了した。ヒタイは早速、魔法を発動させた。
「異界からの戦士はどれだけいればいいのだ?」
占い師は過去の出来事を参考に説明する。異界から呼び出される者は次元を渡る際、パワーとスキルを得る。少なくとも4人いれば、魔王は倒せるだろうと。
魔法使いたちが囲う巨大な魔法陣が光る。そして5人の人間を別世界から呼び出した。
異界から渡ってきた人間はショックによるものか気を失っていた。
「5人か…1人余分な…そうだ、1人は人身御供にしてしまおう」
聡明な王は魔王に勝つ確率を少しでも上げるべく、イレギュラーの5人目を有効活用する事にした。
転移して来た者の中には、まだ10歳にもなってないような小さな子どもがいた。王はその子どもだけは地下にある、今は使われていない教会に運ばせ、残る4人を勇者として扱うように命じた。
「い…痛い…寒いよぉ…」
色鮮やかな花が詰まった棺の中で、子どもは目を覚ました。
「どこ…ここ?」
「おはよう。お坊ちゃん」
棺から身体を起こした子どもが最初に出会ったのは、不気味な顔をした老婆だった。
「こ、ここどこ?」
「ここは教会。神様にお祈りする場所だよ。私はリターだよ」
「ぼ、僕はトオル。ねえ、どうしてこんな場所にいるの?」
「この世界の魔法使いが君を呼んだんだ。トオル、君にはこの世界のためにここで祈っていて欲しいんだ」
「お祈りするの…?」
リターはトオルに、この国で魔王が蘇ろうとしている事を伝えた。そしてトオルが祈る事で魔王は蘇る事を諦め、国が平和になるとも言った。
純粋なトオルはリターの嘘を信じた。そしてその幼さから、国のために祈る事を決めてしまった。
「安心していいからね。役目が終われば元の場所に帰れるから」
「僕、頑張って祈るよ!そうすれば沢山の人が助かるんだもんね!」
教会には生活に必要な物が一通り揃っていた。
食事は時計が6時を指した時。つまり朝と夜の2回だけ。食事の時と身体を流す時と寝る時以外は、正面の神が描かれたステンドグラスに向かって祈る事となった。
その日から、トオルの祈り続ける日々が始まった。体調を崩しても休まず、腹が鳴っても時間になるまでは祈り続けた。好きだった物は頭の中から抜け出ていき、やがて常に祈りの事を考えるようになった。
ある日、リターがいなくなった。しかしいつか帰って来るだろうと、トオルはこれまで通りの生活を続けた。リターから教わった通りに質素な食事ぐらいなら作れるようになっていて、食事は困らなかった。
しかしいつまで経ってもリターは戻って来なかった。そこからトオルは沢山の疑問を持つようになった。
リターはどこへ行ったのか。自分が祈る事に意味はあるのか。どうすれば教会の外に出られるのか。いつになったら家族の元へ帰れるのか。
全知全能の神はその存在に気付いていた。城の地下に閉じ込められても尚、人のために祈り続ける少年がいた。彼のためにも、魔王と戦っている4人の勇者に力を貸し、そして少年にも何か救いを与えようと。
しかし神は裏切られた。少年はいつからか、自分の事しか祈らなくなったのだ。
外に出たい、美味しい物が食べたい、家族の元へ帰りたい。自分の事で頭の中が一杯だった。
国民が魔王の脅威に怯え、それでも立ち向かっているという中でなんと身勝手だろうか。神は激怒し、少年だけは見放した。
ある日、いつもなら食糧が置いてある倉庫が空になっていた。こんな事、今まで一度もなかった。
さらに喉を潤したり、身体を洗うための水が流れなくなった。死活問題だった。
「助けて!誰か助けて!」
トオルは神の描かれたステンドグラスの向かいに位置する、大きな扉を何度も叩いた。拳から血が出ても、腕が折れても、誰かが助けに来てくれると信じて扉を叩き続けた。
そして疲れ果てて動けなくなっていたある日、遂にその時がやって来た。
トオルが何度叩いても動かなかった扉が開き、大勢の人が入って来たのだ。
「た…助けて…」
「地縛霊にでもなったと思ったがまだ生きていたのか。流石は異界の人間。大した生命力だ」
トオルはこの時、初めて自分が平和を祈っていた国の王、ヒタイの顔を見る事となった。
「ご飯が…食べたい…」
「君のお祈りのおかげでこの国は救われた。本当にありがとう…それなのに、本当、悪いと思ってる。4人を送り返した後で、ここで祈り続けていた君の事を思い出したんだ。異界への転移魔法も発動まではかなり大変でね。たかが君一人を送り返すために手間を掛けたくないんだよ」
王はトオルの様子など気にもせず、自分のペースで語り続けた。
「なんの話…?」
「私の話が理解できないのか?それほどまでに頭が悪かったとは…やはりこいつを人身御供にした判断は正しかったな。お前は!もう!元の世界に帰れない!ここで!死ぬんだよ!分かったか!」
ここまでの話は王の癖のある喋り方もあって、トオルは理解できなかった。
しかし、自分がここで死ぬ。もう両親には会えないと告げられた事はハッキリと分かった。
「…い、いやだぁ」
涙を流す力も逃げる力も残っていなかった。王に仕える兵たちは獣を見る目で子どもを包囲した。
「油断するな!神へ祈りを捧げていた子どもだ!何をするか分からないぞ!」
「いやだぁ!いやだぁ!」
その神すらも子どもを見捨てた。
本来、王たちは大人として、彼を巻き込んだ責任を取るべく、保護して、元の世界に送る義務があるはずだった。しかし彼らは不都合な存在を消す事を選んだ。
「やだあぁぁぁ!」
「討て!」
兵が一斉に槍を突き出した。その内の1本が頭部を貫いたのは、トオルにとって幸いな事と言えるだろう。苦しまずに済んだのだから。
「…死んだか。神の加護もあっただろうに、呆気なかったな」
「いかがいたしましょうか」
「これより、この教会を隙間なく土で埋める。記録は残すな」
トオルの死体を埋めてから、兵たちは王の命令通りに働いた。教会を土で満たし、そこへ続く道も残さなかった。
魔王は異界からやって来た4人の勇者によって倒された。事実は一部のみ、民衆に伝えられた。
地下で祈りを続けていた少年がいた事は一部の者を除いて知る由もない。そしてその一部の者も、異界からの勇者は4人だけだったと思うようになった。
国には再び、平穏が訪れた。




