配合
現実的なエッセイの方が支持共感を得る
スピリチュアル傾向が強い作品は、フィクションならありなのかな
思想を述べる時には、なるべく現実的な例えを付け加えるようにしている
共感を得るためというより、わかりやすく伝わるように
スピリット(心)として存在する自分
人間の体として存在する自分
地球に存在する自分
ハイヤーセルフのセルフ(頭痛が痛い構文)
どちらも私、どれも私
どの自分の立ち位置で書くかによる
バランスよく配合しているつもりではある
一般的に現実的な話は書く気にならない
昨日食べたご飯のエッセイを私がアップする意味がわからない
ただ自分の身に起きた事をつらつらと書きたいとも思わない(誰も興味ない)
多少なりとも誰かの役に立つ経験を書きたい
私の視点で気づいた事、経験から学んだ事等
大多数の人は現実の中を生きている
目に見える世界だけ、制限された感覚だけ
外側に映る刺激を受け、存在している
顕在意識と五感だけの領域
だからそこに焦点を絞った話は理解されやすいということ
しかし宇宙の真理について書こうとすると
潜在意識、さらに集合意識と広がり
高次元の話にも触れることになる
今まで教えられてきた世界は、宇宙のほんの一部だった
集合意識レベルで、そう同意していたからそれが真実だったが
世界の認識は制限が外れて広がったのだ
私は自然に変化した
私も数年前までは制限された現実世界が全てだと信じて生きていた
でも、それでは満足できなかった
どうしても心が落ち着かなかった
疑問ばかりだった
真実を知りたくて
答のない問いを繰り返していた
なぜ生まれ、何のために生き、死とは?
幸せとは?愛とは?人生の意味は?
一般的な幸せや愛
結婚が女の幸せで恋愛が全て?
お金があって贅沢な暮らしがリア充?
世間の感覚はちっとも当てはまらなかった
それらを手にしても、心は重いまま、全然納得できなかった
私と同じように、従来の在り方に疑問を持つ人々が増え、時代は変わった
多様性を認め、幸福の価値観も皆それぞれ
本当の自分で生きたいと地球と共に目覚めた今
真実は白日の下にさらされ、明るみに出た
私たちは元から自由
制限ばかりの現実は一部の支配層のコントロール下だった
もう何も誰も縛る力は残っていない
あとは自分で自分を解放すればいい
恐れを手放して、気がつくだけ
世界はどこまでも広がっている
自由な心のままに生きていこう
波動を上げて軽くなって幸せに
皆が幸せに生きる世界を創ろう




