第六話 氏神のつぶやき
氏神は、社殿の奥で深いため息をついた。
「ち、違うんだってば……ただ、あの子が泣いてるのが気に入らなかっただけで……」
だが胸の奥では、不思議と暖かなものが広がっていた。
人々に感謝され、子に笑顔を向けられるのは、悪くない気がした。
「……ま、まあ……結果オーライ、ってやつか」
氏神はぽつりとつぶやき、空を見上げた。
黒雲は消え、陽の光が社殿を照らしていた。
⸻
暴風が鎮まって数日。
村は落ち着きを取り戻し、神社には日ごとに参拝客が増えた。
鳥居には新しい注連縄がかけられ、境内には花や果物が供えられている。
母と子もまた、手を合わせに訪れていた。
子は鈴を鳴らし、声高らかに願う。
「神さま! この前は、ありがとう!」
母も静かに頭を垂れた。
「村を守ってくださり、心から感謝いたします」
社殿の奥に座す氏神は、頭をかきながら唸った。
「……いや、だから違うんだって。偶然だって……」
その言葉は誰にも届かない。
けれど子の笑顔だけは、しっかりと彼の胸に残った。
⸻夜。
神社の灯籠に明かりがともり、虫の声が響く。
村人たちは集い、神楽を舞った。
それは、風を鎮めた神への感謝の祭りだった。
舞う火の粉の中で、氏神はひとり呟いた。
「……俺は、この地に悪をもたらすはずだった。
だが動くたび、なぜか人を救ってしまう。
……まあ、いいか」
空を見上げる。
星は澄み、風は穏やかだった。
「悪神だろうが守護神だろうが……俺は俺だ」
その声に応えるように、鈴がひとりでに鳴った。
誰もいないはずの夜の境内に、温かな気配が満ちていく。
やがて祭囃子が高まり、笑い声が響いた。
村人も、母も子も、皆が幸せそうに笑っていた。
氏神は小さく笑みをもらした。
「……まあ、守られるのも悪くないかな」
夜空に、ひとつ流れ星が走った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
このお話は、「悪意がずれて善意になる」という発想から生まれました。
人の思惑も、神の気まぐれも、時には誰かを救うことがあるのかもしれません。
勘違いから始まる優しさを、少しでも感じていただけたなら嬉しいです。




