第五話 風を鎮めし神
ある年の秋。
空は青く澄んでいたが、突如として黒雲が湧き起こった。
山から吹き下ろす風は荒れ狂い、村を襲った。
木々はしなり、屋根瓦は飛び、参道の石灯籠までも揺れ動く。
その日、母と幼い子は、ちょうど神社に詣でていた。
境内の大樹が大きくしなり、枝が折れんとする。
子は恐怖に目を潤ませ、母の袖にすがった。
「お母さん、こわいよ!」
母は必死に抱きしめたが、枝が折れ落ちるのは時間の問題だった。
その様子を社殿の奥で見ていた氏神は、眉をひそめた。
「……ちょっと待て。あれはまずいぞ」
彼は本来、悪をなす存在である。
風を煽り、枝をへし折り、恐怖を与えるのが筋のはずだった。
だが、泣きそうな子の顔を見て、思わず舌打ちした。
「ちっ、黙れ、この風!」
その一喝は雷鳴のごとく轟き、瞬く間に風は凪いだ。
枝は折れる寸前で止まり、落ち葉がふわりと宙に舞った。
母は目を見張り、子は泣き止んで空を見上げた。
「……神さまが、助けてくれたんだ」
その声は澄み切っていた。
母も深く頭を垂れた。
「ありがとうございます、氏神さま……」
参道に駆けつけた村人たちもまた、その光景を目にし、口々に叫んだ。
「やはり神が我らを守ってくださった!」
「風を鎮める御力、ありがたや!」
供物が積まれ、鈴が鳴り響いた。
人々は歓喜し、涙ながらに祈りを捧げた。




