第一話 違うんだよなぁ
悪神のはずが、なぜか人を救ってしまう——。
勘違いから始まる、ちょっと笑えて心温まる神さまの物語です。
境内はしんと静まり返っていた。秋の風に舞う落ち葉が、参道の石畳を転がっていく。
昼下がりの神社には、母と幼い子どもの姿しかなかった。
「ほら、鈴を鳴らしてごらん」
母に促され、子どもは両手で大きな鈴の縄を揺らした。からん、ころん、と澄んだ音が秋空に広がる。
「ねえ、お母さん。ここって、どんな神様がいるの?」
子が首をかしげる。
母は微笑み、手を合わせたまま答えた。
「ここの神様はね、昔、この村を鬼から守ってくれたり、雨が降らないときに雨を降らせてくれたりしたんだって。だからみんな大切に祀ってるのよ」
「へぇー! すごい神様だね!」
ぱちぱちと手を合わせる子を見て、母は満足そうにうなずいた。
その様子を、拝殿の奥で聞いていた“当の本人”は、なんとも言えない顔をしていた。
「……いやいや、違うんだよなぁ」
氏神は、古びた木像の奥に潜みながら、頭を抱えた。
人々から見れば“守り神”だの“雨を降らす霊験あらたかな神”だのと讃えられているが、実際のところはまるで違う。
この地に現れたとき、彼は神などではなく、むしろ“悪”として畏れられる存在だった。
「鬼を懲らしめようとした? 雨を恵んだ? とんでもない。オレはただ……」
社殿の隙間から母子の姿をのぞき見ながら、氏神は小さくつぶやく。
悪さをしようとしたら、なぜか良いことになってしまった。それが積み重なって“ありがたい神様”になってしまったのだ。
「いやぁ……困ったもんだよな」
鈴の音が風に消える。
母と子は拝礼を終え、参道を歩いて帰っていく。
小さな背中を見送りながら、氏神は深くため息をついた。
「違うんだよなぁ……ほんと、違うんだよなぁ……」




