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第4話 世界にモブは存在しない


 この世界が物語かゲームなのか、何かしらをモチーフにしているであろう事はずっと感じてきていた。都合の良い綺麗な世界に対する違和感はどうしたって『ある』。いくらこの世界が現実だと理解していても、どこかで疑っている部分があって……


 でもあの皆で危機を乗り越えた奇跡の日以来、私は己の中で何かが変わったのを感じた。


 だから今の私の場合、違和感が『あった』だ。


 猛獣であるブラッドウルフ出没、それを見事退治した村の人達、さながらゲームの1イベントのようだ。ゲーム的に言えば、主人公が物語序盤で立ち寄る村に起きた問題とか、そういった類のものだろうか? 序盤のレベル上げ場所の為に用意されるような、きっとそんな他愛もないもの。

 だがゲームと決定的に違うのはそこに主人公が現れなかった事だ。主人公からしたらちょっと手ごわい敵としか認識されないブラッドウルフは、私達にとってそれこそ凶悪で悪魔のような存在だ。だからこそ私は誰かの犠牲になるのではないかと恐怖したし、不安に押しつぶされそうにもなった。

 それでも私は、私達は見事やり遂げたのだ。誰の犠牲を伴う事なく完璧に。


 私達は主人公の助けがないと何も出来ないモブじゃない。


 私達は与えられた役割をこなす人形じゃない。





 私達は人間だ。





 それまでの私はこの世界が現実だと『理解』はしていた。では今の私はどうか? 


 今の私はこの世界が現実であると『納得』している。




 似たような意味である『理解』と『納得』、その違いが何であるかと言えば、感情が伴っているか否かだろう。


 私はあの日、感情でこの世界が現実であると受け入れたのだ。





 一度『納得』するや否や、私をとりまく世界はがらりと一変した。それまであった靄のようなものが消え、世界そのものがより鮮明に映り、より美しく感じた。


 綺麗すぎる世界に関してもゲーム的とは思わなくなった。思い込みを脱却したら、この綺麗な世界の捉え方も一つだけではない事に気が付いたのだ。

 例えば私の前世の世界であった世界4大文明などはそのどれもが凄く発達していたと言われている。それこそメソポタミア文明に下水道があれば、エジプト文明はピラミッドのような巨大建築物があったわけで。

 私達の世界では運悪く滅んでしまった文明達がもしも生き残っていたら……それこそ今の私が住んでいるノートン村のような、見た目中世ながらも現代並みに便利な村があってもおかしくない。

 そう考えると胸にストンと落ちてきて、私はそれまで浮いていた足が地に着いた気がした。何てしょうもない事で悩んでいたのか。そう思えるようになった自分が嬉しい。

 賢い人はもっと早くに気が付いたんだろう。にぶちんの私は遠い回り道をするはめになったわけだが、悩みに悩んだからこそ得た『納得』は多くの実体験を経てのもの、もはやぶれる事はない。



 だからこそこの回り道は無駄ではなく、私にとって必要な事だった。


 

 そんな答えを得た私が始めた事、それは村の皆の話を聞いて回る事であった。真っ先に突撃したのは無論両親のハルトとマリナだ。


 私が生まれる前、二人はどうやって生きてきて、どのようにして出会ったのかを尋ねた。


「私とハルトの事を聞きたいの? あー、確かに詳しく話した事なかったわよね」

「俺達の出会い……か」

 私の問いにどうしたものかと顔を見合わせる両親。仲の良い両親だしすんなり話してもらえるかと思ったんだけど、予想外の反応だった。ひょっとして何かヤバい出自とかあったりする?

「何か隠したい事あるのなら無理にとは言わないけど……」

「いえ、隠したいわけじゃないのよ。ちょっと恥ずかしいだけ」

「恥ずかしい?」

「オルカから聞いたんだろう? 俺とオルカが元聖騎士団だったって」

 そんなに甘酸っぱい恋愛をしたんだろうかと思ったらどうやら黒歴史的な方らしい。

「うん、最初は私を安心させるための嘘かなと思ったんだけど、でも私お父さんの昔の話聞いた事なかったし、もしかしたら本当なのかなって」

「ああ、俺は昔確かに聖騎士団の一員だった、今も現役だったら自信持って話していたかと思うんだがな。生憎今の俺は元聖騎士団でただの狩人だ。その、つまりはだな?」

 珍しく歯切れの悪い父を母はバッサリと切り捨てる。

「つまりはやらかして退団させられたって事よ」

「おいっ!?」

「別にもったいぶる事ないじゃない。それにやらかしたと言っても悪い事をしたわけじゃないわ。良い事をしたんだから誇っていればいいのよ。今だってランディスのおじ様と付き合いあるんだから」

「ランディスおじさんっていつもお土産持ってきてくれるあの人の事?」

「ええ、あの人実はね? 聖騎士団の団長なのよ」

「ええっ!?」

 どうしよう私、あの人ただの親戚の叔父さんかと思っていたよ。マリーと一緒に普通に腕にぶら下がったりしていたような。私が青ざめていると母が苦笑しながら説明する。

「お願いだからかしこまらないであげてね。ノートン村に来るときはアルビオン聖騎士団団長じゃなくて、ただのおじ様らしいから今まで通り接してあげた方が喜んでくれるわ」

「そうなんだ」

 退団した後も良好な関係であるのなら、父は一体何をやらかしたのだろう? 良い事をしてやめさせられるってどういう事? 私の疑問に答えてくれたのは父であった。

「昔とある領で反乱が起きてな。アルビオン国直下の聖騎士団だった俺は鎮圧に向かったんだが、反乱分子は深淵の森の猛獣どもを隠し持っていてな」

「深淵の森!?」

 深淵の森、それはアルビオン国の北にあるローザリア領よりもさらに北、最北端に位置する未開の森の事を指す。深淵の森もアルビオン国の国土ではあるが、人が住める場所は森の入り口にある要塞のみ。要塞には深淵の森からの招かれざる者達を撃退するために兵士達が常駐しており、ときおりやってくる森に挑む命知らずな冒険者達の拠点ともなっている。

 狩場として利用されるローザリア領の森とは違い、人を拒絶するかのような森の生態系は特殊で、その過酷な環境から種として強い生物のみが生存できる魔境だ。

 先日のブラッドウルフも、元はホワイトウルフの一部が何らかの理由で深淵の森にやってきて、生き残るために適応した種とされている。ホワイトウルフがブラッドウルフにならざるを得なかった事こそが、深淵の森が如何に厳しい環境なのかを物語っていた。

「あんな狂暴な猛獣どもを飼い慣らせるわけもなく、猛獣どもは無差別に目の前にいる奴に襲い掛かるだけ。それでもあいつらは檻から猛獣どもを放った。本来は別の使い道を考えていたんだろうが、追い詰められた事から自分たちが逃げるための時間稼ぎにしたんだな。近くに街があるのにもかかわらず」

「そんな……酷い」

 自分さえ助かればいい、それの何と醜悪な事か。終わった話ではあるけれど、私は彼らの身勝手さに強い怒りを覚える。

「俺らは必死に戦ったよ。でも何匹かは取り逃し、そいつらは街の方へと行ってしまった」

 もはや惨劇の予感しかなかった。

「だから俺は街に向かった獣たちを追いかけたんだ。反乱分子を捕らえるという本来の任務を放棄して」

「それって正しい事なんじゃ?」

「いや、騎士にとって最も重要なのは忠義、たとえ人道的な理由があっても命令違反はあってはならない。それに街にはちゃんと街を守る兵士もいるしな。しかし俺にはどうしても兵士達が深淵の森の化物達と戦って、無事でいられるとは思えなかった。事前に知っていたならともかく、突然襲ってくる奴と戦えるか?」

 予期せぬ不意打ちはどんなベテランでさえも無防備になるという。しかも相手は未知の怪物だ。私は到底戦えるとは思えなかった。

「……結果はどうなったの?」

「俺は見事街に向かった奴らを退治し、晴れて命令違反で首になったってわけだ」

 これが父のやらかして正しい事をした真相であった。



「もちろん団長も他の皆も分かっていた。ハルトのした事は間違いではないってな。でも例外を作るわけにはいかなかったんだ」

「オルカおじさん? いつの間に……」

「つい先ほど兵士長と一緒にブラッドウルフ討伐の証拠の毛皮を提出してきてな。その報告に来たんだが、何か面白い話をしてるじゃねえか。このタイミングでこれて良かったぜ。何せハルトは一つ嘘をついているからな」

「え?」

「街へ追っかけて行ったのはハルトだけじゃない。俺だって追いかけたんだぜ。お前ひとりの手柄にされたんじゃ困る!」

 オルカおじさんは堂々と自分の胸をたたいた。確かにおじさんは言っていた。『俺』とハルトは元聖騎士団だったって。同じ時期に聖騎士だったのなら、この事件でオルカおじさんがいてもおかしくない。

「まあ、俺は迷ってたからお前が行かなかったら行けなかったかもしれないけどな。お前が躊躇なく突っ込んだから俺も迷わずに続く事が出来た」

「俺とは違ってオルカは背負うものがあったからな」

「おじさんの背負うものって?」

「ああ、おじさんはな? 一応は侯爵家の生まれなんだ。といっても四男だけどな」

「えええっ!!?」

 縁のなかったはずのお貴族様がこんな近くにいたなんて。

「今は除籍されて平民だけどな。お、別に家族仲が悪いわけじゃないからな。聖騎士団やめたハルトの野郎が旅に出るっていうからよ。そんな面白そうな話乗らないわけには行かない。でもそれだと貴族の肩書きって邪魔でな? 命令違反で俺も聖騎士団は退団となったし、このまま貴族籍捨てちゃってもいいかって」

 オルカおじさんワイルドすぎない? でも確かにこの豪胆さは貴族向きではないのかもしれない。

「旅ってどこへ行ったの?」

「最初のうちは気ままにアルビオン国中を回って楽しんでいたんだが、俺達にはどうしても気になる事があってな。心残りとでも言おうか」

「……それって深淵の森の猛獣の入手ルートの事?」

「……まじかよ。いくらなんでも勘が鋭すぎないか?」

「流石は俺とマリナの娘だ!」

 驚くオルカおじさんと自慢する父、でも今回のケースに関しては勘って言うよりかは推理力の方だと思う。前世の私の世界は物語に溢れていて、沢山接しているうちにこうなるべき展開、すなわちテンプレと言うものを理解してくる。


 私が思ったのは、この反乱分子の人達ってまだ全員捕まってなくない? って事。


 反乱起こした人達が深淵の森の猛獣を利用しようとしていたのは分かった。でもそんな危険な生き物をどうやって捕らえたのか。捕らえた後もどう運んだのか。麻薬の密売人を捕まえても、入手先を潰さないと根本的な解決にならないとの同じように、猛獣を調達した人達を捕まえない事には終わらない。

 本人達で捕らえた可能性もなくはないが、バレないでやらなければならない事を考えると、協力者がいた方が自然に思える。それに反乱実行者とは別に反乱を扇動するような黒幕がいる可能性だってあるわけだし。

「俺らとしてはあの時実行犯達は全て捕らえたし、残った聖騎士団の皆が残った協力者達を捕まえてくれると思っていたんだ。でも旅をしている最中に何度か確認をとっても、一向にそうした情報は入ってこない」

「一度計画が失敗した事で警戒されていたのもあるんだろう。聖騎士団は見た目からして目立つし、秘密裏に調査に動くのは難しい」

 父の言葉をオルカおじさんが続ける。どうにも捕まえる前に潜伏されてしまったため、捜査はお手上げだったようだ。

「だから聖騎士団を抜けた俺達が調べようと思い至ったわけだ」

 いわゆる私服警官みたいな事をしようとしたわけね。

「そこで新たにメンバーに加わったのがお前の母ちゃんのマリナだ」

「ええっ!!?」

 ここで母が出てくるのは予想外過ぎる!! 

「今でこそ良い母ちゃんだが、昔は冒険者ギルドのA級の跳ねっ返り娘だったんだぜ?」

 一度目の衝撃が癒える間もなく、二度目の衝撃が襲い掛かり、私の脳はパンク寸前だ。

「初めて見た時の母さんは衝撃的だった。それはもう美しくて……」

「ちょっと! ハルト恥ずかしい事言うのはやめなさい!!」

 父やオルカおじさんの過去も凄いが、母も負けず劣らずだったようで、私はただただ圧倒される。私の視線に母はどう思ったのか、そっぽ向いて恥ずかしそうに呟いた。

「まあ、私もやんちゃしている時期があったのよ」

「でもどうして母さんが二人に協力したの?」

「頭に来ていたからね。というのも反乱事件が起きたとある領ってね。私の生まれ育ったセントーサ領なのよ。私は冒険者として別の場所にいたけど、あの街には当時私の両親や、弟夫婦が住んでいたわ。一歩間違えれば、それこそハルトが街を助ける判断をしなければ私の家族、友人が犠牲になっていたかもしれない。もうコテンパンしてやらなきゃ気が済まないって感じよ」

 知らなかった母の激しい一面を見て、私はがっかりするよりもわくわくした。女性らしくないって言われた事があるのかもしれないが、むしろ何てカッコいいのか。恥ずかしいって思う必要なんて全然ない。

「協力者は私だけじゃない。冒険者ギルドには私と同じようにセントーサ領出身も数多くいたわ。お金にはならない仕事だったけど、皆やる気に溢れていて進んで協力してくれたわ。奴らは私達冒険者の逆鱗に触れたのよ」

「それでどうなったの? 悪い奴らは捕まえられたの?」

 先が気になってしょうがない。こんな面白い話なんてめったに聞けるものじゃないわ!

「マリナ」

「ええ」

 父に促され、母はどこかへ行ったかと思うと、布でくるまれた何かを持ってきた。私の期待の眼差しを受けて、母はその布を取り去る。そこから現れたのは見事な装飾が施された二振りの剣であった。

「うわぁ」

 その美しさに私は思わず感嘆の声をあげてしまう。

「これは聖騎士の剣だ。その名の通り本来聖騎士しか持つ事が許されないもので、聖騎士をやめた俺とオルカは返納していた。でも反乱分子の協力者を炙り出し、聖騎士団と共に出兵して、全員捕らえた功績で頂いたんだ」

「しかも陛下から直接賜ったのよ」

「もちろん俺も持っているぜ。この剣は国に尽くし守った者として、皆に褒美として与えられたんだ。しかも……」

 オルカおじさんは鞘から剣を半分抜いて見せると、刀身に刻まれた文字を見せてくれる。

「えっと、ハル……ト、それにマリナ……?」

「おう! 一本一本それぞれの名前入りっていう大盤振る舞いだ。つまり世界で一本しかない剣が皆に与えられたって事だな」

「凄い! お父さん、お母さん凄い!!」

 ひたすら凄いを連呼する私、もう語彙力が低下しまくりだった。

「そうだろ? 父さんは凄いんだぞ!」

「何でそこまで堂々と出来るのよ」

 自慢気に笑う父に、顔を赤くしている母、二人の出会いは実にドラマチックであった。その後母に一目惚れしていた父は冒険者の一員となり、母とパーティーを組んで色んな場所を冒険したり、依頼を受けて回ったのだとか。

「二人とも奥手でなぁ。お互い意識し合ってるのに全然進展しやがらねぇ。俺が二人をくっつけるのにどれだけ苦労したか」

「お、おい!」

「やめてよ!!」

 仲よく同時に抗議をする両親に私は笑ってしまう。

「あはは、そうなんだ。じゃあ今の私やマリーがいるのはオルカおじさんのおかげなんだね」

「そうだとも!」


 なんて、なんて濃い人生なんだろう。


 父と母、そしてオルカおじさん、皆の生き様を知って、感動に震えた。



 その後も出てくる面白エピソード、途中からは帰ってきたマリーも加わって、マリーの鋭い質問からさらに意外なエピソードが掘り出されていく。聖騎士に戻ったりしなかった理由を初め、冒険の途中で出会った突然変異体の巨大ゴキブリの話に絶叫したり(マリーだけは興味深げだった)、冒険者の携帯食の話にレストラン経営のヒントを得たり……ひたすらに楽しい時間であった。



 その日、私は興奮して眠れない夜を過ごした。





 私はそれからも色んな人のところへ行って、話を聞くようになった。一人一人人生があり、実に聞きごたえがある。それは前世ではしなかった事。やろうと思っても出来なかったが正しいだろうか? 今思えば私が住んでいた現代社会は、便利になったはずの世界なのにむしろ孤独を感じる奇妙な世界だった。

 自分に自信を持つ事が出来ず、己の価値を証明するために、人のミスをひたすらに待ち続ける。その生産性のなさに虚しさを抱えながらも、そこから離れられない。



 久々に思い返したのは前世の私、藤沢千咲の事。久しく忘れていた過去の自分、あの時の私に必要だったのは対話かもしれない。良い人達はいた。両親のいなくなった私を育ててくれた叔父夫婦、励まし続けてくれた友人、でも私自身本音で話せてはいただろうか?

 学生を卒業し、仕事をし始めていてから、忙しいという理由を付けて、テキストや通話だけになっていたような気がする。


 人付き合いは確かに面倒だ。会うという事はそれだけで労力がいる事だ。でも人にはその面倒な事こそ必要なのだろう。内からの孤独に呑まれないために。



 あの時抱えていたはずの空虚感、それを今の私は全く感じなかった。 


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