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第1話 私が守りたいもの


 転生というものが本当に存在するなんて。それが私の率直な感想であった。


 目に映るのは見慣れない幼き手。動かそうと思えばその通りに動く。だからそれは間違いなく私の体で。その不思議な感覚に何度も手をにぎにぎしてしまう。さながら私という存在を馴染ませるように。

 無心にひたすらにぎにぎを繰り返していると、ドアをノックする音が聞こえた。

「キャロライン、体の調子は大丈夫?」

 キャロラインとは今の私の名だ。そして部屋に入ってきたのは今世での私の母であるマリナである。その声が気遣わしげなのは、先日までの私が意識不明の状態で危機的状況であったからだ。

 事の起こりは4日前、私は外で妹と遊んでいた時、急に意識を失ったらしい。それからの記憶は一切残ってないが、私は謎の高熱で寝込んでいたらしく、先日無事生還を果たしたとの事らしい。


 私が目覚めた昨日はそれこそ大変であった。





 気だるさを覚えつつ起き上がってみれば見知らぬ世界。何かがおかしいというのはその時に気づいたが、その答えを理解する前にこれまた見知らぬ女性に抱きしめられてしまい、私は余計混乱を深める事となった。

 そんな私がやっとの事で彼女を母と認識出来たのは、元のキャロラインの記憶のおかげであった。そこで思ったのだ。元って何だ? 何で自分であるはずのキャロラインの事を他人のように見ているの? それを考えた時、私は自分の中に前世の記憶が存在している事を理解した。


 自覚して真っ先に思ったのはあり得ないという事。非現実感から困惑が強く、私は途方に暮れた。恐怖すら感じていたと思う。見知らぬ世界と見知らぬ人、そう思ったという事は私が元のキャロラインよりも強く出ているという事だから。


 平和な世界に『私』と言う不純物が入り込んでしまった、そんな罪悪感。


 それでも母は涙を流して喜んでくれた。私がここにいるのを喜んでくれた。母から感じる熱が徐々に私に伝わり、私の不安は消えていく。安心してしまったのだろう。

 母の抱擁の心地良さに目を閉じると、徐々に意識がまどろんでいった。




 気が付くと幼いキャロラインが私の目の前にいた。彼女は私の手を広げ、一緒に行こうと言う。その飛びっきりの明るさにつられて、私はその手を掴もうとしたが、すんでのところで躊躇してしまう。


 私は彼女の体にお邪魔している身、どうしたって後ろめたい気持ちがあった。


 でも彼女は逃げる私の手を追いかけて捕まえた。唖然とする私にキャロラインはひまわりのような笑みを浮かべて言った。


「大丈夫、何も心配ないから! 私達、きっと仲良くなれるわ!」


 キャロラインの大丈夫には何の根拠もない。でも理屈とか打算とかを抜きにした屈託のなさこそが私に安心感を与えてくれる。この子はとっくに私を受け入れている。となると後は私次第と言う事。

「後悔しない?」

 私はキャロラインに問いかける。


「もちろん! 私はあなた! あなたは私! 私には分かるの!!」


 私はもう恐れなかった。


 キャロラインを受け入れ、キャロラインから受け入れてもらえた安堵感。この瞬間、私は私とキャロラインを隔てる最後の垣根を超えたのだろう。



 私とキャロラインは本当の意味で一つになった。



 


 次に意識が覚醒したのは翌日の朝の事、昨日はぼやけていた景色がはっきりと見えるのは、私が正式にこの世界の住人になったという事なのかな?

 今の私は前世の私と今世のキャロラインの記憶を保持しており、ちょうど中間といった具合で混ざり合っている。今となってはどっちが強いとかそういうのも感じない。初めからそうであったかのように私はキャロラインとなっていた。しかしそれは自意識にかぎっての話。

 体の違和感はかなり感じている。何せ前世の私は大人であり、体のサイズがまるで違う。今のキャロラインは10歳で、幼少期こそ過ぎているがまだまだ子供だ。それに高熱で寝込んでいたせいか、体力の衰えは相当の様であった。

 峠は超えた私であったが、それでもまだベッド内の住人で、歩けるようになるにはちょっと時間がかかりそうであった。私自身寝込んでいた時の記憶は全くないのだが、意識がはっきりしてもなお自由に動けない体が、一度死にかけていた事実を思い出させる。

 前世では例えベッドから離れられないとしても、スマホと言う最大の娯楽があった。それがない以上ただただ暇なわけで。どうしたものかと考えた結果、一番面白いものこそがキャロラインの幼い手だったというわけだ。

 今後はこの体と付き合っていく事になるわけで。だからにぎにぎするという一見意味のない行動でも大切なはずだ。多分……



 やってきた母の方へ視線を向けると、彼女の目にはうっすらクマが浮かんでいた。これまでもずっと看病してくれていたのであろう。どれだけの心労だったのだろうか。見るからに疲れているにもかかわらず、私が視線を向けるだけで嬉しそうな顔をしてくれる。私と言う存在を喜んでくれている。

 泣きたくなるような優しさに私は心がじんと温かくなる。目覚めた時はパニックで状況の把握に必死だったけど、こうしてキャロラインと一体化した今なら素直に呼べる。

「お母さん」

 この人は疑いようもなく私の母だ。

「お腹空いてない? パンとシチューあるわよ。食べられそうなら温めて来るけど」

「お母さん」

「なあに?」

「ぎゅっと抱きしめてほしい」

「あら?」

「……駄目?」

「いいえ。あなたが望むのならいくらでも」

 母は特に疑問を呈する事なく、私の望むまま優しく抱きしめてくれた。今度こそ私は限界だった。あふれる涙が止まらず、母の胸の中でしゃくりあげる。

 前世で大人であったはずの私がこうなってしまったのは、キャロラインの実年齢に引かれてしまったのはきっとある。でもそれ以上に久しく忘れていた母と言う存在、それを感じる事が出来たと言う奇跡がたまらなくて。

 前世の私、藤沢千咲は恵まれている部類の子だったと思う。別にお金持ちと言うわけではなかったが、愛情あふれる両親の元で、それなりの生活でも楽しく暮らしていた。そんな幸せが崩れたのは私が中学生になった頃だ。

 巻き込まれ事故だった。軽乗用車にとってトラックとの衝突は致命的で、私の両親は帰らぬ人となり、私一人が残された。あの時の喪失感は消える事無く、私の胸の中は大きな空洞がある。それは決して埋まる事はないと思っていた。

「よしよし、怖かったのね。もう大丈夫だから」

 頭の上からかけられる優しい声に私はさらにきつく母に抱き着く。今の母は前世の母と見た目も性格も違っている。でも私を愛情たっぷりに包み込んでくれる女性は間違いなく母で。私は失ったはずの家族のぬくもりを確かに取り戻したのであった。





 その後、気持ちが落ち着いた私は気恥ずかしさでいっぱいであった。後からやってきた妹と父に見られなかったのは幸いだったかもしれない。そう、今世の私は4人家族であり、父のハルトと妹のマリーがいる。

 キャロラインの記憶から家族仲は良好なのは知っているし、私が回復したら二人がやってくるのは当然の事なのだが、母に泣き縋る姿を見せるのは例え家族であっても恥ずかしい。

 というか私の無事を確認するや否や、父と妹の方が大泣きしてしまった。私の容態が安定して目を覚ましたのは昨日の事だったが、父は知り合いのひたすら医者を探して隣町まで行っていたし、妹は母が私に付きっきりだったので祖父母の元へ預けられていた。

 だから二人にとっては今日こそが感動の再会だったわけで、大騒ぎとなったわけである。最終的に母の雷が飛んで静かになったわけだが。

 怒られた二人には申し訳ないが、私は笑ってしまった。こうした当たり前の家族の日常が嬉しくてたまらない。だから私は強く思った。



 もう2度と奪われてなるものか、と。





 幸いと言っていいのか、まだ体調が完ぺきではない私は未だにベッドの住人である。時間はたっぷりあった。父は狩人として獲物を探しに行き、妹は学校でお勉強中、母だけは同じ部屋にいたが、現在の彼女はお仕事中であった。母は父が獲った獲物の革を使って、服や、日用に使える小物などを作っている。

 そのまま素材として売るよりも、付加価値をつける事でより高い値段で売る事が出来るわけだが、その金額は一般家庭の私達にとっては馬鹿にならないもので、まさに縁の下の力持ちだ。

 母はいつもなら自分の店で店番をしつつ、裁縫もしているわけだが、私が心配なためかここ数日は店を閉めていて、いつでも私が見えるこの場で新たな商品を作り上げている。その手腕は見事なもので見惚れてしまうが、私は私でこれからの事を考えなければならない。



 愛する家族が幸せに過ごすためにはどうすればいいか。



 何をそこまで真剣になっているのかと思うかもしれないが、それは私が転生者である事に起因している。

 転生後の舞台は基本的に何かの物語の世界である事が多い。ラノベ然り、ゲーム然り。物語である以上、内容を面白くするためにメリハリが必要である。そのメリハリこそがこの世界に住む者にとっての厄介の源だ。

 仮にこの世界がRPGの世界だったとしよう。RPGとは基本的に戦闘がある。戦闘があるという事は明確な敵が存在し、魔物と言う存在が至る所を闊歩していると言う事になる。戦略シミュレーションになったらそれこそ人間同士の戦争だ。たまったものじゃない。

 ラノベに至ってはジャンルは様々だし、流行りものこそあれ、絞りようがないというのが正直なところ。だからここでは最も恐れる事に絞りたい。


 それは悪役令嬢ものだ。


 言い換えればざまぁ系となるが、そのざまぁこそが私が一番警戒しているものであった。単に馬鹿者が断罪されるだけであれば構わない。むしろ歓迎する。その後に安定の世が約束されるのだから。でもざまぁ系には馬鹿者のやらかしで国ごと亡ぶというケースもある。

 そう、悪役令嬢には国内で頑張って返り咲きのパターンと、追放後別の国で成りあがるパターンがあるのだ。前者であれば統治者が変わるだけで済むわけだが、後者は追放後に元の国が大変な事になるのがデフォで、私が想定する最悪なパターンがこれである。


 それこそゲームの方の乙女ゲーの世界であれば平和なんだけど。


 ゲームの方の乙女ゲーとは何ぞ? 乙女ゲーのゲーはゲームの事だし、いちいちゲームを強調する必要ある? と思うかもしれないが、実のところ乙女ゲーには二種類あったりする。先のような悪役令嬢が登場する物語上の乙女ゲームと、本来のゲームとしての乙女ゲームだ。


 この二つは似て非なるものの代表格だ。


 まず本来のゲームの方の乙女ゲーの内容は言わずもがな、攻略対象である美麗な男性キャラ達と恋愛を楽しむゲームである。

 一方でラノベの作中内に出てくる乙女ゲーは、ここからアレンジが加わっており、ヒロインの邪魔する非道キャラ、悪役令嬢が追加され、本命であるはずの恋愛要素よりもむしろ悪役令嬢との戦いに焦点が当てられている。

 つまり実際の乙女ゲームで悪役令嬢のようなお邪魔キャラは基本的に存在しないのだ。


 それは何故か? 


 考えてみてほしい。


 もし自分がプレイヤーだとしたら、悪役令嬢なる存在はただのストレスだ。フレーバー的に存在するならまだしも、実際に妨害行為されまくって、意中の人と仲を深められない。

 そんな中で時間切れとなり、バッドエンドでプレイヤーが攻略したかったキャラと悪役令嬢の結婚式とか見せられたら、自分が恋愛したかったのにNTRれるなんて……まさしく発狂物である。


 だからこそ乙女ゲームには恋のライバルは厳禁なのである。


 悪役令嬢はラノベという自分とは違う主人公がいて、客観視出来る物語だからこそ楽しめるものであって、自分がプレイヤーになるゲームにはいてはいけない禁じ手なのだ。


 もちろん本来のゲームとしての乙女ゲーもゲームである以上、誰も攻略出来なかったバッドエンドもあるにはある。

 だが誰かに取られたなんて描写もなく、基本的にはお友達エンドといったただの失恋で済む話だ。命の危険にさらされる事なんてもちろんなく、平穏に終わる事が多い。だからノーマルエンドと呼ばれる事の方が多いかな? ただの恋愛ゲームで攻略に失敗したからって、殺されたり世界が亡ぶとかの方が意味不明だしね。そういった作品もゼロとは言わないけれど、レアケースである事は確かだ。

 一方悪役令嬢がいるラノベの方は十中八九、悪役令嬢かヒロイン、どっちかが酷い目に合う。発狂、娼婦行き、死刑、等々まあ色々とある。何をそんなに恨みあってるんだあんたらは! たかが恋愛で命を張り過ぎだ!! そして国を巻き込むな!!!

 

 

 

 転生したのは事実としても、そんな物語のような世界に転生していると思うのはどうかと思うかもしれない。だが私にはある程度の確信があった。

 その理由は清潔感だ。まだ療養中の実で家の外には出ていないから断言こそ避けるが、家の中と窓の外に見える景色から察するに、この世界における文化レベルは前世の私、藤沢千咲の世界における中世と同等のレベルと感じられた。

 だがそれにしては至る所が綺麗過ぎる。少し汚い話になるがトイレ事情なんかがその最たる例で、一般家庭の家内に個室で水洗式トイレがあるなんて、なんというご都合主義。古代ローマは水道が発達していたと言うが、この世界も普通にあるため、井戸に水を汲みに行く必要はない。なんならお風呂だって入ってもいい。

 だから衛生面は完璧とまで行かないにしろかなり高い。変な話、現代で中世風ホテルに宿泊したみたいな感覚である。流石に電気設備はないけど。後スマホ。

 こうした都合の良さこそが本来の中世ではない証拠であり、私がここが物語としての世界ではないかと疑っている理由だ。


 考えすぎと言われれば否定できない。でも……


 何も理由を聞かず抱きしめてくれた母の温かさ、健康のためには食べなければならないと病み上がりの私に特大肉を薦めてくる不器用な父(その後、お前は馬鹿かと母にシバかれていた)、どうすれば私が元気になるか迷ったあげく、大きいカブトムシ(だと思う)を捕ってきたワイルドな妹……


 なおそのカブトムシ(仮)はサユリと名付けました。


 そこ、そのネーミングセンスはどうなのかとは言わない。


 前世の私に昆虫趣味はなく、最初はとんでもないものが来たと思ったけど、ベッドの上という退屈の中、カブトムシ(仮)が動くのを見ているのは案外悪くなかった。なおサユリは大きな角持ちである。つまりはオス。妹に男の子なのに女の子みたいな名前なんだねと言われてハッとしたが、今更つけた渾名を覆す事は出来ず、勢いで押し切った。


 大切な家族三人とおまけの一匹、皆の幸せに妥協なんて一切出来ない。杞憂だったらそれはそれでいいのだ。むしろそれこそ最高だ。ただもしも私の不安がただの杞憂でなく、本当に危機に陥ってしまった時、何も用意していなかったせいで、家族がバラバラになるのは絶対避けたかった。


 前世の両親の事故では何をすれば良かったかなんて分からない。交通事故を起こそうと思って起こす人なんていないのだから。何も悪い事していないのにある日突然奪われる。あの理不尽さに抗う事なんて出来やしない。またあんな事が起こったらと思うと恐怖に震える。今度こそ私は立ち直れないに違いない。


 それが分かっているからこそ私は抗う。どうにもならない事への恐怖は消えないけれど、備えがあったからこそ助かったなんて事もあるはずだ。



 私は全力で生きる。この世界に生きるキャロラインとして。



 だから願わくば私に今度こそ家族を守らせてください。


 

 それは私が神を信じなくなってから初めての切実な祈りであった。



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