ヒトネコ族(カーチェ)の菊池は引き篭もりたい。
ここは、とある山奥の村。
ここに人間は住んでおらず、ヒトネコ族と呼ばれる種族が暮らしている。
ネコのような見た目ながら、言葉を話し、道具を使い、武器を用いて狩りをして、日々の暮らしを営んでいる。
今日も、のどかな時間が朝が始まる。
朝、と言っても朝食は済んでいる時間だ。
食後の散歩をするカーチェがチラホラいる。
日中のお仕事をするカーチェは家を出て職場や狩場、採取場に赴いている。
村のカーチェはみんな顔馴染み。散歩の途中ですれ違うときは、元気に挨拶だ。
「おはようニャ! 菊池!」
アメリカンショートヘア柄のカーチェが手を挙げ、ピンク色の肉球を見せて挨拶をする。
「あ、ルルルフ! おはようにゃっこ!」
朝食後のお散歩中な、菊池と呼ばれた、真っ黒い毛並みのカーチェも挨拶を返す。
とてとて近づいて、ふにっと肉球を合わせたハイタッチをする。
「ルルルフは、採取に行くのかにゃっこ?」
菊池はアメショー柄のルルルフに訊ねるも、ルルルフはむーんと口をへの字にして腕を組む。
「うーん、そうしたくもあるんニャけど、昨日の採取で変ニャ草を拾ったから、ニャんの草なのか調べるのに、学校の図書室にある図鑑でも見ようかニャと思っているのニャ」
「変な草にゃっこか??」
「虹色の草ニャ」
村から少し離れた森で、たまにルルルフは変な物を拾ってくる。
それは大抵、むちゃくちゃお金になる貴重な物な事が多い。
村のおとなカーチェは、ルルルフの採取でのレア取得率に、こっそり慄いている。
が、仔カーチェであるルルルフや菊池には、その事は知らされていない。
「に、に、に、虹色の草にゃっこか?!」
菊地の黒い毛がぶわっと逆立った。
そして、ルルルフの手を取り、自分の家に引っ張っていく。
「き、菊池〜! いきニャり、どうしたのニャ〜!!」
「み、み、み、み、見て欲しいにゃっこ!!」
「ニャにをーーー?!?」
いつもナヨナヨしている菊池だが、どこにそんなパワーがあるのかと疑問に思う勢いで、ルルルフを引っ張って自分の家までトタトタ走り出す。(なお、速度はさして速くない)
――ドンッ
「にゃっこ?!」
「ニャー!?」
「ミ゙ャッ」
菊池は誰かにぶつかって、弾き飛ばされた。
ルルルフも一緒に巻き添えをもらい、ぽてんと尻もちをついた。
ぶつかられたカーチェは驚きの声をあげるも、その場にしっかり立っていた。
「ビビったミャー……。あ、ルルルフと菊池! おはようミャ!」
菊池がぶつかったロシアンブルーのような毛並みをしたカーチェが挨拶をして、菊池とルルルフを起こした。
「おはようニャ、ナナヤ」
「おはにゃっこ! ハッ、こうしている場合じゃ無いにゃっこ!!」
再び菊池はルルルフの手を握り、ついでに空いていた手でナナヤの手も握った。
再び自分の家に向かって走り出す。
「ミャーーー??!」
なぜ引っ張られているのかわからないナナヤは、目を丸め叫ぶ。ルルルフも理由が説明できず、頭をプルプルっと振った。
そして、とてとて走って、菊池は帰宅した。
リビングのソファに、ルルルフとナナヤを座らせて、ネココアとニャームクーヘンを出して、菊池は奥の部屋へ。
「菊池、説明しミャーのに、おもてなしはするんミャね」
遠慮なくニャームクーヘンを頬張り、ネココアを飲むナナヤ。
「そうニャね。説明くらいして欲しいニャ」
「むしろ、何で菊池の家に来る状態になったのミャ?」
「……うーーーニャ……。あ、ルルルフが虹色の草を見つけたって言ったニャ」
「ミャ? あんま美味しくない感じのする名前の草ミャね」
ルルルフも、ネココアをくぴりと一口。
猫舌対策もされていて、飲みやすい温度だったので、もう一口。
「これにゃっこ!!」
菊池は大きな本を抱えて、リビングに戻ってきた。
そして、ローテーブルの空いているところに本を置いて広げた。
植物図鑑のようで、いろんな草の絵と、説明が書いてある。
「ミャ……ナナヤ、文字いっぱいは無理ミャー」
「ナナヤは草の絵見ながら、ニャームクーヘン食べてるとイイにゃっこ!」
皿に追加のニャームクーヘンが、輪っかごと乗った。
「いただきミャーす!」
そして、菊池はルルルフに、ひとつの草を指さして訊ねる。
「こんな感じの形してたにゃっこか?」
「あ、そうそう。こんニャ感じ!」
図鑑の絵は単色で描かれていて、色まではわからない。しかし、綺麗に絵が描かれている。
ルルルフが採った草は、特徴的な形状なため、肯定できたようだ。
「これは、万能中和剤の材料になる草にゃっこ!!」
菊池はカッと目を見開いて、驚きと喜びを表すが、いまいち伝わっていないようで、ルルルフはコテリと首を倒す。
ナナヤはニャームクーヘンの外輪を、ゆーっくりと剥がしているため、まるで話を聞いていない。
「この草、ほ、ほ、ほ、ほかに持ってたりするにゃっこか?!」
「ひとつだけ紛れていたから、ほしいニャら昨日の採取場所らへんに行けば、手に入るかもしれニャいね」
「う……採取場所ってやっぱり、村の外にゃっこね……」
「そらそうニャよ」
菊池の耳が折れる。
「菊池は、薬師さんニャから、あまり村から出ニャいもんね」
「そうにゃっこよ……。採取には、おっかなくて行けないにゃっこ……」
菊池はビビりである。
身体能力は高くないし、村の外にいる魔物に遭った事もない。
そして、採取にも行かない。しかし仔カーチェながら、村で薬師をできる腕前を持っているので、外に出るより室内にこもって、お薬作りと研究をしている。
「んじゃ、連れてってやるミャ」
ニャームクーヘンをひもかわうどんのように食べるナナヤが、キリッと凛々しい顔をする。
まるで締まらない絵面である。
「……いや、何言ってるにゃっこか?! おっかないにゃっこ!!」
「ナナヤがいれば、大丈夫ミャ!」
ふんすと鼻息を出して、ナナヤは得意げな顔をしている。
その横で、ルルルフも頷いている。
「そうニャね。ナナヤはおとなより強いニャ」
仔カーチェながら村の狩猫として、魔物や動物を狩るナナヤ。
用心棒として、ナナヤより頼もしい者はいないだろう、強さの面だけは。
「いやいやいや、お外にゃっこよ?!」
「菊池は、お外に出た事ないミャ! だから出てみればいいミャよ! 出たこともないのに、苦手って言うのは良くないミャ!」
「そ、そうかもしれないにゃっこけど……」
「よーし、そうと決まれば出発ミャ! ナナヤお家から武器と罠持ってくるミャ!」
「ルルルフは、採取カゴと罠もってくるニャ!」
「え、あ? ちょっ……」
ナナヤは残りのニャームクーヘンを、口に押し込んでバタバタと菊池の家を出て行った。
ルルルフも同じように、とてとて走って家を出た。
おそらく、どんなに抗おうとも、採取に連れて行かれるだろうと思った菊池は、耳をしょんぼりと折りつつ、棚の中の薬をカバンに詰める。
「これは、魔物や動物に気づかれにくくなるお薬にゃっこ。んで、こっちはネトネトネットの罠にゃっこ……」
風邪や不調を治す薬だけではなく、魔物を追い払う罠に塗る薬や、捕まえる罠に使う痺れる液体なども調合するため、罠はいくつか持っているので、それもカバンに詰める。
そして、草を採取する道具もカバンに入れた。
「まぁ、お外に出た事無いにゃっこから、きちんと出てみてから苦手かどうか、確かめてみるにゃっこよ……。苦そうなお薬飲んでみたら、案外苦くなかったみたいなのと、きっと似てるにゃっこ……」
菊池は覚悟を決めた。
強いナナヤや、サポート上手のルルルフがいるし、本当に身体能力的に無理なら、ふたりは言ってこないはずである。
彼らは、そういう部分を仔カーチェながら、見抜くことができる優秀なコたちである。
ナナヤとルルルフが再び菊池の家にやってきて、菊池の手を引きながら村を出て、森に入っていく。
「こわいにゃっこー!!」
「ぎぐぢ……ぐびを、じめニャいでニャあぁぁぁ」
森に入ったら、菊池はルルルフにしがみつきっぱなしだった。
腕や胴にしがみつくのではなく、おんぶのように、足をルルルフの胴に絡めて、腕はもちろん首にまわっている。
みかねたナナヤが引き剥がして、地面に置いた。
「ギにぁあああっこ!!」
「何の変哲も無い、村から続いている土の道ミャよ。自分の足で歩けミャ!」
ナナヤに怒られて、菊池の耳はしょぼくれて折れる。
ルルルフがケホケホしながら息を整えていたので、菊池はあわてて謝った。
「怖いニャら、おてて繋ごうニャ」
「ありがとにゃっこ」
ナナヤと比べると、戦闘能力は無いに等しいルルルフだが、怯えることなく堂々と歩いているし、怖がりの自分を気遣ってくれることに、嬉しさと情けなさと安心が押し寄せて、菊池はよくわからないことになっていた。
「そーいや、ナナヤ、ずーっと気になってたんミャが、なんで菊池って名前ミャん?」
3匹並んで、とてとて歩きながら、ナナヤから質問が飛んできた。
「そいや、そうニャよね。なんか菊池だけ雰囲気違う名前ニャ」
「あー、それおとーしゃんとおかーしゃんから、聞いたにゃっこ! ひーばーちゃんが、ボケ始めた頃に、菊池が産まれたにゃっこね」
覚えている限りの聞いたことを、菊池は教えてくれた。
「そんで、ある日突然、ってか、菊池が産まれた日に、ひーばーがカッと目を見開いて「あたしの前世は菊池だったんだってば! 聖女じゃ無いわよ!」って口走ったにゃっこ」
「意味わかんないミャね」
「ボケの始まりって、おとーしゃん言ってたにゃっこ。ひーばーが、産まれたての菊池に駆け寄って「あなたがあたしの代わりに菊池として生きてー!!」って言って、倒れちゃったにゃっこ」
「壮絶すぎニャ……」
そこから、菊池の曽祖母は意識が戻らぬまま、眠りについてしまったらしい。
そうなると、菊池として生きてと言われてしまった産まれたての仔カーチェには、菊池と名づけるしかあるまい、と家族会議で決まり、菊池という名が与えられたそうだ。
そんな話をしているうちに、森の奥まで来ていた。
普段村から出ない菊池にはわからないけれど、奥地だとわかっているナナヤとルルルフは、モンスターの気配がないかをしっかり探りながら歩く。
ルルルフが鼻をヒクヒク動かして、匂いを探っている。
「にゃっこ?? 虹色草に、匂いはナイにゃっこよ?」
「匂いがニャいから、無臭を探してるのニャ」
ルルルフの言葉がよくわからないけれど、採取が上手なルルルフだ。
彼の鼻を頼ろうと、菊池は見守る。
そして、ルルルフが赴くままに足を進め、たどり着いた先は、虹色草の群生地。
「にゃーーっこ!! こ、これは、すごいにゃっこ!」
「そうニャの?」
「おいしくなさそーな色の草だミャ……」
全部持って帰りたい気持ちはありつつも、自然の恵みを乱獲してはいけない。
自然と共に営むカーチェは、欲張る事はしないのだ。
ここを採り尽くしてしまうと、もしかしたら来年は何も虹色草は生えないかもしれない。
虹色をした葉っぱだけを、いくつかちぎって、採取ポーチに入れた。
葉だけ貰って、茎や根を残せば、大丈夫でありますように。と心の中で少し不安になりながら。
あとは村で栽培できるなら……と望みをかけて、3株ほど草を根っこごと掘り起こし、持ってきた携帯用の鉢に植え替える。
「虹色草さん、お薬を作るため、村で草を増やすために、少し分けさせてもらうにゃっこ」
言葉が返ってくるわけでも無いが、菊池は草に報告をしてぺこりとお辞儀をする。
ルルルフとナナヤも、ペコリと頭を下げる。
「菊池は、みんニャのためにお薬を作ってくれるので、少しだけ頂きますニャ」
「虹色草、村の草名猫な植物博士に育ててもらうミャ! ちょっとだけもらってくミャ!」
彼らは自然の恵みに手をかけることを申し訳なく思う気持ちから、虹色草へ言葉を渡してお辞儀をして敬意を払い、群生地を後にした。
モンスターに遭うことなく、帰れそうな事に菊池はホッとしながら歩いていると、ルルルフと菊池の前に、ナナヤの手がにゅっと伸びてきて、制止の合図をする。
「しっ! 静かにするミャよ」
大きな木に身を隠すように、ルルルフと菊池を誘導するナナヤ。
「フィフィヨッラがいるミャ……」
そーっと指し示す先には、鳥型のモンスター。
散歩でもしているのか、何かを探している様子はない。
「こっちは、風下ミャ。匂いで気づかれることはミャーから、このまま音を立てずに、ゆっくり歩くのミャ」
「わかったニャ」
「わ、わ、わ、わ、わ、わ、わかった、た、た、たにゃっこ」
魔物と対峙し慣れているナナヤは、怖がるそぶりもなく落ち着いている。
よく森に入るルルルフも慣れているのか、毛が逆立っていたりもせず、さらりと返事を返す。
魔物を図鑑でしか見たことのない菊池は、毛が逆立って、ふるふる震えている。
「ルルルフとおてて繋ごうニャ」
「はいにゃっこ……」
「菊池、爪立てニャいで……」
「ごめんにゃっこ……」
そして、そっと歩く。
こういう時は、木の枝を踏みがちだが、ルルルフがしっかりと菊池の歩く場所には、障害物が無いように見てあげている。
ナナヤはカバンの中からY字の棒を取り出す。
二股にわかれた先端には伸びる蔦がついている、いわゆるスリングショット(ゴムパチンコ)である。
落ちている木の実を手に取り、蔦を伸ばして狙いを定める。
が、ナナヤは、フィフィヨッラがいる方向とは別の方を向いて、ショットしようとしていた。
「ナ、ナ、ナナヤ……フィフィヨッラは、あっちにゃっこよ!」
頑張って小声で叫ぶ菊池。
ルルルフは菊池の手をさすり、ニコリと笑う。
「大丈夫ニャ。ナナヤはノーコンだから、フィフィヨッラの方に向けても、当てられニャーのよ」
なので、あえて別の方向に打つらしい。
そして放った木の実は、フィフィヨッラの視界の先、こちらからはかなり離れた場所にある木へ当たった。
もちろんナナヤが向いている方向では無い。
何をどうやったら、全く違う方向(ナナヤの後ろ斜め方向)へ飛ぶのだろうか、見当もつかない菊池は目をまんまるにする。
「ノーコンをコントロールって、意味がわかんないにゃっこ……」
「狩猫のなせる技ニャ。ルルルフもよくわかんニャーけど」
そして、フィフィヨッラは、音のした方へ走っていったので、菊池たちのいる方向へ意識が向く事は無いだろう。
急ぎ足で、モンスターの視界から消えるような位置に移動して、他のモンスターにも警戒しながら村へ帰る。
「にゃーーーっこーーーぉ。お外はこりごりにゃっこおぉぉ」
村についた菊池は、ぺたりと座り込んでしまう。
「でも、お外に出たから、虹色草に会えたニャ」
「それはそうにゃっこが……。菊池はお外怖いにゃっこぉぉ」
座ってしまった菊池を、ルルルフは立たせる。
「植物博士に虹色草を入れた鉢を渡せば、お家に帰れるニャ」
「うん、そうしようにゃっこ……」
そして、村の植物博士に虹色草を渡すと、めちゃくちゃ驚かれた。
やはり、レアな草だ。
頑張って育てれば、村の収入源にもなるし、菊池のような薬師が薬の材料として使い、村の助けにもなる。
「ミャー……難しい事よくわからんミャ。けど、菊池や村のみんなが嬉しいなら、行って良かったミャね」
「そうニャね!」
「ふたりとも、菊池を連れて行ってくれて、ありがとにゃっこ」
「「いえいえニャ」ミャ」
菊池は虹色の葉っぱの研究をするので、家に帰る。
ルルルフとナナヤは菊池を家まで送る。
家のドアに手を掛けた菊池は、ながーーい安堵のため息を吐いた。
「でも、やっぱり、菊池はお家に引き篭もるのが、性に合ってるにゃっこ」
「そうか、わかったミャ。欲しいモンスター素材は、取ってくるから、ナナヤや他の狩猫に言うといいミャ」
「お外に出てみて、苦手ってわかったニャら、良かったニャ」
食わず嫌いは許さないが、食ってみてダメなら、無理強いはしないのがカーチェたちである。
そして、家に無事送り届けたので、ルルルフとナナヤは帰って行った。
菊池はカバンから草を取り出すと、乾燥させるためザルに置いた。
「この草がカラカラになったら……、薬研で潰す分はこのくらいにゃっこ、薬液に浸す分は〜♪」
新しい薬の材料の研究に、菊池は胸を躍らせる。
「お外怖かったにゃっこ!! やっぱり、お家はサイコーにゃっこーー!!」
やはり、お家が好きな菊池は、引き篭もる。