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宇宙の舞姫

 小さな宇宙機の上に立つのは、つい先日、140センチを越えたと自慢げに語っていた小さな人影。

 顔を隠す白いポンチョのフードを捲り上げると首を一振りする。

 無造作な動作でゼロGを踊る長い髪は白銀。

 彼女は銀の髪を翻すと、トーン08を見据えて形の良い唇の端を上げた。


 真空の中、宇宙服すら纏わず微笑む彼女こそ、トーン=テキン氏族の宝玉。

 オーククイーンより生まれし次世代の女王、オークプリンセス。

 我らが姫様、ピーカ・タニス・トーン=テキンだ。




 オークの生まれ方は、三種類に分かれる。

 培養槽(バースプラント)から生産される俺たち培養豚(マスブロ)

 他種族の女性の胎から生まれる、一般的なオーク。

 そしてオーククイーンの子であるオークナイトだ。


 では、オーククイーンは三種類のどこから生まれるかというと、答えは「どこからでも」になる。

 オークは宇宙戦闘用として作られた戦闘種族であり、本来女性は存在しない。

 月の物がある以上、女性の兵器としての安定性は低い。

 その為、オークは男しか生まれないように設計されているらしい。

 それにも関わらず誕生したイレギュラーな突然変異個体がオーククイーンである。


 突然変異だけにその誕生確率は恐ろしく低く、数多あるオーク氏族の中でもクイーンを戴く氏族は数少ない。

 その数少ないオーククイーン自ら産んだ娘であるオークプリンセスの誕生確率に至っては、最早天文学的な低さである。

 ピーカ姫は我らトーン=テキン氏族が誇る至宝そのものなのだ。


 太母たるオーククイーンは氏族のオークを無条件に心酔させる、フェロモンともカリスマともつかないものを備えている。

 それは培養槽(バースプラント)産まれで21世紀人の精神構造を持つ俺にはさして影響を及ぼしていないものの、彼女に対して好感を抱かざるを得ない。

 単純明快に美しいのだ。


 培養槽(バースプラント)から生まれる第一世代である培養豚(マスブロ)以降のオークは、他種族の胎を借りて誕生せざるを得ない。 

 つまりオークの中には多様な種族の遺伝子情報が蓄積されている。

 そしてその結晶とも言えるオーククイーンは、ほとんどの地球系種族から見て「美しい」と判断されるような容貌を備えるに至っていた。

 様々な人種の美人を混ぜてモンタージュを作ると、何となくどこの人にも受け入れられやすくなるという事象を実地でやってのけた結果である。


 我らが姫君、ピーカ姫もまたオーククイーンの常で美しい。

 翻る白銀の長い髪に、黄金の光彩の猫を思わせるアーモンド形の瞳。

 通った鼻筋に愛らしい唇。

 言葉にすれば陳腐なそれらは、ひとつひとつが完璧な形とバランスで配置され幼さと美しさが同居した、稀なる美貌を作り上げている。

 身長140センチを超えたばかりの小柄な肢体は、同じ年頃の地球人種ではありえないような曲線を描いていた。

 出るべき所は生意気なまでに成長し、引っ込むべき所は限界まで締まっている。

 多産かつ女性的魅力に富んだオーククイーンは、すべからくセクシーダイナマイトでばいんばいんの豊満グラマラスボディの持ち主だ。

 未熟な我らが姫の御体にもその片鱗は現れており、主星ビッグレッドの赤い光に照らし出されたシルエットは年齢不相応にけしからん陰影を描いている。


「ふはぁ……姫しゃまぁ……」


「うおぉ……」


 モニターにへばりついた舎弟の二人、ベーコとフルトンが呆けたような声を上げて見つめていた。

 首元で留めたポンチョ一丁という姫のラフ過ぎる御姿は、ふわふわと無重力を舞う長い髪で危険部位が辛うじて隠されているものの、若い衆には刺激が強すぎる。


「まったく、ちゃんと服を着なさいと申し上げているのに」


「良いではないですか、姫様御自らの慰労、ありがたい事です」


 したり顔のボンレーもまたすっかり目尻を下げながらモニターを注視していた。


「安売りするものじゃないでしょうに、貴女の柔肌は」


 俺のぼやきが聞こえるはずもなく、モニターの中の姫は両手で掴んだ長い杖を捧げ持つように頭上に掲げた。


 腕の動きに合わせて、ふるりと体格からすれば豊か過ぎる双丘が揺れる。

 ポンチョの下から覗く、白磁の素肌を翠に輝くラインが覆っていく。

 オークの肌に宿り、真空中の生存すら可能とさせるナノマシンは、オーククイーンの体内で更に強力に昇華されていた。

 凝縮されたナノマシンは確固たる線となって姫の素肌を走り紋様を描く。

 トライバルタトゥーを思わせる翠の紋様で全身を彩った姫は、頭上に掲げた杖を全力で振り降ろした。


 足場にした宇宙機を鉄杖が打ち据え、同時にトーン08の通信機がこぉん!と澄んだ金属音を受信する。

 真空に響くのは音ではなく不可視の波、すなわち電波。

 ナノマシンの紋様は輝くだけではない、光るという事は波長を放っているという事だ。

 姫の御体を覆うナノマシンは、彼女の体越しに床を打つ金属音を電波に載せてバラまいたのだ。


 足元に杖を振り下ろした姫の体が、反動でふわりと浮く。

 完全に浮ききる前に爪先で足場を蹴った姫はゆるく縦に回転しながら虚空を舞った。

 白銀の長い髪が、幼さと豊満さという相反する要素を併せ持った肢体が、弧を描いて次の足場へと向かう。

 本来、敵艦の侵入を防ぐためのバリケードとして配置された残骸をステージに、姫は戦勝の舞を披露した。





「姫、お出迎えはありがたいのですが、軽率すぎます」


 戦勝の舞を終えた後、トーン08に乗り込んできたピーカ姫に予備の軽宇宙服を押しつけながら俺は苦言を呈した。

 得意満面の笑顔で褒めて貰えると思っていたらしい姫は、いきなりのお小言に頬をぷうと膨らませた。


「何よう、船を奪ってきたっていうから、お祝いの舞を踊ってあげたのに」


「服装に気を配ってください、この船は若い衆が多い」


「裸の方がナノマシンのラインが見えて綺麗でしょう?

 それに貴方だって若い衆じゃない」


「いいから服を着てください」


「むー」


 膨れっ面でツナギ型の軽宇宙服に両足を通した姫は、ジッパーを上げる途中で何かに気付いたのか、にんまりと笑みを浮かべた。


「カーツぅー、これ固ぁい♡ 引っ張ってぇ♡」


 猫撫で声で囁きつつ、たっぷりとした胸元をこちらへ突き出した。

 年齢不相応に豊かな双丘の真下で、ジッパーがわざとらしく止められている。

 俺は無言でジッパーを掴むと、一気に喉元まで引き上げた。


「ちょっと! 少しは喜ぶとか興奮するとか気を遣うとかしなさいよぉ!」


「もうちょっと年齢を重ねてから言ってください」


 自慢のバストを軽宇宙服に仕舞い込まれ、ぶんぶんと腕を振り回してむくれる姫から目を逸らし、俺は嘯いた。

 おむつの頃から知っているローティーンの相手をそんな目で見れないと、俺の中の21世紀常識が告げている。

 だが、同時にオークとしての本能は幼いながらもオーククイーンである彼女に対して誤魔化しがたい魅力を感じてしまっていた。


「……まったく、オークというのは度し難いな」

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― 新着の感想 ―
[一言] 姫様が豚面でなくて良かった、そう安堵する吉宗であった。
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