謁見
SIDE:戦士 カーツ
立ち並ぶ培養槽が放つ翠の燐光が寝椅子のような玉座を照らし出していた。
幻想的なライティングを受ける女王陛下の美貌は、久方振りという事を差っ引いても俺の目を強烈に惹きつける。
だが、報告の場とあっては、ただ見惚れている訳にもいかない。
「……」
陛下は寝椅子に玉体を預けたまま、手にしたタブレット端末に視線を落としている。
今回の略奪行の顛末を纏めた報告書だ。
黒いフレームの視覚補強デバイス越しに眠たそうな金の瞳を走らせる陛下の御姿は気怠げで、常よりも濃厚な色香を漂わせているように感じられた。
しどけなく寝そべった姿勢でタブレットに目を通す陛下の腹部には、すでに膨らみはない。
カーツ分隊が氏族船に帰還する数日前に、陛下は出産を済ませていた。
その結果、酷く疲弊しておられる。
オークの赤子という生命力の塊のような生き物を胎内で育み産み出す大仕事は、母体を著しく消耗させる。
数多のオークナイトを産み出してきたクイーンであっても、それは変わらない。
体内の活力の大半を赤子に持っていかれた陛下の御体は、未だ回復しきっていないのだ。
「ふむ……」
ひと通り目を通し終えた陛下は、右手の甲を目の前に差し上げた。
白い繊手が、芒と淡い輝きに包まれる。
肘から指先までの発光に留める陛下の制御力は、ナノマシンを起動させると全身に紋様が顕れる姫様より数段上の熟練を感じさせた。
「アクセサリー代わりになる以外に使い道あったんだねえ、これ」
陛下は指先を一振りして腕を覆う燐光を消すと、俺に向き直る。
「使い道が見つかったと言っても、相手が相手だからね。 無闇に試して回る訳にもいかない。
ピーカの手綱はちゃんと握っててね、カーツ」
「はっ!」
陛下の御言葉は、すなわち今後も俺に姫の御目付役を任せるというもの。
任務の継続に内心安堵しながら、俺はオークの儀礼である仁王立ちで応じる。
だが、勅命に異を唱える者がいた。
「姫を危険に晒した事を不問になさるのですか」
玉座の間に控えつつも、俺への悪意を隠さないオークナイトの一団、その一角。
装甲を各所に追加した軽宇宙服を纏ったオークナイトがこちらを睨みつけながら、唸るように発する。
大概がメッキも同然で血筋ばかりのオークナイトの中にありながら、戦果を挙げ実力を示した上澄みの一人だ。
陛下はわずかに首を傾げると、彼に視線を向けた。
「ムーデン、何か意見があるのかな?」
「恐れながら」
オークナイト・ムーデンは一歩前に出ると、見せつけるように胸を張る堂々とした姿勢で持論を述べる。
「護衛役を任じられながら姫をバグセルカーに近づけるなど、余りにも意識が低い」
ムーデンは明確に反論し辛い点を突いてくる。
眉を顰めながらも口を開かない俺にチラリと侮蔑の視線を投げると、ムーデンは語気強く言葉を続けた。
「やはり培養豚にはこの大任は荷が重いかと存じます」
「おや、結局そこに帰結するのかい」
肘掛けに肘をつき、小さく頷きながら聞いていた陛下だが、ムーデンの言葉に唇の端を吊り上げた。
「じゃあ、君ならどうするのかな、ムーデン?」
からかうような響きを含んだ陛下の問いに、ムーデンは朗々と返答する。
「無論、姫の御身を護る為、害有るものは叩き斬り、危険は一切近寄らせません」
「ピーカの方から危険に近付く事を望んだら、どうするんだい?」
童顔気味の美貌に愛娘そっくりの悪戯猫染みた笑みを浮かべた陛下は、さらに質問を重ねた。
「諫め、お止めします」
「ほう、次代のオーククイーンの命令に反すると?」
「それは……」
意地悪な問いを発した陛下は、眉を寄せて口ごもるムーデンから俺へと視線を移す。
「戦士カーツ、君ならどうする? いや、君はその時どうした?」
俺は内心嘆息した。
どうやら俺をオークナイト達への教材に使うお積もりらしい。
「状況については報告書の通りですが、お聞きになりたい事は違いますよね?」
「うん、ピーカの行動を止めなかった時の、君の判断理由を話してくれ」
「承知しました」
陛下へ頷き、ちらりとムーデンの顔を見る。
不満と不信を山盛りにした仏頂面で俺を睨みつけていた。
俺にお鉢が回って来た事が気に食わないようだが、そもそも自分が余計な口を挟んだんだろうに。
腕が立とうが立つまいが、この連中の精神性は変わらない。
培養槽の生まれだからと頭から馬鹿にしてくる奴らが俺の言葉を耳に入れるとも思えないが、陛下の御下命とあらば是非もなし。
「バグセルカーに寄生された際、姫様には即時の離脱を進言しました。 報告書の通り聞き入れては頂けませんでしたが」
「はっ!」
それ見た事かとばかりに嘲笑を浮かべるムーデンを無視して言葉を続ける。
「まあ、そのままではバグセルカーになるばかりですので。 それならと自決しようとしましたら姫に強く止められまして」
「おや、そこで言いなりになるのかい?」
「姫の勅命があるから、と言うのは建前ですね。 どうせ死ぬのなら、姫の教訓となる死に方をしようかと」
「風向きが変わってきたねえ」
寝椅子のような玉座に頬杖を突いて聞いていた陛下が、明らかに面白がりながら身を乗り出す。
迫り出すように揺れる柔らかな山脈に目を奪われつつも、話を続けた。
「いずれ氏族を率いる身である姫は、先々部下を失う事もありましょう。
その時に御心が揺れぬよう、配下の死を目の当たりにしておく事は糧になるかと存じました」
俺の最優先目標は陛下の御身そのものであるが、それが叶わぬとあれば次点の目標にシフトするまで。
あの場に於いては、陛下の愛娘である姫の成長の礎となる事がそれである。
無為な犬死により余程意味があろう。
俺の話を聞き終えた陛下は楽しげに瞳を細めながら感想を漏らした。
「なるほど、そういうつもりだったのか。 思い切りがいいねえ、まるでおじさん達みたいだ」
「おじさん?」
「ああ、先代達だよ。 聖王ゲイン、怒声のアグウル、僧形のエゴマー、ボクの育ての親みたいな人達さ。
みんな凄い戦士だったよ」
「それは……光栄です」
過去の偉大な戦士たちになぞらえて賞される。
きっとそれは陛下にとって最大級の讃辞なのだろう。
だが、陛下の浮かべられた表情を見てしまえば、素直に喜ぶ事が出来なかった。
今は亡き人々への追想と、紛れもない親愛に彩られた微笑み。
彼女を育み、情を交わした男達を懐かしむその表情に、見当はずれな妬心が生じる。
俺の内心を知る由もない陛下は、ムーデンに向き直り裁定を下した。
「彼の忠義は疑うべくもないよ、ムーデン。 命の使い道をどこまでも考えるのは、古の戦士みたいだね。
今回の件、カーツに咎はないとボクは判断するよ」
「は……」
言葉少なに頷くムーデンだが、眉根を寄せた表情から不満を押し殺しているのは明白。
俺の思考の流れを聞き、陛下が裁定を下したとて、そこに共感や納得ができるかは個人の問題だ。
それでもこれ以上の言葉は呑み込む辺りが、彼らなりの忠義なのだろう。
一礼しオークナイト達の列に戻ったムーデンに頷くと、陛下は口元を抑えて小さく欠伸を漏らした。
「すまないね、カーツ。 どうにもまだ疲れが抜けてなくてね。
君の話はもっと色々聞きたい所だけど、そろそろお開きにしたい。 君に与える褒賞の話に移ろうか」
褒賞。
その言葉に俺は無意識に唾を呑む。
張り付くようなエメラルドグリーンの衣装を纏った陛下の下腹部へ視線が吸い寄せられた。
そこにあった膨らみはすでになく、彼女の胎は次の種を受け入れるべく空いているのだ。
「それでは」
俺が万感の想いと共に積年の望みを舌に載せようとした時、言い忘れてたとばかりに陛下は重要な事を付け加えた。
「あ、そうそう。 ボクに子を仕込む件はダメだよ。 次はラフテルだから」
「は?」
あけましておめでとうございますと言うにも微妙な時期になってしまいました。
ふぁっきんリアル事情……。




