揉め事エルフ
SIDE:戦士 カーツ
「ろーっ! こまーだーっ! ろーっ!」
俺に向かって六尺棒を振るう女戦士に、周囲のちびエルフ達からの歓声が降り注ぐ。
こまーだー、コマンダーの訛りとするなら、この女戦士が指揮官か。
声援の内容は、GO!GO!コマンダー!と言った所か、随分ちびエルフ達に慕われているようだ。
ならば、こいつの身を抑えれば、船の制圧は早かろう。
俺の意図を知ってか知らずか、エルフの女戦士は風車のように六尺棒を旋回させた。
「ふっ! はぁっ!」
鋭い呼気と共に、六尺棒の連打が俺を襲う。
風を切って振り回される棒の先端にも、粗い生地のトゥニカの下で踊るバストにも、俺の目が奪われる事はない。
「なかなか見事! だが!」
陛下に比べれば何ほどのものか。
俺は豊かな実りに惑わされる事なく、六尺棒の連撃を両手の甲で弾いてさばく。
技量の方は、かなり高い。
早く、的確に急所を狙っていながらフェイントも交えた打撃を振るっている。
巧手と言わざるを得ない腕前だ。
しかし、それだけだ。
エルフの女戦士が操る棒は早いが、軽い。
正確な打撃を送り込むことを優先した動作は、寸止めの組み手や演舞のような「お上品さ」があり、実戦慣れの気配が感じられない。
技そのものは冴えているが、そこに相手を打ち倒す力を籠める事に慣れていないのだ。
おそらく、仲間内での模擬戦しか経験した事がないのだろう。
「見かけ倒しだな」
六尺棒を防ぎながら、俺は戦士としての彼女に評価を下す。
素手と六尺棒のリーチの差で防戦一方になっているが、相手の底は知れた。
型稽古しかしていない未熟な戦士に負ける気はしない。
このまま取り押さえてしまおう。
「はぁっ!」
左脇腹を狙ったスイングを、あえてそのまま受ける。
早くはあれど体重の乗らない打撃は、俺の強固な腹筋に碌なダメージを与えられない。
すかさず棒の先端を脇で挟み込み、気合いと共に上体を旋回させた。
「そらぁっ!」
「ニャック!?」
俺を支点として振り回される六尺棒を保持しきれず、跳ね飛ばされる女戦士。
尻餅をつく女戦士に向けて、俺は奪った六尺棒をぴたりと構えて見せた。
「武芸百般ってな。
長物の扱いは俺も得意なんだぜ」
エルフの女戦士は俺を睨み付けると両手を床につき、立ち上がった。
身構える彼女の手の中には、左右一対の短杖が握られている。
いつの間にと見れば、彼女が触れた床板が棒の形状に抉り取られていた。
「船の中の構造物は何でも武器にできるのか?
随分と便利だな」
「はぁっ!」
女戦士は鋭い呼気を吐き、躍りかかってきた。
それぞれ50センチほどの短杖が、太鼓のバチのように交互に叩きつけられる。
「おっと! ほいほいっとぉ!」
広げた両手で握った六尺棒を軽く動かし、襲い来る連打を棒の中央部分で受け止めた。
リーチの長い武器に対して懐に飛び込むのは良い戦法だが、踏み込みが甘く打撃が軽いので簡単に防げる。
奪われた武器での反撃を警戒して、及び腰になっているのだ。
やはり、実戦経験が足りていない。
「ふんっ!」
足裏を使った前蹴り、いわゆるヤクザキックを女戦士の腹にぶち込んで突き飛ばす。
「うぐっ!?」
間合いが広がり大きく体勢を崩した女戦士の鼻先に六尺棒を突きつけた。
「この辺にしとこうぜ。
元はそっちが売ってきた喧嘩だ、それなりのもんを出すってんなら、命までは取らねえ」
棒の先端を睨む女戦士に、訛っていても聞き取れるようにゆっくりとした発音の銀河標準語で語りかける。
俺の言葉にエルフの細く整った眉が動く。
言葉が通じたかと思った直後、女戦士は全身のバネを使うかのような跳躍で飛びかかってきた。
「おいっ!」
糸目を見開き翠の瞳を露わにした女戦士が打ち込む短杖を、六尺棒を回転させて跳ね飛ばす。
そのまま脳天に加減した打撃を入れた。
「うぐぅっ!?」
たまらず両手で頭を押さえて蹲る女戦士。
「お前なぁ、言葉判ってんだろ。
それに腕の方もだ、この上やっても勝ち目はないぞ」
「うぅ……」
女戦士は糸目の端に涙を滲ませながら俺を見上げると、単語を無理やり継いだような調子で口を開いた。
「確かに、お前の方が、強い。
私では、勝てない」
女戦士の言葉に、周囲のちびエルフ達が「にゃー……」と絶望的な呻きを上げる。
「ようやくまともに会話できそうだな。
話すにしても名前がわからんのはやりづらい、お前、名前は?」
「なまえ……個体識別。
465、F号要塞フォーティチュード所属、ガーゼスの465」
「うわ、個体番号、そういう文化かー……」
エルフの文化については全く情報が無い、特に個人名をどのように名付けるかなどは知らなかったが、途端にディストピア味を帯びてきやがった。
「お前個人が465か、フォーティチュードはお前のフォートレスの名前だな。
ガーゼスってのはなんだ?」
「私の、役職。
護る、防衛、ガーゼス」
ガーディアンの訛りだろうか。
「護り手って事か。
それにしちゃ、やってる事が解せねえな。
ガーディアンがなんでまた俺たちを襲ってきた?
こっちがオークだから先制攻撃を仕掛けたってわけじゃあるまい」
俺の言葉に465はそっと目を背けた。
「私たちに、必要なもの、そちらに、いる」
「いる?」
ある、ではなく、いる。
訛りに由来する言葉の差異でないのなら、かなり嫌な流れだ。
「どういう事だ? お前らは何を欲しがっている?
一から説明しろ」
「……ロー、説明、する」
神妙な顔の465がぼつぼつと話した内容を繋ぎ合わせると、次のような話になる。
エルフ達は人類領域の端に要塞を構え、外宇宙から侵入しようとするバグセルカーを防ぎ続けている。
そんなある日、465の所属するF号要塞フォーティチュードの警備領域でバグセルカーの発生が検知されたという。
それ自体はさして珍しい事ではない。
バグセルカーは常に「卵」を散布して人類領域へ侵入しようと試みているし、対バグセルカーに特化したエルフの探知網といえど「卵」の段階では発見は難しい。
バグセルカーが孵化し仲間を呼び出すタキオンウェーブを発する段階になった所で、エルフの偵察船はバグセルカーを感知できるのだ。
だが、今回はどうも毛色が違った。
バグセルカーの増援が異常な速度で送り込まれているのだ。
ガーゼス、人類領域守護の役職ゆえ駆除部隊の出撃準備をしていた465は不審を覚え、バグセルカーのタキオンウェーブ通信を分析した。
バグセルカーに人間と意思疎通できるような会話機能などはないが、彼ら同士での指示伝達を行う圧縮通信言語を有している。
長年バグセルカーと戦い続けてきたエルフは独自にそれを解読し、戦略に役立てているのだ。
エルフの秘技とも言えるタキオン通信分析の結果は、奇怪な代物であった。
たった一人の人物に対し敵を示すコードが付与され、そこに余りにも多重に修飾が付属している。
危険、最大、脅威、攻撃、抹殺。
それらの修飾コードを合わせて表現するならば、宿敵、あるいは天敵。
バグセルカーが異常なほどに怖れ、警戒する何者かがそこにいる。
「その誰かさんが手に入れば、バグセルカーと有利にやり合えるって考えた訳か」
「ロー、そのために、偵察船の、タキオンジャマーで、目標の船の、ジャンプに干渉、した」
「お前らのせいか、このミスジャンプは!」
ジャンプ先に意図的に干渉できるとか何気に凄い方向に発展してるらしいエルフの独自技術だが、それを向けられた方としては堪ったものではない。
「どうしてくれんだよ、この野郎!
ジャンプドライブ壊しやがって!」
「壊して、ない、ドライブがオーバーヒート、してるだけ。
ジャンプ後、五日くらいしたら、冷却完了、する」
「……五日ってのは銀河標準時でいいんだよな」
六尺棒の先端を向けられたままの465はこくこくと頷く。
こいつら自身のやらかしだ、どこまで話を信用できるか判らないが、ひとまずの目安はできた。
そのうちジャンプドライブが回復するなら、遭難状態から脱出する事ができる。
それよりも全く別の問題が生じてしまった。
バグセルカーが最大の宿敵、天敵として通達するほどの何者か。
間違いなく姫の事だ。
バグセルカーの侵食を退ける姫の存在は、エルフとは違った意味でバグセルカーの天敵に間違いない。
そして465はバグセルカーに対する切り札として姫を求めている。
座り込んだままの465は恐る恐るといった上目遣いをしながら、ボソボソと口を開く。
「……そちらに、バグセルカーが、最大警戒する者がいると、通信でも、確認、できた。
協力を、要請、できないだろうか」
「要請? お前ら初手から殴りかかってきやがって、攫ってく気だったんだろうが。
それがボコられたからって要請だ?
舐めてんじゃねえぞ」
「う……」
流石に恥の概念はあるらしい。
465は気まずそうに糸目を泳がせると俯いてしまった。
何やら言い訳しようと465が口を開きかけた時、エルフシップが大きく揺れた。
「うおっ!?」
「モニター!」
すばやく465がちびエルフ達に指示を飛ばすと、ろー!という返事と共に半球状の天井に外部の様子が映し出された。
接近してくる二隻目のエルフシップがこちらへ大口径ポンプガンを発射している様が表示され、465は息を呑んだ。
「通信、開け!」
「ろー!」
続いての指示に従い、半球状モニターの一角が通信ウィンドウとして再展開する。
ウィンドウの中では薄い色素の金髪をオールバックに撫でつけた糸目のエルフ青年が腕組みしていた。
「可否、560!」
柳眉を逆立て通信ウィンドウへ怒鳴る465。
可否はイエスかノーかを訊ねるというよりも、意図を訊ねるようなニュアンスだ。
560と呼ばれた青年は淡々とした調子で応じる。
「ニャック、465。
私は、お前と意見を、違えている。
ローゼスの560として、宣言、する。 お前と、お前の意見は、不要だ」
「ニャック! バグセルカーが、怖れる存在は、有用だ!」
「ニャック。 我々は、要塞と共にあり、我々と、要塞のみで、使命を、果たしてきた。
他の、助けなど、不要だ」
なるほど、何となく判った。
バグセルカーが天敵と看做した者の力を得て有利に戦おうとする465と、あくまで伝統の戦い方に拘る560。
改革派と保守派の争いという訳だ。
俺個人としては560の主張は嫌いではない。
対バグセルカー種族として生まれた存在意義と、その純度に拘る口振りは、己の生き方に対するプライドを感じて好ましい。
彼の船がどかどかと質量弾をこちらにぶっ放していなければ、天晴れな心意気の防人と褒め称えたい所だ。
意見の相違で砲弾ぶち込んで来るのは流石にいただけないが。
このまま座視していれば465の船ごと沈められかねない。
脱出を意識した時、船殻を突き破って機首を突っ込んだままの『夜明け』のタキオンセンサーが高い警告音を発した。
同時に、センサー担当らしいちびエルフ達が口々に報告を開始する。
「じゃんぷ! かむひあ!」
「ふぉーとれす!」
「ふぉーとれす、かむひあ!」
「な、何!?」
465と通信ウィンドウの中の560が困惑の声を上げると同時に、巨大な質量がジャンプアウトしてきた。
恒星の光を浴びてキラキラと葉を輝かせる、全長20キロの球形宇宙植物。
F号要塞フォーティチュード。
永遠に輝ける要塞だ。




