突入、隣のエルフ船!
SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン
「なので、『夜明け』を砲弾にします」
戦士の発言にピーカは金の猫目を弓の形に細めた。
「切り込みを掛けるのね?」
「はい、二隻目が寄ってくる前に片付けるには、一番手っ取り早いので」
切り込み、敵船に乗員を送り込み白兵戦を仕掛ける、古式ゆかしい海賊戦法だ。
大火力や重装甲を誇る戦艦であろうと、屈強なオーク戦士に腹の中で暴れ回られては堪らない。
オーク略奪部隊にとって、伝統の切り札といえる一手である。
「隊長! お供します!」
すかさず名乗りを上げるフィレンに対し、通信ウィンドウの中のカーツは首を振った。
「そっちには斥力腕がないから駄目だ。
フィレンはトーン09のガードを頼む、エルフどもを姫に近づけさせるなよ」
「……了解、お気を付けて」
残念そうに指示に従うフィレンに微笑が漏れる。
カーツ分隊に配属されて以降、彼は随分変わった。
決闘に敗れた事で己を省みたのか、ノッコ主導の厳しい訓練も黙々とこなし、与えられた任務にも生真面目に対応している。
時折、カーツに対して皮肉っぽい口を利いている事もあるが、ピーカには頼もしい兄貴分に駄々を捏ねているように思えた。
彼の声音にはかつてのような侮蔑や敵意の色はなく、端々に卓越した戦士に対する敬意が感じられるのだ。
オークナイトのプライドに凝り固まっていた頃のフィレンは毛嫌いしていたものだが、今の彼ならば近侍として頼ってもいいだろう。
「それでは姫、砲撃をお願いします!」
「りょーかい! 同じ場所に行くわよ!」
トーロンが後付けした主砲操作用の玩具染みた操縦桿を握りしめ、エルフシップの中枢部に狙いを定める。
全長500メートルにも及ぶ敵船の中、どれほどの敵兵が待ち構えているのかは判らない。
そこにたった一人の切り込み隊が殴りかかるなど、狂気の沙汰そのものだ。
だが、ピーカに不安は無い。
彼女の戦士は、この程度の窮地に臆するほどヤワではないのだ。
エルフなど何するものぞ。
ピーカは彼の花道を作るべく、迷い無く主砲のトリガーを引く。
「行ってきなさい、カーツ!」
SIDE:戦士 カーツ
トーン09に追加された二門の大口径レーザーが光を放った。
エルフシップの中枢部に直撃した青い閃光は黒々とした焦げ目を刻む。
姫が付けてくださったマーカーだ。
「行くぞっ!」
ミッションレバーをマキシマムに叩き込むと、巨人に蹴り飛ばされたかのような急加速で『夜明け』は宙を駆ける。
青い閃光が叩き付けられたポイント目掛けてまっしぐらに突き進む『夜明け』へ、残り少ない護衛機が大口径ポンプガンを射掛けた。
「貴様らに構っていられるか!」
操縦桿をがっちりと固定したまま、俺はスラスターペダルを全力で踏み抜く。
最大戦速の『夜明け』は回避運動すら取らずポンプガンの砲弾を置き去りに疾走、一気にエルフシップに迫る。
「斥力腕!」
右武装腕の前方に不可視の障壁が出現、そのまま加速を緩めずエルフシップに突っ込んだ。
機体に激震が走るも、ほとんどの衝撃は全力で展開した斥力場に弾かれ脆弱なブートバスターを保護している。
一方、トーン09の主砲を受けて劣化したハードセルロース装甲は、猛スピードで叩き付けられた斥力場の前に構造を維持できない。
四方に罅が走ると、斥力場の圧力に負けて陥没していく。
「おりゃあっ!」
気合いと共に装甲を貫通し『夜明け』の機体はエルフシップの内部にめり込んで停止した。
同時に『夜明け』の中にエルフシップの推力による0.5Gほどの重力が発生し、明確な「下」が生じて俺の三半規管をくすぐる。
『夜明け』が機首を突っ込んだ先は半球系の天井を持つ、広間めいた部屋。
突入の衝撃で砕けた内壁があちこちに飛び散り、それを縫うかのように動き回る影がいくつも見えた。
「向こう側まで突き抜けちまっても良かったんだが、ここまでか。
反対側の装甲は劣化してる訳じゃないしな」
ペダルを軽く踏むも、スラスターが吹けている感覚はあるのに何かに引っかかって進まない。
見回せば突き破った船殻の破孔から樹液が染み出し『夜明け』との隙間を埋めている。
「ゴムパッキンみたいなものか?
木製の癖に自動保守機能まで付いてるとは恐れ入るぜ」
呟きながら体をシートに括り付けるハーネスを外すと、両の拳をボキボキと鳴らす。
「空気漏れの心配をしなくていいってのはありがたいな。
さあて、暴れまくりタイムだ!」
キャノピーを跳ね上げ、飛び出す。
ここは敵の腹の中、どこから攻撃されるか判ったものではない。
まずは全力で飛び跳ね、駆け巡り、待ち構えた敵の初撃を外す。
だが、跳躍する俺を出迎えたのは迎撃の弾丸などではなく、四方八方から湧き上がる甲高い悲鳴だった。
「にゃーっ!?」
「にゃっ、にゃーっ! にゃーっ!!」
「にゃーーーっ!?!?」
実物を拝んだことはないが、猫を思わせる声が10や20じゃ利かない数で周囲から響いている。
音波兵器の類を向けられているのかと一瞬疑ったが、やかましい以外は何という事もない単純な悲鳴を上げながら、ちょろちょろと小さい何かが逃げ惑っていた。
「こいつらがエルフ、か?」
身長1メートルにも満たない小さな子供のようなサイズの推定エルフは、それぞれが俺から少しでも離れようと統制も何も無いパニックそのものの様子で走り回っていた。
侵入者に対して反撃の姿勢も見せない無防備な姿に、俺は困惑せざるを得ない。
「何なんだ、一体」
不可解なものはまず観察するのが俺のセオリーだ。
知的好奇心の充足だけでなく敵を知る事は戦闘において、この上ないアドバンテージとなるのだ。
殴りかからず、まずは見知らぬ宇宙UMAの様子を窺う事にする。
大昔の幻想文学の類ではエルフといえば美形種族というのが定番であったが、俺にはエルフの外観についての知識がない。
銀河百科事典には兵器としての来歴と大雑把な性能についてしか記載されていなかったのだ。
「おっ」
逃げ惑うエルフの一人が飛び散った船殻の破片に躓いてすっ転んだのを幸い、一足飛びに近寄って首根っこを捕まえた。
「にゃーっ!?」
キンキン声が耳に響く。
「あーもう、にゃーにゃー煩いな……」
げんなりしながら持ち上げ、観察する。
体長90センチ前後の推定エルフは、地球系人類の幼児をベースにしたような外観であった。
頭が大きく寸詰まりなバランスで、フービットのような小型種族以上に幼形成熟の気配が強い。
肌は色白でボサボサの長い金髪も色素が薄いが、どちらもわずかに緑がかっているのは葉緑素系ナノマシンを宿しているからだろう。
その容貌は古の幻想文学で記されていたような、際だった美形というわけではない。
体躯同様に幼い顔立ちは美人だ美形だなどというよりも可愛らしいという感じで、少なくともクイーンを除くオークとは一線を画していた。
一見した特徴としては、やけに細い糸目が上げられる。
すこし耳の端が尖って長いのは、幻想文学の故事に倣ったデザインなのだろうか。
小さな体を包んでいるのは、染められてもいない粗末な貫頭衣。
一見すると麻袋か何かを衣服に転用したかのような粗雑さで、愛らしいと言えなくもない外観の推定エルフがそんなものを着込んでいるのは、何とも言えない見窄らしさがあった。
「にゃく……にゃっく……」
貫頭衣の襟首を掴まれて俺の視線に晒される推定エルフは、観念したのか細い糸目をぎゅっと瞑り、身を縮めている。
口から零れる言葉は猫の鳴き声ではなく、何かしら意味がある単語だったようだ。
「にゃっく? にゃーじゃないのか。 語感からすると、否定の転化か?
お前、銀河標準語は判るか?」
「ろ、ろー、ぎゃらくてぃっく、ろー」
俺の片手で吊り下げられた推定エルフがこくこくと頷きながら、ろー、ろーと繰り返す。
「ろーは肯定か?
辺境で他所と交流が無い間に独自言語に発展したのか?
厄介だな……」
意思疎通に問題が出る可能性を感じ、俺は顔を顰めた。
略奪で相手を皆殺しにして奪うのは、下の下と言わざるを得ない無様な手口である。
相手を殺す間にこちらにも死傷者が出る可能性があるし、暴れた弾みに大事な戦利品が傷ついてしまうかも知れない。
暴力を背景とした言葉で脅しつけ、相手にお宝を差し出させるのがクールなやり口というものだ。
今回に関しても、エルフ側から殴りかかってきたとはいえ、こちらの最終目標はジャンプドライブの確保だ。
相手を叩き伏せて屈服させジャンプドライブを差し出させようにも、独自言語が混ざるとなるとやり取りに不安が出てしまう。
「んっ、んぐっ、にゃっ……」
「おっと、首が絞まったか、すまん」
苦しそうに顔を歪める推定エルフに、俺は襟首から手を離した。
尻餅を着いたエルフは、喉元を右手で擦りながらケホケホと咳き込んでいる。
床に落ちる間に翻った貫頭衣の裾の下に、小さな象さんが見えた。
雄雌の概念はあるらしい。
「さて、どうしたもんかな……」
正直な所、俺の戦意はすっかり冷めてしまっていた。
完全に戦闘意欲がない上に、いまいち意思疎通に難がある相手に対してオーク流の暴力アプローチを掛けるのは、どうにも大人げなく感じてしまう。
今更略奪行為に罪悪感を覚えたりはしないが、相手が幼すぎる見た目だと弱い者いじめをしているように思えて落ち着かない。
「確か、ひよこなんかは可愛い見た目で庇護欲をそそらせているって話だったな。
こいつらもそういう手合いなのかね……」
答えの出ない想像をしつつ、あらためて周囲を見回す。
半球状の天井を持つ、半径20メートルほどの部屋で円状に机が配置されていた。
その一部は突っ込んだ『夜明け』に吹き飛ばされてはいるが、残された多くの机の影にはエルフ達が逃げ込み、こちらを恐々と窺っている。
小動物そのもののような習性に溜息を吐きつつ、机の上に置かれていた小物を手に取った。
「なんだこりゃ」
細長い板状の物品は、持ち上げるとじゃらりと音を立てる。
板の内部にいくつもの玉が仕込まれ、動かすとそれらが擦れて独特の音色を奏でるのだ。
俺に刻まれた遠い記憶、21世紀の記憶がこれに近いものを弾き出す。
「い、いや、流石にないだろ……。
なあ、これ、なんだ?」
思い至ったものを否定したく、足元にぺたんと座り込んだままのエルフに問いかける。
顔を上げたエルフは俺の手の中の小物に糸目を向けると、ぽつんと単語を呟いた。
「あばかす」
「あばかす……やっぱり算盤かよ!」
見回せば、数多く設置された机の上には算盤が置かれ、物陰に隠れたエルフの中には算盤を握りしめている者もいる。
俺は嫌な予感を覚えつつ、次いで確認した。
「お前ら、ここで何を計算してたんだ?」
「……こーろ、まぬー、じゃんぷ」
「やっぱりかよ!」
まぬーが何かは判らないが、後は航路とジャンプ。
「エルフの成り立ちからして、コンピュータとか持ってないよなって思ってはいたんだ……」
シリコンチップのコンピュータは偏執狂的にバグセルカー対策を行っているエルフが使用しないのは明白だ。
だが、その代用品について銀河百科事典には記載がなかった。
何の事はない、彼らは先祖返りしていたのだ。
航路、機動、それらに必要な計算を全て人力で行う、この部屋は本来の意味での「計算要員の部屋」なのだ。
「コンピュータがこれって事は他の部分、ジャンプドライブなんかもまともな互換性はないんじゃないのか……?」
恐ろしい想像に至ってしまう。
ジャンプで出現した以上、この船にジャンプドライブは搭載されているはずだが、俺らの知るものとはかけ離れた代物である可能性が高い。
人力で謎の棒をぐるぐる回してジャンプするような仕組みだったりしたら、とてもトーン09に積み込めない。
「どうするか……!」
空気を切り裂く音を捉え、俺の思考は瞬時に戦闘用に切り替わった。
思い切りバックステップする俺の鼻先を、鋭いスイングの棒が掠める。
「戦闘担当のお出ましか!」
俺の頭の代わりに床に叩きつけられた長い棒を握るのは、エルフの戦士。
周囲のチビ達の倍はある長身に、襤褸布めいた粗末な布で作られた簡素な衣服を纏っている。
チビエルフの服が貫頭衣なら、こちらはトゥニカと言った所か。
特筆すべきはその体型。
幼児そのもののチビエルフ達と違い、伸びやかな手足に見事なくびれと実ったバストを備えたグラマラスボディ。
金の髪をなびかせたエルフの女戦士は、手にした六尺棒をくるりと回転させて身構えた。




