天拳絶倒
赤く燃える曳光弾、電磁発光の青白い輝きを帯びた電磁投射体、そしてバラバラに分離しそれぞれがオレンジの推進剤の尾を引いて迫る拡散ミサイルの群れ。
どれを取っても我が『夜明けのぶん殴り屋』を引き裂いて余りある威力を持っている。
対Ｇ剛性は高くとも、装甲的な頑丈さには欠けてしまうのがブートバスターだ。
あれだけ大量の砲撃の前では、斥力腕の護れる範囲が足りなさすぎる。
後先考えずのありったけで確実にこちらを屠ろうとする、良い一手だ。
「いいぜ、騎士さん。
嫌いじゃない！」
必殺の攻撃に晒されながら、俺はあの宇宙騎士に対して親近感を覚えていた。
思い切りよく一手に全振りして博打を張る姿勢、実にオーク的だ。
それだけに、扱いやすい。
他所から拾ってこられた培養豚が使い潰されもせずに生き延びて、戦士を名乗る。
つまりは氏族のオークを掻き分けて、能を示したって事だ。
力任せの暴力を何とかするのは、俺の得意中の得意なのだ。
「いぃくぜぇぇっ！」
最大戦速を維持したまま、強引なスティック捌きで『夜明け』は急旋回する。
飛来する火力の大波に真っ向から機首を向けた。
左腕を振り上げる。
「斥力腕！」
振り抜いた腕の先で紅蓮の爆発が弾けた。
斥力フィールドで弾かれた砲弾同士がぶつかりあった結果だ。
だが不可視の盾の防護範囲は狭く、『夜明けのぶん殴り屋』の全てを覆う事はできない。
判りきっていた話だ。
だから俺は右腕を振り上げる。
「もう一丁っ！」
右の斥力腕が迫る砲弾を撥ね飛ばした。
「盾２枚だとっ！？」
騎士アグリスタが驚きの呻きを漏らす。
無理もない、我ながらオークの気質から外れている。
とにかくぶん殴る、ぶっ潰すのが好きなオークは強力な武器を優先する傾向が強い。
俺の『夜明け』のように防御兵器を２つも積んだ機体は他に無いだろう。
……まあ、戦士階級を得たとはいえ、培養豚の俺には余り物の武器しか回ってこなかったという切ない事情もあるが。
ともあれ、この状況には完全に嵌まったチョイスである。
宇宙騎士が驚きから覚める前に一発ぶち込まなくてはならない。
「おりゃあああっ！！」
真っ向から捉えた『白銀』へと、スラスター全開で突き進む。
斥力腕の効果範囲の狭さを見越したか、宇宙騎士の放った弾幕は広範囲に拡がっていた。
脆弱な装甲のブートバスターを確実に打ち落とせる火力の投網であったが、その分「厚み」はない。
ジェネレーターの出力を注ぎ込み、本来短時間しか維持できない斥力場を無理矢理展開し続ければ突き抜けられると踏んだ。
『夜明け』の両腕が発生する不可視の盾の表面で砲弾が弾ける。
飛び散る爆炎を斥力場で掻き分け『夜明け』は炎の残滓を引きずりながら飛翔した。
『白銀』を目前に捉える。
ここだ！
「天拳絶倒！ 斥力重突撃ォォッ！」
突き出した両腕、既に限界近くまで働いた斥力腕をもうひと頑張りさせる超過駆動。
不可視の盾を鏃と変え、機体全てを一条の矢と化す。
『夜明け』が転じた暁色の矢は『白銀』を射貫いた。
SIDE：宇宙騎士アグリスタ
人機一体を為しジョスターを我が身の如く操るため、宇宙騎士の脳は機体と直結している事が裏目に出た。
重大な損傷によるエラー情報が、アグリスタの脳をかつてない程に打ち据える。
「ぐああぁっ！？」
騎士として恥ずべき事ながら悲鳴を抑えられない。
機械化した強化人工神経ですら対応できぬ速さで駆け抜けた『夜明け』の斥力場は、『白銀』の側面を無残に抉りとっていた。
三本の腕はもがれ、潰され、一本しか残っていない。
主機にまで達する致命の損傷を受けた『白銀』は最早死に体。
だが、宇宙騎士の戦意は消えない。
脳を灼く程に流れ込むダメージ情報に耐えながら、たったひとつ残った腕に握るマシンキャノンを『夜明け』の航跡へ向ける。
暁色の決闘機は、満身を火花の蒼で彩っていた。
全力砲撃を突き破り『白銀』そのものすら殴り飛ばす斥力場の維持は、『夜明け』にも荷が重かったらしい。
超過駆動の末に火花を上げて機能停止した斥力腕を引きずりながら、大きく弧を描いて旋回している。
「見誤ったな……」
著しく反応の鈍い最後の武装腕を『夜明け』へと向けながら、アグリスタは自嘲の呟きを漏らした。
カーツをオークらしくない手堅い敵という己の判断を嘲笑う。
『夜明け』が２枚目の盾を出した瞬間、驚きつつもアグリスタは勝利を確信していたのだ。
オークの特徴ともいえる攻撃性と引き換えに堅実さを手に入れたカーツは、むしろ凡百の敵に過ぎないと見做して。
とんだ間違いだ。
防御をかなぐり捨てて乾坤一擲の一撃を放つ、実にオークらしいオークではないか。
「だが、この首、ただではやらん！」
止めを刺さんとこちらへの再加速を開始する『夜明け』へ残った唯一の武器であるマシンキャノンを乱射する。
「おおおっ！」
叫びと共に放つ弾丸は、身をよじるようなロールを行う『夜明け』を捉えられない。
銃身の歪みを補正するよりも早く、『夜明け』が機体下部に抱いたプラズマキャノンの砲口に輝きが生じた。
「バスに乗り遅れちまうんでね、ここまでにさせてもらうぜ！
あばよ、騎士さん！」
どこか剽げたオークの言葉と共に青白いプラズマ光弾が撃ち放たれる。
抉れた『白銀』の胴体に着弾した光弾は、磁場で閉じ込めた破壊の権化をその場で解放した。
「騎士様！ アグリスタ様！」
本来後詰であった通常型戦闘機の編隊は分散し、反応が消失した宇宙騎士を捜索していた。
やがて、銀の機体の残骸を発見する。
胴中の三分の二をプラズマで焼却された『白銀』は、名を返上するかの如く焼きただれ、骸と化して漂っていた。
「アグリスタ様！? 何たる事だ……」
「まさか宇宙騎士が討たれるとは……」
「……勝手に殺すのではない」
呆然と言葉をかわす捜索部隊の通信に、宇宙騎士の機械音声が割って入った。
「アグリスタ様！」
「コクピットにもプラズマが飛び込んできて駄目かと思ったがな。
陛下より賜りしこの機械の体を焼き尽くすには、至らんかったようだ」
「すぐに救助を！」
捜索隊の戦闘機は胸部から下を失って漂う兜状の頭部を発見すると、手早くコクピット内に回収した。
「このまま帰投いたします。
医療ポッドの手配もしておりますので！」
「ああ、頼む」
戦闘機の予備座席に丁重に置かれたアグリスタの頭部には、首筋から接続する形で宇宙服用の生命維持装置が取り付けられ尽きかけていた酸素を供給する。
何とか命拾いしたアグリスタは、肺もないままひと息つくと顔を覆う面頬を展開した。
金の髪に青い瞳、典型的な金髪碧眼美女の素顔が現れる。
作り物ながら精緻な美貌は、少女の年頃に機械化したアグリスタの素顔を成長させた予想図を元にしていた。
吊り気味の青い瞳が怒りに歪む。
「私を殺し損ねた事、存分に後悔させてやるぞ、トーン＝テキンのカーツ……！」
