宇宙の丸木舟
SIDE:戦士 カーツ
トーン09の運用想定人数は本来10人ほど。
乗員の人数がそれに足りていないこともあり、クルー全員に個室が与えられている。
一番上等な船長室は姫に譲り、俺は皆と同じ一般船室のひとつを自室としていた。
自室といっても輸送船の個室など、ちゃちな代物に過ぎない。
21世紀の感覚でいうなら畳3畳ほどの小部屋で、作り付けのクローゼットと作業デスク、ベッド代わりの無重力寝袋が壁からぶら下がるように固定されているだけ。
基本的に無重力状態での生活を想定しているため狭いながらも空間効率は良好だが、詰め込まれているような感覚は否めない。
それでもパーソナルスペースが各人にあるのは、なかなか贅沢な話だ。
氏族船の生活なら、兵卒階級やオークテックは大部屋で雑魚寝が相場なのだから。
俺は作業デスクの狭っ苦しいワークチェアに尻を押し込み、個人端末を立ち上げる。
「さぁて、どう設計したものかなあ」
大昔のノートパソコンのような端末を前に、俺は浮かれた笑みを隠せない。
生き延びるために貪欲に知識を積み上げてきた俺だが、その効果を発揮できるのはひたすら殺し合い壊し合いが続く戦場だけだった。
目的は同じく生き延びるためながら、創造的な方向で知識を活かせるのは目新しくて、とても楽しい。
端末に蓄えた電子書籍から参考資料を引っ張り出し、あれこれと頭を巡らせる。
「ガスによる腐食が心配だから、吸引部はできるだけ頑丈な素材で作らないとな。
装甲用の複合タングステン鋼が良さそうだけど、上手く加工できるかなあ。
まあ、ここの工作はトーロンに頼むとしよう。
後はコンプレッサーを……」
製図ソフトを弄りながらの楽しい時間は、突然の船内放送で遮られた。
「ジャンプアウトしてきた船があります! カーツさん、ブリッジに来てください!」
「えぇい、調子よくなってきた所だってぇのに!
……いや、船が来てくれたのは、いい事なんだ」
折角の作業を邪魔された苛立ちを抑えつけながら、無重力の中で椅子から浮かび上がらないように固定する留め具を外し、席を立つ。
「話が通じる相手だといいんだがな」
自室を飛び出し、操縦室へ向かう途中でフィレンとトーロンを引き連れた姫様と鉢合わせた。
「カーツ! 獲物が来たね!」
金の猫目をギラギラと光らせて愛らしい顔に肉食獣めいた笑みを浮かべる姫様を、苦笑しながら諫める。
「初手から殴るのは無しですよ、まずは交渉です」
「えー」
「こっちはオークなのだから、どの道殴り合いになるのでは?」
姫様同様にフィレンも血の気が多い。
二人して不満顔をしている。
「俺たちが最初から顔を出してればな。
なので、通信は姫様とペールにやってもらいます。
そこで相手がこっちを女子供と見て侮るような輩なら、俺とフィレンの出番です」
「腕が鳴りますな!」
対応方針を大雑把に固めながら操縦室に到着。
「皆さん、こちらをご覧ください」
俺たちが到着するなり、ペールはメインモニターに表示したレーダーグリッドを指差しながら報告を開始した。
「不明船がジャンプアウトしてきた位置は、天頂点です。
私たちの位置はここ、トーン09の船足なら三時間ほどで接触可能です」
キビキビとした報告には普段の頼りなさげな様子はなく、本領を発揮するプロフェッショナルの気配が感じられた。
目元を隠すゴーグルも手伝って、敏腕秘書めいた雰囲気だ。
「相手の船種は判るか?」
「まだ距離があり詳細は不明ですが、熱量からして軍艦ではないと思われます。
ただ……」
言い淀んだ途端に、敏腕秘書の気配はふにゃりと消えた。
「通常の航路から外れた、こんな何もない星系に一般の船舶が来るとも思えません。
そして、私たちの救難信号を捉えたにしては到着が早すぎます。
何か、ちぐはぐな感じがしますぅ……」
「ふむ……」
眉尻を下げながらペールが挙げた疑問点は、確かに気に掛かる。
「そうだ、トーン09のジャンプドライブの調子はどうだ?
回復したかい?」
「す、すみません、まだ再起動できてません……」
「それじゃあ、あの船にアプローチするしか状況改善の手はないな。
進路を天頂点へ。
ペールは相手への通信を行ってくれ、話し合いで何とかなるならそれに越した事はないし」
「はい!」
オペレーターシートのペールへの指示に続いて、ナビゲーターシートのトーロンに目を向ける。
「トーロン、銀河放浪者の市場での改修は完了でいいんだな?」
「内部機構の一部が接続されていないので、追加ブロック側の操縦室は機能してませんが主船体側からなら問題ありません」
「砲はどうだ? 使えるか?」
「そちらは大丈夫です。
エネルギーバイパスも接続されてますし、万全に使えますよ!」
トーロンは満面の笑みを浮かべ、親指を立てた。
現在のトーン09は船首に追加ブロックを装備し、寸詰まりのシュモクザメといった船影になっている。
元は護衛艦の船首部分であった追加ブロックは、頑丈な盾として取り付けられたものであるが、嬉しいおまけが仕込まれていた。
護衛艦の副砲であったと思われる大型レーザー砲が二門搭載されていたのだ。
ベーコ達の乗るバレルショッターの対艦砲に匹敵する威力を持つ船首両舷レーザー砲は、民間船どころか重装甲を持つ軍艦にもダメージを与える事ができる。
今のトーン09は戦闘機二機を運用可能な軽空母かつ、ちょっとした砲撃能力を持つ簡易砲艦でもあるという、なんだか贅沢な仕様の船となっていた。
方向性があやふやな器用貧乏と言ってはいけない。
もちろん、姫様の座乗艦であるトーン09を危険に晒す気は無いが、いざという時の切り札が一枚増えたのは喜ばしい事だ。
「よし、もしも戦闘になったら、ぶっ放せるな。
砲手は……」
「あたしあたし! あたしが撃ちたい!」
両手を挙げて盛んにアピールする姫に、溜息を吐きながら頷く。
「……俺が指示するまで、勝手に撃ったら駄目ですよ?」
「うん!」
「それじゃ、砲手は姫で。
俺とフィレンは戦闘機、フィレンには『騒ぐ亡霊』を任せる」
「……よろしいのですか?」
「ん?」
機体を割り振られて喜ぶかと思いきや、フィレンは眉を寄せていた。
「なんだ? やっぱり『夜明け』が欲しいのか?」
「い、いえ! そうではなく、オレが『騒ぐ亡霊』に乗っても良いのでしょうか?」
「元はブートバスターに乗ってたんだ、お前の腕なら問題なく操れると思うが……」
俺の言葉にフィレンは評価されて嬉しいような、でも何か言いたい事があるような、なんとも難しい顔をしている。
「どうした?」
彼の懸念を問い質すより早く、状況が動いた。
「不明船、艦載機を発進させました!
数は……え、15? 嘘、一隻にこんなに載せてるの!?」
ペールの悲鳴混じりの報告に、俺は獰猛に頬を歪めた。
「数を見せびらかして、威圧しようって魂胆か。
随分と向こうっ気が強いじゃねえか、あちらさん。
こっちも出るぞ、フィレン! 舐められたまんまじゃ話にもなりゃしねえ!」
「了解っ!」
SIDE:兵卒 フィレン
シートに背を預け、六点式のハーネスを留めて体を縛り付ける。
つい先程、トーロンと共に修繕したばかりのキャノピーを閉じると『騒ぐ亡霊』のコクピットは密閉された。
「本当に、オレが乗っても良いのだろうか」
閉鎖空間となったコクピットで起動シークエンスを入力しながら呟くフィレンの声音には、迷いの色が滲んでいる。
彼の迷いは『騒ぐ亡霊』への遠慮であった。
あの時、フィレンは見た。
「……姫のナノマシンが隊長の血を伝って、この機体にまで伝播していた」
わずかな時間なれど、仄かに翠の輝きを宿していた機体。
戦士の血と姫の祝福を授けられた『騒ぐ亡霊』は、未来の王のための玉座と言えるのではなかろうか。
思い込みだ。
フィレンの中に生じた浪漫ちっく回路が暴走しているだけである。
そもそも、トーン=テキンにそのような風習はない。
「フィレン! 先に出るぞ!」
「は、はいっ!」
物思いに沈みかけたフィレンを他所に、『夜明け』が出撃していく。
「えぇい、今は遠慮している場合ではないっ!」
フィレンは内心の葛藤を一端棚上げすると、機体を固定するロックアームを解除した。
「行くぞっ!」
己に発破を掛け、ペダルを踏み込む。
二発の大推力スラスターにエネルギーを送り込む大型ジェネレーターがやかましい程の唸りをあげ、『騒ぐ亡霊』は虚空へ飛び出した。
先行する『夜明け』の四発のスラスターが発する眩い光を追いながら、斜め後ろにポジションを取る。
開戦となれば真っ先に切り込んでいく『夜明け』を、射程の長いレーザーランチャーで支援するフォーメーションだ。
積載量に優れる代わりに鈍重な重戦闘機である『騒ぐ亡霊』は、純粋なドッグファイトの性能では『夜明け』に敵わない。
現在の装備の特性的にも、バレルショッターのような支援機として使うのが最適だ。
自機のポジションを固めたフィレンはレーダーレンジ上で相手のフォーメーションを見て取り、小さく舌を打った。
「取り囲む気か」
不明船より飛び出した15機の宇宙機は、投網のよう広がって数で劣るこちらを包囲しようとしている。
各機の距離は一定で、互いのカバーも容易な陣形には熟練の気配が感じられた。
「厄介な連中だな」
ぼやきながら最も近い一機をスコープに捉え、拡大する。
「機影は流線型、随分と小さいな? 見た事のないタイプだ……」
つるりとした曲面で砲弾を思わせる流線型のボディは茶色に塗られている。
船尾から船首に向かって八方に小さく開いた翼にも傘にも見えるパーツのみ明度の低いグリーンで、全体的に地味な配色だ。
そのサイズは10メートルほどで、戦闘機としてはかなりの小型機である。
「母船の方も見ない型だ、なんだこいつら」
小型機の群れの後方に位置する不明船は、全長こそ500メートル級ながら船幅は狭くて細長く、棒きれのような頼りない印象を受ける。
貨物船にも軍艦にも見えない、奇妙な船であった。
艦載機を挟んで向き合う形になった不明船へ、トーン09から広域通信のアプローチが行われる。
「えー、こちらはテキン運送所属の輸送船トーン09、現在ジャンプドライブの故障で遭難中です。
救助していただけないでしょうか……」
機嫌を窺うような声音で発せられたペールの通信に、返答はない。
「あ、あのー……」
「銀河共用語が通じないのかも、辺境訛り辺りを試してみたら?」
反応のない相手に当惑するペールにアドバイスする姫の声が混ざる。
その途端、状況は激動した。
15機の小型機が一斉に機首を翻すと『夜明け』に向けて発砲したのだ。
「隊長っ!?」
着弾の爆炎を引き裂いて『夜明け』が傷一つ無い勇姿を現す。
不可視の盾『斥力腕』の効果だ。
集中砲火を凌いだ『夜明け』はスラスターを閃かせて機動戦へと移行しながら指示を飛ばす。
「反撃だ、フィレン! 好きに撃て!」
「了解っ!」
すかさず放ったレーザーランチャーの一撃は小型機の一機を貫いた。
「よしっ!」
船首から大口径レーザーでぶち抜かれた敵機に、フィレンは小さく快哉を上げると次の獲物を狙う。
「小さいだけに狙いにくいが、それだけだな!」
宇宙機は小型だからといって機敏な訳ではない。
敏捷性には搭載したスラスターの数が直結しているが、小型機は方向転換用のスラスターを多数装備する余地が無いため、必然的に機敏な動作が苦手になるのだ。
小型機のメリットは生産と運用のコストが安上がりな事ぐらいしかない。
レーザーランチャーが放つ青い閃光が二機目の小型機のどてっ腹に黒い大穴を開ける。
「二つ目ぇっ!」
だが、敵も撃たれっぱなしではない。
三角形のフォーメーションを組んだ三機が、タイミングをずらして機首に仕込んだ大口径砲を放った。
回避運動を見越した偏差砲撃は巧みなものであったが、ノッコのスパルタ教育を受けたフィレンの技量は飛躍的に向上している。
「なんのぉっ!」
操縦桿を捻り、フットペダルを蹴りつけると『騒ぐ亡霊』は砲弾の軌道の隙間へ滑り込むような挙動でピンチを切り抜けた。
「発砲炎が見えない、レールガン、いやポンプガンの類いか?」
敵の武装の推測を行う余裕すら今のフィレンには生じている。
呟きながらも敵機のひとつを照準器に捕捉した。
「三つ目だ!」
左舷に搭載した二連ミサイルランチャーが火を噴く。
僅かなタイムラグの後、三機目の獲物に吸い込まれたミサイルが爆発する。
破片が飛び散らせて爆ぜる敵機の爆風が想定よりも小さく、フィレンは違和感を覚えた。
「爆発が小さい? こいつら、やはり炸薬系の武器を使っていないのか?」
武装や機体構成から、相手の素性を推測する。
大口径とはいえ圧縮空気で弾頭を射出するポンプガンは安価な武装であり、それをやはり安価な小型機に搭載している点からすると、民間の自衛用機のようにも思える。
だが、それにしては連携の練度が高いのが気に掛かる。
「フィレン! 気をつけろ!」
『騒ぐ亡霊』に迫る二機の敵機を、『夜明け』の電磁散弾砲がまとめて吹き飛ばす。
散弾をぶち込まれた二機もまた、ずたずたに引き裂かれているものの、爆発しない。
「隊長! こいつら、妙です!」
「判ってる! 敵の破片を見ろ、こいつはハードセルロースだ!」
カーツが口にした素材はフィレンの知識に無いものだ。
「何です、それ!」
「植物由来の繊維をめちゃくちゃ圧縮して鉄に匹敵する剛性を持たせた代物だ。
要するに、こいつら丸木舟なんだよ!」
カーツは撃ち込まれるポンプガンの砲弾を斥力腕で弾き飛ばしながら、唸るように続ける。
「こんな代物を使う連中はひとつしかねえ。
連中、ELFだ!」
「エルフ!? なんで防人どもがこんな所に!」
「知るかよ!」
カーツの怒鳴り声に混じって、コンソールがタキオンウェーブの警告音を放つ。
「えぇい、お代わりも来るのか!」
細長い奇妙な船影の船、カーツの言葉が正しいのならば、エルフシップが前方の天頂点にジャンプアウトしてくる。
「防人どもめ、貴様らの仕事はバグセルカーの相手だろうが!」
フィレンは怒声を上げながら、レーザーランチャーを新たなエルフシップへ向けた。
エルフ戦闘機のイメージはどんぐり




