ハック&スニーキング
SIDE:ステラ爆音隊 一般構成員
かしましく騒ぎながら買い物を続ける三人娘と、それに付き従い周囲に威圧を放っている巨漢のオーク戦士。
とても目立つ一団で有りながら、オークといざこざを起こしたくない銀河放浪者達は見て見ぬ振りをしている。
だが、完全に無視ができるような連中でもない。
多くの監視の網が一行へと向けられていた。
露店でジャンクパーツを冷やかす、どこにでもいそうなチンピラ銀河放浪者もまたその一環である。
ステラ爆音隊に属する彼はちらちらと一団へ視線を投げているが、ことさら身を隠すような事はしていなかった。
そもそも、すでに監視はバレている。
目が合ったオーク戦士はわずかに頬を緩めて苦笑すると、目線だけで会釈をした。
内心ホッとしながら、こちらも目だけの会釈を返す。
オークにしては随分と理性的であり、まともな社交性のある相手だ。
監視を担う銀河放浪者もオークの噂は聞いており、最初に目が合った時はそのまま殴り飛ばされるのではないかと危惧もした。
だが、オーク戦士は自分たちが警戒され、監視に取り巻かれても仕方の無い存在であると理解しているらしく、騒ぎ立てしなかった。
それどころか始終張り付いているこちらへ、ご苦労さんと言わんばかりの苦笑すら浮かべている。
「ああいう話が通じる相手ばかりなら、オークも商売相手に数えていいのかもな……」
「あの連中は、ピーカって子が率いてる集団だから別よ。
他のオークもあんなに話が通じると考えない方がいいわ」
思わず漏れた呟きに、背後から反応が返る。
「あ、お嬢」
「総長って呼びなさい」
重装宇宙服に身を包んだ少女に、監視担当の銀河放浪者は居住まいを正した。
「どうされたんです? 連中、相変わらずぶらぶらしてるだけですよ」
「向こうに動きがないのは良い話ね。
ただ、こっちでちょっと困り事ができてね……」
彼の上司の少女は、かなり躊躇った後に覚悟を決めると、足場を蹴ってオーク一行の元へ向かう。
SIDE:ステラ爆音隊総長 ステラ=フェンダー
音も無い無重力遊泳だというのに、護衛のオーク戦士はすぐさまステラの接近に気付いて向き直った。
自然な動作で守護対象の少女達の前に滑り込み盾となる様は護衛の鑑のようで羨ましくなる。
別件対応に追われて自分の護衛役が離れている今は余計にそう思えた。
重装宇宙服に仕込まれたエアスラスターによる空気の噴出で制動をかけたステラは、内心の羨望を振り払い大きな身振りで一礼する。
「申し訳ありません、ピーカさんのお時間を少しいただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「ふぅん? お仕事用の口調って事は、何かあたし達に頼み事でもあるのかしら?」
オークの背からひょこりと顔を覗かせたピーカは、あっさりとこちらの望みを見抜いてくる。
交渉相手としてはやりづらい相手だが、一刻を争う事態の今は察しの良さがありがたい。
「いいわよ、聞こうじゃない。
お代に何が貰えるのか、楽しみね」
金の猫目を細めてにんまりと笑うピーカに、ステラは拙い相手に話を持ち込んでしまったと、今更の後悔を覚える。
だが、ステラ爆音隊には他に話を持ちかけれるような組織もないのが現状であった。
SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル
ひょろりとノッポなジャンガルと、ずんぐりチビなエディという対照的なリーダー二人に、ファミリーの中でも特に目端の利くの三人を加えた計五人の潜入班はオークの輸送船に取り付いた。
エアスラスターのような噴射装置の類を使わず物陰を伝って遊泳する隠密移動での接近に効果があったのか、エアロックの間際まで来ても警告のひとつもない。
エディジャンガルファミリーの五人は円陣を組むと軽宇宙服のヘルメットを押しつけ合った。
通信機を使わず、ヘルメットの振動で会話を行う。
「エアロックを開けた後の段取りは判ってるわね?」
「ああ、ブリッジのコンピューターからコントロールデバイスの情報を抜き取るんだろ」
エディの念押しにジャンガルは小さく頷いた。
彼らはターゲットの行動を数日に渡って監視している。
オークの護衛を従えたトランジスタグラマーな少女首領が部下を連れて外出している事は確認済みだ。
護衛に着いていないオーク達はフービットと共にもう一方の船に移動したのも確認している。
ファミリーのメンバーにそれぞれの監視を行わせており、動向の変化があれば連絡が来る手筈になっている。
オークを従える為のコントロールデバイスを少女首領が手放す事はないとエディは推測していた。
切り札といえるデバイスの破損に備えて、予備や再作成の為のバックアップデータは必ずあるはずだ。
今回の潜入は船のコンピューターからデバイスの情報を盗み出す事が目的であった。
「戦闘は無しだ、オーク相手に殴り合っても勝ち目は薄い。
それに後々俺たちの手下になるんだからな、傷つけるのはもったいねえ」
「そうね、スマートにデバイスの情報だけ頂いて行きましょ」
基本的に法の外で生きる銀河放浪者の中でも、エディジャンガルファミリーはかなりアウト寄りの一家である。
それだけに荒事や犯罪行為にも手を染めており、今回の潜入ミッションの段取りも中々堂に入ったものであった。
問題は彼らの求めるコントロールデバイスとやらがそもそも存在しないという点であるが、そんな事は彼らに判ろうはずもない。
「よし、それじゃハッチを開けるわよ」
エアロックに付属したコンソールに持参した小型端末を接続すると、エディはハッキングを開始する。
「ふふん、所詮オークね、ろくな防壁もないわ……。
はい、一丁上がり!」
エディが得意気に最後のキーを叩くと、ハッチは静かに開放された。
頷き合った一同はするりとエアロックへ侵入する。
電極で失神させるテイザーガンやレーザートーチ改造のレイガンを油断なく構えながら船内側のハッチを開けた。
「……気付かれてないみたいね」
「よし、ブリッジに直行だ。
静かにな」
五人の侵入者は音も無く船内通路を遊泳する。
元々戦時中の簡易生産タイプと思しきオークの輸送船は箱形輸送船としてありがちなレイアウトであり、ブリッジへの道筋も判りやすい。
監視機器の類もなく、すんなりとブリッジまで到達する。
開かれたブリッジのドアの寸前でジャンガルは足を止め、そっと室内を覗き込んだ。
ブリッジの正面に据えられたメインモニターには二つのウィンドウが表示されていた。
ひとつのウィンドウはこのドックで進捗している作業の状況が表示されていたが、もう片方が映し出しているのは古めかしい衣装の美男美女が愛を囁きあっているラブロマンスだ。
こちらからは背もたれしか見えないナビゲーターシートの人物は、ウィンドウの中の恋愛映画に見入っているようだった。
留守番役が居た事にジャンガルは小さく舌を打つ。
「留守番は映画鑑賞中か、優雅なものね」
低く呟くエディに頷き、ジャンガルはハンドサインで部下に指示を出した。
テイザーガン持ちの部下二人が床を蹴り、ブリッジに飛び込む。
「あ、おかえ、えぇっ!?」
物音にシートを回転させて振り返ったナビゲーターシートの人物は飛び込んできた人影が仲間ではない事に驚きの声を上げる。
だが、驚きは襲撃者の方にもある。
「まだオークが居るのか!?」
ナビゲーターシートに座っていたのはツナギ型軽宇宙服姿のオーク。
他のオークどもに比べると筋肉質というよりもぽっちゃりといった風情のオークは驚愕に目を丸くしており反応が鈍い。
「テイザーだ! 撃て!」
ジャンガルの叫びに、テイザーガンを持つ部下二人は慌ててトリガーを絞った。
ワイヤーで結ばれた電極付きの弾頭がスプリングで弾き出され、オークに襲い掛かる。
「うぎゅっ!?」
左肩と土手っ腹に被弾したオークは流し込まれる電流に濁った悲鳴を上げて昏倒した。
首尾良く留守番を無力化した一行だが、エディとジャンガルの表情は晴れない。
「まだオークが居たとは、予想外だったわ」
「ああ、こいつは監視に引っかかってない個体だ、ずっと船に留まってたんだな」
舌打ちしながらエディは部下に指示を出す。
「オークはタフだから、すぐに回復されちゃう。
電流を流し続けて」
「いっそ、殺っちまわないか?」
「だめよ、兄弟。 制御デバイスさえ手に入ればこいつもウチの戦力になるのよ。
勿体ないわ」
逸る相棒を制止したエディはコンソールに取り付くとキーボードに指を走らせた。
「よし、管理者IDでログイン中ね、ありがたい……」
早速船内コンピュータのデータ検索を開始するエディ。
しかし。
「まだか、兄弟!」
「待って! まだ見つからない! えぇい、どこに隠してるってのよ!」
レイガンを両手で構えて周囲を警戒するジャンガルの催促に、エディは苛立ちながら応じる。
そんな彼を追い立てるかのように、着信音を切られた通信端末が鈍く振動して着信を告げる。
「何よ! 今忙しいの!」
額に青筋を浮かべながら端末を耳に当てたエディの顔色が、すっと白くなる。
「どうした、兄弟」
「拙いわ、連中が帰ってくるって」
「何だと!? いつもより早いじゃねえか!」
「ステラのガキと接触して一緒に戻って来るそうよ」
「くそっ、あのガキ、相変わらず碌な真似しねえな!」
ジャンガルは腹立たしげに床を蹴りつけると即決した。
「仕方ねえ、ここまでだ! デバイスのデータがないなら、せめて金目の物だけ頂いて退散するとしようぜ!」
「しょうがないわね……あら?」
未練がましくコンソールを叩いていたエディの唇が吊り上がる。
「良い物があるわよ、兄弟!
この船、アーモマニューバなんか積んでるわ!」
「そりゃまたレア物を……高く売れるぜ!」




