姫のひと噛み
SIDE:シャープ=シャービングのトロフィー ペール
「えぇ……?」
真正面から突っ込んでくる輸送船に、ペールは困惑の声を漏らした。
見るからに非武装の輸送船は砲弾の一発も撃って来ない。
だとすると、体当たりのつもりか。
あるいは。
「切り込みが狙いか!
流石はオーククイーン、ガキのくせに勘所の判ったいい女だ!」
護衛艦マーゴ・ドレインを預かるセランノは、突進してくる敵艦に興奮した叫びを上げた。
接舷して白兵戦要員を敵艦内に送り込み、物理的に制圧するのが切り込みである。
遥かな昔、船がまだ海上を往来していた頃より行われてきた古式ゆかしい戦法だ。
一見無謀そのものの戦法だが、砲戦能力のない輸送船が護衛艦に対抗する手段としては唯一の勝ち筋と言っても良い。
積載能力に優れたその船倉に大量のオーク戦士が詰まっている可能性もある。
「面白え、受けて立とうじゃねえか、トーン=テキンの姫!」
相手の意図を察したセランノは獰猛に牙を剥き出して笑うと立ち上がった。
「野郎ども、続け!
敵艦に逆に切り込みを掛けて姫の身柄を押さえるぞ!
最初に捉まえた者なら味見をしたとて、王も文句を言うまい!」
「おぉう!」
股間も勇壮に立ち上がったオーク達は、我先にとブリッジを飛び出していく。
向かうはエアロックか、あるいは格納庫のハッチか。
そこから真空に飛び出して敵艦に乗り込み、姫を組み伏せるのだ。
「ちょ、ちょっと待って! ここ、どうするの!」
どたどたと出て行くクルーのテンションに一人置いて行かれた状態のペールは、最後尾のオークに慌てて声を掛けた。
「あぁ? お前、動かせるだろ! 真っ直ぐに飛ばせ! 乗り込みやすいように上手いことやれよ!」
余りにも勝手すぎる事を言い放ち、最後尾のオークは仲間に遅れまいと駆け出していく。
「嘘でしょぉ……」
放り出されたペールは呆然と呟いた。
ナビゲーターに適したドワーフは生粋の宇宙船乗り種族であり、特殊な視力以外にも慎重さと注意深さを重視した能力特性を持ち、船のどの部署に配置されても役に立つ。
航法がメインであるペールだが、彼女も両親から船の各部署に関する技術を手広く仕込まれており、操船から機関士まで一通りこなす事ができた。
だからといって、ここで監督も置かずにトロフィーに丸投げしていくものだろうか。
餌に飛びつく野獣そのもののようなオークの思考回路は、ペールにはまったく理解できない。
いっそこのまま艦を奪ってしまえばという誘惑がちらりと脳裏をかすめたが、それをやらかす度胸はなかった。
数ヶ月の虜囚生活は、ドワーフの少女の中から勇気を完全にへし折っていた。
殴られるのも叩かれるのも張られるのも掻き回されるのも嫌だ。
「知らないよ、もう……」
仕方なくナビゲーターシートに座ったペールは、投げやりに呟いた。
SIDE:兵卒 フィレン
突撃を敢行するトーン09のブリッジでは、パルスレーザーの赤い光が船を掠める度にトーロンの悲鳴が響いていた。
「うひぃぃっ!? あぶなっ! あぶうぅっ!?」
ナビゲーターシートで操舵桿を握らされたトーロンは情けない声をあげながら、ぶんぶんと首を振る。
だが、彼の主はキャプテンシートで頬杖をついたまま冷淡に命じた。
「しっかり、トーロン。 進路はこのまま」
「無理無理無理! こんなん無茶ですよぉーっ!?」
「大丈夫大丈夫、向こうが撃ってるのは対空砲だけ。 あんなのただの脅かしよ。
ベーコ達も下げてるし、こっちに被害は出ないわよ」
「そんな事言われましてもぉぉっ!?」
操舵桿を握る両手は恐怖のあまり、がくがくと震えている。
トーロンが戦闘階級の試験を落とされオークテックとなったのは、この肝っ玉の小ささが原因だ。
醜態を見せるトーロンにフィレンは小さな溜息を漏らすと、意見を具申した。
「姫、戦士に向かぬ者にこの修羅場は厳しいかと。
ここはこのフィレンにお任せを」
「操舵はできるの?」
「本職同様とまでは行きませんが、まっしぐらに飛ばす事ならば」
胸を張るフィレンに、ピーカ姫は金の瞳を細めた。
彼の剥き出しの肩には虎縞を思わせる引き攣った傷痕が刻まれている。
カーツとの決闘の際、ノッコを庇って受けた火傷の痕跡だ。
「じゃあ、お願い」
「はっ!」
フィレンは厳粛な面持ちで頷くと、ナビゲーターシートに駆け寄りガチガチに強張ったトーロンの肩を叩いた。
「交代だ、後はオレに任せろ」
「は、はい、すみませんフィレンさん……」
「よい、戦場は戦士の持ち場だ。
お前は慣れぬ身でよく耐えた」
思いもよらぬ労りの言葉を掛けられたトーロンは目を白黒させる。
フィレンを手酷く叩きのめした敗北は、彼から驕りの大部分を剥ぎ取っていた。
彼の誇りであり、縛めでもあったオークナイトの称号もない今、童心の如き素直さで動く事ができる。
すんなりと口を突いた労わりであったが、これまでの高飛車ナイト様な言動からのギャップは著しい。
「あ、はい、お願いします……」
傍から見れば、どうかしてしまったのではないかという変貌ぶりにトーロンは若干薄気味悪そうに席を譲った。
フィレンの方はトーロンの訝しげな表情など気にもならないほど、勇み立っている。
落ちるまで落ちたからには後は上がるしかないというこの状況で、ようやく手にしたアピールのチャンス。
今から自分は、血筋に拠らず己の腕に拠って立つのだ。
ここで燃え上がらねば戦士ではない。
フィレンはモニターの中の敵艦を睨み、気迫を込めて牙を剥いた。
「トーン=テキンのフィレン、ここに在りぃ!」
フィレンは操舵桿を握りしめると、回避運動に備えて余裕を持たせていたトーロンの出力設定を取り消し、全出力を推力に回す。
ジャンプチャージは終わっているのだ、後は全力で吶喊するまで。
敵もまた加速しているのか、見る見るうちに彼我の距離が無くなっていく。
「姫! 下知のご用意を!」
「うん! ジョゼ、ジャンプスタンバイ!
あたしの指示で起動して!」
「りょ、りょおかいぃ!」
真っ青な顔のジョゼが裏返った声で何とか応答する。
ピーカ姫は、ずれかけた眼帯の位置を直すと、桜色の舌でぺろりと唇を湿した。
護衛艦の船首がモニターを埋め尽くさんばかりに迫って来る。
「来た、来た……今だ! 噛みつけぇ!」
「うおぉぉっ!!」
「わあぁぁっ!?」
姫の下知にフィレンは雄叫びで応え、ジョゼも必死でコンソールを叩く。
エネルギーを充填されたジャンプドライブが起動し、トーン09の船影は消え失せた。
SIDE:「残り火」のノッコ
「ああいう無茶を止めるのが御付きの役目じゃないの、ボンレーさん」
「面目ない、ですが、他に手が無かったのも事実です」
通信モニターの向こうの中年オークは、古傷だらけの顔を苦渋に歪ませながら丁重に頭を下げた。
往々にして若死にしやすい戦士階級のオークで、この年まで生き延びているのは彼が相当な知恵者である事を示している。
そのボンレーが断言する以上、実際に仕方のない事だったのだろう。
だが、ノッコが最も大事に思うフィレンも一蓮托生であるとなれば、言葉に棘も出てしまう。
「むー……」
小さな胸の内で煮えたぎる激情をフービットとしては稀有な忍耐力で押し留め、ノッコは大きく深呼吸した。
ボンレーと喧嘩をしたくはないのだ。
彼はカーツの副官の身でありながら、厄介な立場で転がり込んできたノッコを同格の指南役として遇してくれている。
普段の運営においてはボンレーが副官、戦場ではノッコが副官という役割分担まで提案してくれた。
人間関係にも配慮できる有能な先任下士官は、値千金に得難いものである。
「判ったよ、そこは仕方ない。
でも、どこにジャンプするかはちゃんと把握してるのね?」
「それは勿論。
こちらも貴女とベーコ達を回収次第、追います」
「そう」
闇雲なランダムジャンプでは、どこに行くか知れたものではない。
無鉄砲なお姫様も流石にそこまでの無茶はしなかったと内心安堵しながら、護衛艦に視線を投げる。
敵の旗艦たる護衛艦は、船首のブリッジパートを円形に抉り取られていた。
至近距離でジャンプを実行した結果、空間転移半径に巻き込まれたのだ。
「思い切りの良すぎる上司は、ちょっと怖いね」
ノッコはピーカ姫がこのような無茶な手段に出た理由を察している。
カーツやノッコら、戦闘機隊を置いていかない為だ。
砲撃の中で悠長に着艦させる余裕はない、ならば執着されている我が身を餌に、手痛いひと噛みをくれてやったのだ。
戦士としてその思い切りの良さは好ましいが、彼女は戦士ではなく将たる貴人である。
そこを心得違いされているようでは、今後困る。
「……まあ、そこは旦那さんがお説教してくれるか」
「おそらく、陛下も兄貴にはそういった事も期待されてるかと思いますので、大丈夫かと……」
「そうだね、それで、旦那さんは?」
「トーン09に追いすがってジャンプの瞬間に電撃糸を撃ち込んでいるのを確認しました。
電撃糸をアンカー代わりに無理やりジャンプに同行したようですな」
「そっちはそっちで、お説教しないといけない気がする……」
電撃糸は多分に趣味的な武装であるが、牽引や保持といった用途は想定されていないはずだ。
直属の上司と、そのまた上の上司の無茶っぷりにノッコは若干の頭痛と懐かしさを覚える。
こういう八方破れで滅茶苦茶な戦術は、彼女の同族のやり口に近い。
その後始末に追われている内に、「残り火」などという銘を貰ったのがノッコであった。
いつも貧乏くじを引いている気がするが、自分はそういう星回りなのだと諦める。
「まあ、全部合流してからの事ね。
こっちも姫様と旦那さんを追いましょう」
「トーン08に着艦してください。
ベーコ達にも指示を出してます」
数分後、ドッキングポートに四機の戦闘機を接続させたトーン08は旗艦の後を追ってジャンプを行う。
斯くして多少のイレギュラーはあったものの、ピーカ姫の略奪チュートリアルは無事終了した。
SIDE:『氷王』ヴァイン・シャープ=シャービング
「むぅん!」
モニター類の大半が死んだ『輝き唸る鍵十字』のコクピットハッチが内側から蹴り開けられる。
ようやく視界を確保できたヴァインは、戦闘の興奮で噴き出た汗が瞬時に凍結して肌に張り付く感触に爽快感を覚えながら周囲を見回した。
「ぬぅ、マーゴ・ドレインまでやられたか……!」
穴だらけのジャンクにされてしまった『鍵十字』のみならず、旗艦マーゴ・ドレインも艦首を抉られ漂流している。
「やりおるわ、トーン=テキンの戦士ども。
流石クイーンの取り巻きだけはある!」
こっぴどくやられたヴァインであったが、だからこそ彼は不敵に牙を剥き出して大笑した。
苦しい時こそ笑うのがシャープ=シャービングだ、彼らはそうして男を上げてきたのだ。
「なおさら欲しくなったぞ、トーン=テキンの姫!」
この苦境を乗り越え、最高の女を手に入れる。
そう思えば氏族崩壊のピンチすら、極上の「焦らし」のひと時だ。
股間も一際、力を増す。
ヴァインは真空中に無音の哄笑を放ちながら『鍵十字』のコンソールパネルを蹴りつけた。
瀕死の『鍵十字』に残った右上腕の推進機が主の無体に応えて、咳き込むように点火する。
弱まれはすれども『輝き唸る鍵十字』の輝きは、未だ消え失せておらず。
『鍵十字』は「首」を取られた旗艦へ向けて、よろめくような飛翔を開始した。
書籍化の打診を頂き、現在お話が進行中です。
まだ何もお見せできる段階ではありませんが、今後も宇宙の豚ちゃん達をお願いいたします。




