トリニティバトル
SIDE:シャープ=シャービングのトロフィー ペール
「全艦突撃ぃ! あの雌を絶対逃がすんじゃねえぞ!」
「おぉう!」
護衛艦マーゴ・ドレインのブリッジにドラ声が鳴り響いた。
シャープ=シャービングのナンバー2であり『氷王』ヴァインの補佐を勤める男、セランノは目を血走らせて艦隊に発破を掛け、クルーも熱狂のままに応じる。
狂奔そのものの情景をブリッジの隅に縮こまったペールは無言で眺めていた。
ベテランの艦長であるセランノをも逸らせるものが、あのお姫様にはあるらしい。
ブリッジで唯一人オークではないペールには理解できない衝動であった。
そもそも、トロフィーの身である彼女は、襲われ奪われた側だ。
心情的には、あの男を蕩かすためだけに産まれたかのような容姿の少女が逃げ延びてくれればと思う。
だが、同時に彼女が捕まればオーク達はそちらに夢中になって、自分が弄ばれる事は当分なかろうという打算も生じていた。
「……」
大きなゴーグルで顔の半ばを隠したドワーフの少女は、そんな事を考えてしまう自分を嫌悪し唇を噛む。
オークに捕らえられて数ヶ月、随分と卑屈になってしまったと自嘲する。
様々な波長を視認できるドワーフは宇宙の水先案内人として知られた索敵型の強化人類だ。
独り立ちする年齢となったペールも、商船のナビゲーターとして生計を立てようとしていた。
最初に乗った船がいきなりオークに襲われ、その人生設計は完全に壊れてしまったが。
熱狂するブリッジ内の雰囲気とは裏腹の鬱々とした気分で、ペールはゴーグルの脇に取り付けられたダイヤルスイッチを回した。
鋭敏すぎる瞳を保護するゴーグルの前面がシャッターのように動いてわずかな隙間を作る。
ゴーグルに隠されていた紅い瞳が、戦域を眺め回した。
最大望遠の光学カメラよりも鮮明に状況を捉える。
「あ」
先陣を切った戦闘艇シロオン・ポーンの右舷に大口径レーザーの閃光が突き刺さるのが見えた。
身を捩りながら進路を変えようとするシロオン・ポーンを、さらに二条の光の矢が貫く。
ペールは咄嗟に顔を伏せ、爆発するシロオン・ポーンが放つ激しい光から目を護った。
「シロオンがやられた!?」
「やりやがったなぁ! 突っ込め! 戦闘機なんぞ叩き落とせ!
けど船は沈めんじゃねえぞ、女がいる!」
怒声のようなセランノの指示が耳に響き、ペールは顔を顰めた。
手加減して勝てるのだろうか。
ペールの胸に不安が湧く。
シャープ=シャービングが負けるのは構わないが、ついでに自分も殺されてしまうのは嫌だ、怖い。
惨めな生だが、死んでしまうよりはちょっとはマシ。
不安を誤魔化すように肉付きの薄い貧弱な体を両手で抱くと、ペールはブリッジの隅で座り込んだ。
わずかにスリットの開いたゴーグルの下から紅い瞳が窓に向けられている。
怖くても、目を瞑ることだけはできない。
それはボロボロに擦り切れた少女の中に残った、ドワーフの矜持であった。
SIDE:戦士 カーツ
四本の腕を展開した『鍵十字』は『夜明け』の右舷側へ回り込もうとしながら速射砲を連射する。
こちらの左腕に装備した斥力腕の隙を突こうとする動きは的確だ。
「ちっ、流石に上手い……!」
小氏族とはいえ、王座を得ただけの事はある。
俺は斥力腕で速射砲を防ぎながら機首を巡らせた。
敵機の予測進路へパルスレーザーを撃ち込む。
『鍵十字』は回避運動を行わず、右の速射砲に続いて左の武器を放った。
「むっ!?」
撃ち放たれるのは大口径の実体弾、斥力腕で弾き飛ばせる。
だが、右に装備した速射砲と違って左の大口径砲は無反動仕様ではないらしい。
大きな反動に『鍵十字』の機体は、がくんと跳ねパルスレーザーの射線から逸れる。
「砲撃の反動を回避に使うか、味な真似をしやがる」
どちらかといえば曲芸のような回避マニューバに思わず唸る。
「二つ目の武器を使いやがったな、こっちもお披露目だ!」
ブートバスター同士の決闘は、武装腕に秘匿した切り札を如何に使うかに掛かっている。
四本腕のブートバスターとの交戦は俺にとっても初めての経験であり、武器の使用タイミングを見定めていた。
右腕の武装をオンライン、電磁チャンバーにエネルギーを注入する。
「廃物利用だ、食らっとけ!」
『夜明け』の右腕の砲身から、電磁加速された散弾が飛び出した。
散弾の正体は氏族船の周囲で拾い集めた磁性体のジャンク、要するに屑鉄の断片だ。
フィレン&ノッコとの決闘で、入手したばかりの新品レールガンはぶっ壊れてしまった。
磁力加速器の一部は生き残っていたので、他の余り部品の電磁チャンバーをくっつけて簡易な電磁投射散弾砲として再生したのだ。
この手の電磁式ショットガンは磁性体、つまり磁力を帯びる物なら何でも弾丸として使える。
同じ発想の大昔のラッパ銃にちなんでブランダーバスと呼ばれる、お手製散弾砲から吐き出されたジャンクの散弾が『鍵十字』へと殺到した。
機体を翻す『鍵十字』だが、散弾の範囲は広く完全に逃れる事はできない。
様々な問題のある廃品利用武器ブランダーバスだが、面制圧能力だけは高いのだ。
『鍵十字』は左右に四本飛び出した腕の下側二本を主船体の下で揃えると、船腹を散弾の波に向ける。
二本の腕に備えられた装甲の上にジャンクの散弾がぶち当たり、激しく火花を散らした。
「ちぃっ!」
斥力腕のような防御用装備ではない、ただの腕の装甲だ。
だが、純粋な装甲で耐えようというヴァインの判断はこの場合正しい。
ブランダーバスは効果範囲は広いが、貫通力の面ではレールガンより大幅に劣っているのだ。
散弾に耐えきった『鍵十字』が機首をこちらへ向けようと旋回する。
その時、『鍵十字』の後方で爆発の閃光が広がった。
シャープ=シャービングの戦闘艇が撃沈された光だ。
「よぉしっ! いいぞっ!」
部下たちの活躍に思わず快哉が漏れる。
このまま一気に押し込んでやる。
俺はスロットルを全開にし、爆発の光芒を背負って四本の腕を広げる『鍵十字』へと『夜明け』を突っ込ませた。
SIDE:「残り火」のノッコ
「よしよし、良い子良い子」
弾薬に誘爆し火球と化した戦闘艇の断末魔の光に目を細めながら、ノッコは満足そうに頷いた。
ベーコ、フルトン、ソーテンのバレルショッターは出力を絞ったレーザーをタイミングをずらして放って戦闘艇を追い込むと、本命の砲撃を叩き込んだのだ。
急場仕込みであったが、三人の教え子は中々筋が良い。
鈍足なこちらの輸送船にとって一番厄介な相手である戦闘艇を初手で潰せたのは大きい。
次はこちらの仕事だ。
「三人とも、下がりながら護衛艦に牽制砲撃。
敵の戦闘機は私が相手をする」
「で、でも姐さん!」
「ひとりで、いけるんスか?」
「向こうは通常型戦闘機、バレルショッターじゃ相性が悪いよ。
私に任せて」
心配そうな教え子たちを残し、ノッコは『包帯虎』を加速させた。
余り状態の良くない乗機ではあるが、敵方も似たようなもの。
こちらへ飛翔してくる三機の通常型戦闘機は明らかに共食い整備の産物だ。
略奪品でしか補給できないオークの兵器はどこも似たような塩梅になってしまう。
原型機が判らなくなるくらいに様々な部品で構成された三機の戦闘機の進路上に、ノッコはパルスレーザーを放った。
「ほら、こっちこっち」
『包帯虎』のパルスレーザー機銃は二門のみで、一撃必殺の火力に欠けている。
火力の乏しさから、逆に与しやすいと見たのか三機の戦闘機は『包帯虎』へ機首を向けた。
「よし、掛かった」
ノッコは小さく頷くと機体を翻した。
この戦いの勝利条件は敵の撃破ではなく、ピーカ姫の離脱だ。
トーン09がジャンプするまでの時間稼ぎをするだけでいい。
「でも、墜とせるものは墜としておきたいよね」
背後から撃ち込まれる火線をひょいひょいと躱しながら、ノッコは小さく呟いた。
熟練フービットの頭の中には、敵機を始末する算段がすでに組みあがっていた。




