物思う者達
SIDE:基地司令 コスヤン=トロコフ
管制室のメインモニターに大写しになった美少女の尊大な宣言に、恐怖に凍り付きかけていたトロコフの脳は沸騰した。
この状況下で最悪な、しかし、ある意味では正常な「誤作動」が彼の中で暴走する。
「ふ、ふざけるなぁっ!」
衝動のままにコンソールに腕を振り下ろし、通信スイッチを叩き唾を飛ばして怒鳴りつけた。
「舐めるな小娘ぇっ!」
「おぅっ!?」
通信を開くなり怒鳴りつけられた少女はオットセイめいた驚きの声と共に仰け反る。
その反応に、トロコフの中の「誤作動」、正常性バイアスによる認知の歪みは加速した。
「ふざけるなガキが! 大人を舐めるんじゃないっ!」
度の過ぎた悪ガキに対する雷親父そのものの喚き声からは、恐怖の色は消し飛び純粋な激怒のみがある。
治安の良い中央星域で生まれ育ち暴力とは無縁であったトロコフにとって、砲火に怯える今の状況は余りにも現実感が乏しい。
命の危険があると理性では理解しつつも、感情的にとても納得のできるものではなかった。
そこに現れたのが「生意気なクソガキ」という砲火よりも身近で、感情的に怒りをぶつけやすい存在であったが不幸の元であった。
トロコフの中の「常識」がクソガキに対する彼なりの「正常な判断」を下したのだ。
もしも通信を送ってきたのが強面の大男のような見るからに暴力的な相手であったなら、彼とてこんな衝動には駆られなかったろう。
小さな少女が脅しを掛けてきたという一点が「生意気な」という思いを呼び、異常な状況へのストレスが怒りとして爆発してしまった。
ある意味で舐めているのは、トロコフの方であった。
モニターの中の少女はアイパッチが掛けられていない左目をぱちぱちと瞬かせると、小さく頷いた。
艶やかな唇が吊り上がり、白皙の美貌は幼くも魔性を宿すが如き笑みを浮かべる。
「なるほど、覚悟があるのね。
それなら貴方の気概にあたしも最強の切り札で応えましょう。
カーツ、やっておしまい!」
海賊ルックの少女が体格に不釣り合いな胸を弾ませながら大きく腕を一振りすると、通信は切れた。
途端にオペレーターが悲鳴のような報告を上げる。
「せ、戦闘宙域に新手の反応があります!
この速度、アーモマニューバです!」
すでに四機の戦闘機に防衛網はズタズタにされているというのに、追加が来た。
「どうするんです、司令!
何か策でもあるんですか!」
「命は助けるって言ってたのに!」
「う、うるさいっ!」
口々に責め立ててくる部下たちを、少女を怒鳴りつけた勢いのままトロコフは遮る。
流石に、とんでもない事を口走ってしまったという後悔が湧いてくるが、今更遅い。
「そ、そうだ! 搬入港に輸送船があったろう! 明日出航予定だった船だ!」
「ケイオーマルですか? あの船は非武装です、戦力になりませんよ?」
「誰が戦うものか、ジャンプの準備をさせておけ! 港の中から直接ジャンプして逃げるんだ!」
言い捨てるように命じると、トロコフは管制室から飛び出した。
下手くそな無重力遊泳で搬入港へと急ぐ。
いともあっさりと現場を放棄した司令官に、管制室のオペレーター達はあっけに取られて互いの顔を見合わせた。
怒りと苛立ちの色を浮かべつつも頷き合うと、彼らもまた管制室から逃げ出していく。
誰も居なくなった管制室に、各部署から入る損傷の警報が寒々しく響き続けた。
SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド
「腹芸のひとつもできねえのかよ、あのアホ司令!」
通信から海賊母艦の大まかな位置を割り出したセーフンドは、愛機を旋回させながら罵声を漏らした。
結果的に決裂するにしても、初手でやらかす馬鹿があるものか。
少しでも時間を稼いでくれれば良かったものを。
ティグレイの猫の額のように狭い戦闘機用レーダーが、接近する新たな機影を捉えた。
異常に速い。
こんな奴が何者なのか、歴戦の傭兵は知っている。
「畜生、ここでアーモマニューバかよぉ!」
凄まじい運動性を持つがゆえに操縦にも凄まじい技量を要求する、ほとんど欠陥機のようなジャジャ馬戦闘機。
航空博物館に飾っておくならともかく、戦場にアレを持ち込む奴は間違いなくエースクラスの腕利きと言って良い。
あの海賊娘が最強の切り札と称したのも納得だ。
絶望的な気分に駆られながら、飛来する機影を望遠カメラで拡大する。
「三本腕か……!」
まっしぐらに突っ込んでくる朱の機体は、三本の武装腕を備えていた。
本来は二本腕だったのだろう、三本目の腕は船体の下部に張り出しており、前方から見るとT字型に見える。
「カスタム機か?
あんなキチガイマシンをさらにカスタムするなんざ、どんなキチガイだよ!」
そして今からそんなキチガイとドッグファイトしなくてはならないのだ。
正直、泣いて逃げ出したいが、セーフンドには選択肢がない。
元々、セーフンドカンパニーは以前の仕事に失敗した際の大損害で、戦力を大きく低下させていた。
お陰でまったく良い仕事にありつけず、足元を見られるような形でトロコフに雇われる羽目になったのだ。
警備部隊を配備していますというポーズを本社に見せたかったトロコフと、もう何でもいいから仕事が欲しかったセーフンドの思惑が合致した結果、今に至っている。
そして、そうまでして護りたかったカンパニーは、壊滅状態に陥っていた。
撃墜されれば死、仮に生き延びれたとしても大破した護衛艦ターライの修理費や戦死した隊員の遺族に送る弔意金などで、収入が無ければ破産は確実。
セーフンドが生き延びる道は、朱のアーモマニューバを倒し、その向こうに居る海賊船を何とか拿捕するしかないのだ。
「ちっくしょおぉぉっ! やってやるっつぅんだよぉぉっ!」
セーフンドはヤケクソの叫びをあげると、スロットルを全開にした。
SIDE:戦士 カーツ
「あらほら……おっと」
姫の勅命に思わず応じかけた変な返事を飲み込み、俺は愛機のスロットルを慎重に開いた。
以前よりも加速度が強化された機体は、あっという間にトップスピードに乗る。
「流石、スラスターが一基増えただけはある。 加速が全然違うな。
その分、推進剤に気を配らないと」
後方のトーン09から通信が入り、モニターの隅にトーロンの顔が映し出された。
「いかがです、カーツさん! 『夜明けに物思うぶん殴り屋』の乗り心地は!」
修復と改装を一手に引き受けた敏腕メカニックの自慢げな顔に苦笑が漏れる。
「長ったらしい名前以外は最高だな」
「名前もいいじゃないですか、『物思い』って。 知的でしょ」
「こいつは『夜明け』だよ、そっちの方が愛着があるんだ」
改修担当者による命名であっても、愛称くらいは勝手にさせてもらう。
不満げなトーロンを押しのけて、通信モニターに姫様が入ってきた。
「カーツ、しっかり頼むわよ!」
「俺が出なくても十分だと思いますがねえ。
ノッコとベーコ達はしっかりやってますよ」
『夜明けのぶん殴り屋』が『夜明けに物思うぶん殴り屋』と長ったらしい銘を押し付けられて修復と改装を施される一か月の間、ノッコはフービット式のブートキャンプを開いた。
21世紀の知識にもある海兵隊育成プログラム染みた凶悪なトレーニングは、三人の舎弟の腕前を大きく向上させていた。
まったく教育というものを受けた事がなかった三人には鮮烈な体験であったようで、ノッコを姐さんと呼ぶように刷り込まれていたが、まあ腕が上がったので問題はあるまい。
ノッコとしてはまだまだ教育が完了していないという認識らしく、三人の御守りも引き受けてくれている。
彼女が乗っているティグレイタイプの通常型戦闘機は、氏族船が停泊している周辺に放り出してあるジャンクから探し出してきたパーツで組み上げた代物だ。
ティグレイは開発元であるノーストリリカル・スターワークス社だけでなく、あちこちの工場でライセンス生産され、それこそ銀河中に広がっている機種である。
ちょっと探せば、一応飛べる程度の代物をでっちあげるだけの部品も簡単に見つかるのだ。
信用できないパーツが50はありそうで俺はとても乗りたくないのだが、ノッコはあの継ぎ接ぎのティグレイに『包帯虎』と銘まで付けて気に入っているようだった。
「だって、相手の指揮官がやる気なのよ、向こうの覚悟には応えないと」
アイパッチの位置を調整しながら、姫様は大真面目な顔で頷く。
故郷で仕立て屋をしていたというジョゼお手製の海賊衣装だが、アイパッチとマントには姫様もまだ慣れていないようだ。
「ありゃ逆ギレしてるだけだと思いますけどね……おっと、そろそろ接敵だ。
切りますよ!」
「うん、頑張ってね、カーツ!」
通信を切ると、俺は操縦桿を握り直した。
新しいものに慣れていないのは俺も一緒、生まれ変わった『夜明け』の感覚を腕に覚えさせなければならない。
「それじゃあ、やるとしようか、『夜明け』!」
先月にコロナに掛かったばかりなのですが、また罹患して自宅療養中です。
ひと月経ってねえぞ、どうなってんですか俺の免疫系さん!
布団の中でスマホでポチポチ書くのはイマイチ捗りが悪いですね。
カツ丼大盛にお新香付けるとちょっと贅沢な気分……。




