電光石火の宇宙小人
顔見知りのオークテック達への挨拶回りを済ませた帰り道、えらいのに出くわしてしまった。
目の前に飄々と立つ小さな赤毛の女、フービットを前に俺は腰を落として拳を固く握る。
全力で無手の戦闘に備える構えだ。
それくらい、油断のならない敵手である。
俺達オークは宇宙における「兵士」として遺伝子デザインされている。
強靭な肉体に宇宙空間での生存性がその強みだ。
一方、フービットのデザインコンセプトは「パイロット」だ。
体を小さく、その分強靭にする事で、稀有な耐G性能を手に入れている。
小さな体はプロペラントの消費という点でも優位だ。
些細な差だが、長期戦になればなるほど、そういった差は顕著に現れるものだ。
小さな体の中を走る神経系の伝達速度と精度は、機械化された宇宙騎士の金属神経すら上回る。
個々の経験や努力の差を鑑みず、性能だけで述べるならば最強の宇宙戦闘機パイロット種族と言っても過言ではない。
陸戦においても決して油断できる相手ではない。
見た目通りの力の弱さと手足のリーチの差は大きなハンデだが、その火花の如し反射神経は健在。
特に狭い場所での組み討ちとアンブッシュを得意としている。
腕力の低さから攻撃力には乏しいが、今時は小型で致命的な武器などいくらでもある。
安上がりに尖った石か割れたガラス片でも握り込むだけで、十分な殺傷能力を発揮するだろう。
そして一番厄介な点はその精神性。
昔、どこかで聞いたフービットについての戯れ歌が頭を過ぎる。
確かこんなのだ。
|あれに散らばりしは何者ぞ《Who bit》
折れず曲がらず突き進み
果ては焔の華となる
宇宙の流星フービット
こいつらの狂的とも言える目的意識の強さを評した歌である。
一度これと決めたら、フービットは曲がらない。
鋼の意志にて、ひたすら邁進する。
行き着く先は本懐成し遂げるか、無惨な死を遂げるかのみ。
そんな知恵とか投げ捨てた系の、吶喊型強化人類なのだ。
なぜこのフービットの女が俺に攻撃してきたのか、まったく理由は判らない。
だが、彼女の中には何か俺を倒さなくてはならない理があり、心定めたのだろう。
ならば最早、一切の問答は無用。
彼女は俺を叩き伏せるまで止まらない。
そして姫を背にした以上、俺もまた同じだ。
「シッ」
フービットは鋭い呼気を吐いて床を蹴る。
跳躍の先は壁、更に壁を蹴り、天井。
天井すら足場にするフービットは各辺4メートルの船内通路をカタパルト代わりに加速しながら、螺旋を描いて迫る。
奇怪な空中機動を披露する敵手に対し、俺は不動。
近接戦において、熟練のフービットなら己のリーチの短さを補う手段を持つはずと予想していた。
オーク戦士のトロフィーとなるフービットだ、この程度の芸は備えていて当然。
変幻自在のアクションなれど、俺の目は惑わされない。
「ふっ!」
カウンターの拳を彼女の予測進路上に置くかのように打ち放つ。
だが、俺はまだオーク戦士がトロフィーとして求めるほどの女を見誤っていた。
俺の腕が伸び切り完全に拳に威力が宿るまでの雲耀の如き時間を、フービットは完全に自分の物としていた。
鉄拳に小さな手が触れる。
俺の両目が驚愕に見開かれ、危機感がアドレナリンを津波の如く分泌させた。
加速された神経は俺の体感時間を引き延ばし、神業の如きフービットの体術を明確に捉える。
ほんの一瞬の接触で、フービットの手のひらはごくわずかなベクトル変更を自らの体に加えていた。
ぎりぎりで跳び箱を超えるかのように、小さな体は俺の腕の上を飛び越え、縦に旋回する。
カウンターに対してクロスカウンターを狙うのはある意味定石だが、それをニールキックでやるのは気が狂っている。
再び頭を狙って振り下ろされる踵を見開いた目で見据え、俺の唇は知らず吊り上がっていた。
同じ場所を狙う敵手に対し、俺もまた同じく一歩踏み出した。
ストライドの広いオークの一歩は、フービットの脚の長さを軽く超える。
踵に代わり、肉付きの薄い尻が俺の額にぶち当たった。
「痛ぅっ!?」
恥骨を強打し苦悶の声を漏らしたフービットは、俺のヘッドバットで軽々と跳ね飛ばされた。
空中で身を捻り、四つん這いで着地するフービットに対して、俺は追撃を行わない。
小回りは相手が遥かに上。
だが、殴り合いである以上、インパクトの時は必ず訪れる。
格闘戦の一撃がヒットする瞬間は、こちらとあちらが触れ合わざるを得ないのだ。
その一瞬を狙って持ち前のパワーで押し潰す。
相打ち上等なら、タフさに優れたオークの勝ちだ。
だから、待ち構える。
「お尻に顔突っ込むなんて、やらしいオークだなあ」
四つん這いのまま、警戒する獣のように尻をあげる体勢でフービットの女戦士は剽げた声を発する。
「尻にしちゃあ貧弱すぎないかい」
実際、体の線どころか微妙な凹凸すら浮き出しそうな薄手のパイロット用軽宇宙服でありながら、まったく色気というものを感じない。
種族特性だから仕方ないが、精神の成熟とは裏腹の幼児体型である。
ピーカ姫とは完全に逆だ。
「ふふっ、オークは失礼な奴が多いね」
どこか楽し気に含み笑いを漏らしながら、フービットの殺気が強まる。
来るか。
どこに飛び跳ねようと見逃しはしない。
俺もまた、カウンターに備えて両拳に力を籠める。
しかし、二人の戦士が再度激突する前に邪魔が入った。
「ノッコ! ……姫様に培養豚!?」
荒々しい足音と共に、フィレンがしゃしゃり出てきた。
SIDE:オークナイト・フィレン
これは拙い。
状況を見て取ったフィレンは、瞬間的に悟った。
ノッコと培養豚が睨み合ってるのは別に構わない。
だが、生意気な培養豚が姫様を背後に護るように立ちふさがっているのが問題だ。
これでは、どちらが悪役か、明確になってしまう。
何をやってるんだ、この馬鹿は。
己を産んだフービットに対して、内心で罵声が湧き上がる。
だが、同時に理解もしていた。
全てはフィレンの為だ。
詳細を語らなかった事で、ノッコはフィレンが姫を探すお役目を与えられたと思っている。
我が子に少しでも手柄を立てさせるため、障害を排除しようとしているのだ。
そんなお役目など、ないのに。
この場において、最も簡単にフィレンが己の立場を護る方法は、ノッコと無関係を貫き、姫に刃を向けた慮外者としてしまう事だ。
ノッコはたとえフィレンがそんな虚偽を口にしたとしても、否定すまい。
苦々しい思いと共に、フィレンはそう確信している。
だからこそ、それは無しだ。
フィレンは母譲りの電光石火の思考速度で必死に言い訳を探し、姫を抱きすくめるような姿勢で硬直しているピンクの髪の地球人類種に目を止める。
こいつだ。
「ノッコ! よく見つけた! 姫を攫おうとする慮外者め!」
培養豚をあえて無視する形でピンクの髪の女に対して怒鳴りつけた。
カーツを見下し、嫌い、内心嫉妬しているフィレンであったが、彼が姫に不忠を働く事はないと認識している。
ならばこそ、ノッコはカーツと戦っていてはならない。
その向こうにいる地球人類種に対して身構えているという体裁が必要なのだ。
「え、えぇっ!?」
完全に想定外だったのか、姫を抱えたまま地球人類種の女は泡を食った声を上げる。
身を伏せるような構えを取っていたノッコはフィレンと女を見比べると、立ち上がって女に声を掛けた。
「ジョゼ、観念して」
「ね、姉さんっ!? こ、この……!!!」
ノッコの言葉に余程激怒したのか、真っ赤な顔で言葉を詰まらせる地球人類種の女。
余り弁の立つ方ではないようだ。
このまま押し通せるかと意気込むフィレンだったが、当然この場には彼の意向を気にしない存在もいる。
「姫? そうなんですか、その子」
「ち、違う違う!」
問う培養豚に、ぶんぶんと首を振って否定する姫。
このまま、完全に言質を与えてしまっては拙い。
ノッコに咎を向けさせず、場を収める都合のいい方法を必死に探し、見出す。
「姫様は騙されておられる! お前も丸め込まれたのか、培養豚!」
「何……?」
カーツはあからさまに「こいつは何を言ってるんだ?」という呆れ顔をこちらへ向ける。
培養豚からそのような視線を向けられる事に怒りを覚えながらも、フィレンは道化の如く自分でも無理があると思う口上を並べ立てた。
「口車に乗せられるなど、オーク戦士の風上にも置けぬ! 所詮は培養豚だな!」
「フィレン殿……、それは俺に喧嘩を売っているという理解でいいんだな?」
カーツの呆れ顔が徐々に引き締まる。
そうだ、乗れ、培養豚。
その通りだ、こちらは喧嘩を売っているのだ。
奴もまたオークだ、喧嘩を売られれば逃げ出す道理はない。
果たしてカーツは両の拳を握り、ぼきぼきと指を鳴らして戦意を示した。
「言ったよな、手加減してもらえると思うなって」
低く唸るカーツに、フィレンは無理筋の一手が通った事を確信する。
同時に、常々彼に対して抱いていた黒い衝動が胸に湧き上がった。
ここまで来たら、もう取り繕う必要もない。
勝負をするなら、一切合切全部だ。
「愚か者め! 貴様のような培養豚に『夜明けのぶん殴り屋』は勿体ない!
この際だ、貴様を叩きのめしてあの機体を貰い受ける!」
フィレンは引きつるように頬を歪ませながら、更に高く喧嘩を売りつけた。
「とち狂いやがったな、この野郎!
いいぜ、『珠玉の争点』を出しな! 白黒付けてやらあ!」
「ちょ、ちょっとカーツ! フィレン! 何を勝手な事、言ってんのよお!?」
フィレンが無理やり持ち込んだ展開に置いて行かれた姫が慌てて声を上げるが、最早遅い。
一度『やる』となったら、どんなくだらない発端でもとことん『やる』のがオークだ。
フィレンはにやりと頬を歪める。
後は勝てばいい、そうすれば総取りだ。
「……『夜明けのぶん殴り屋』?」
大博打に出て高揚するフィレンの耳には、母体であるフービットが漏らす呟きは入らなかった。




