路地裏ショウダウン
SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン
「待って!待ってよ!」
脱兎の勢いでトロフィーストリートを駆け抜けオークテック区画の路地に入り込んだ辺りで、ジョゼは何とか声を上げた。
小柄な体からは思いも寄らない力で引っ張っていたピーカは足を止める。
「追っかけて来てるオーク、あんたを狙ってたよね?」
「うん」
素直に頷くピーカにジョゼの眉毛の角度が上がった。
「姉さんが、あんたの事、お姫様って呼んでたよね?」
「うん」
「……あんた、オークの姫なの?」
そこはどうあろうと偽るわけにはいかない。
ピーカは先程よりも大きな動作でこっくりと頷いた。
「うん、あたしはトーン=テキンのオークプリンセス。
ピーカ・タニス・トーン=テキンだよ」
「あんたが……っ!」
ジョゼの眉がぎりぎりと吊り上がり、応じるかのように平手が振りかぶられる。
ピーカは激昂するジョゼを黙って見上げた。
自分が殴られる訳がない、などとはすでに思っていなかった。
ピーカとジョゼは価値観が違う。
次代の強きオーク戦士を産む事がアイデンティティーであるピーカには、不当に弄ばれたジョゼの怒りに共感できない。
だが、共感はできなくても想像はできる。
ジョゼが思い描いていた人生から全然違う道へ無理やり引きずり込まれた事に激怒しているのだと、想像できた。
それならばピーカにも理解できる。
自分が一生、一人のオーク戦士も孕めない人生を歩まされる事になってしまえば、きっと絶望するだろう。
ベクトルは逆でも、ジョゼ達の絶望に思い至った以上、無視はできなかった。
だからピーカは引かない。
金の瞳を見開き、振り下ろされる平手を甘んじて受けようと見つめる。
だが、ピーカの頬が張られる事はなかった。
「なんでだよぉ……」
力無く垂れた手がピーカの肩に掛かる。
震える手のひらの感触で悟った。
蓮っ葉な物言いだが、ジョゼは他人に暴力を振るえるタイプではないのだ。
最初にピーカに声を掛けてきたのも、新入りを心配しての事なのだろう。
本質的に優しく、争い事には縁がなかったはずの人間なのだ。
ピーカの周りにはまったく居なかったタイプである。
「そんな奴が、こんなとこに来るなよぉ。
わたしらみたいなのを見て、面白がってんのかよぉ」
ぽろぽろと涙を零すジョゼに、ピーカはそっと目を逸らした。
物見遊山気分で来てしまったので、そういう一面があった事は今更言えない。
実際に見知ってしまえば、尚更口に出せなかった。
「えーと、うん、あたしから母様に話すから。
電気とか物資とか、融通してもらえると思うから」
「馬鹿にしてんのぉ!?
わたしら乞食じゃないっ!」
「そ、それじゃ、えっと……解放する?」
「今更放り出されてどうするのさぁ!
わたしらみんな、国元じゃ死んだ扱いになってるよ、きっと!
戻れたってオークに孕まされた女を嫁に欲しがる男なんて居るもんか!」
どうしろと。
泣きじゃくりながら提案にダメ出しを続けるジョゼに、ピーカは途方に暮れた
対人関係にせよ、組織運営にせよ、まだまだ経験値に乏しい姫には手に余る案件である。
実の所、ジョゼ本人にも自分の求めるものが明確に言葉にできていない。
突然現れた自分たちをどん底に落とした連中の元締めに、とりあえず噛みついているだけであった。
困りきった姫に、救いの手が現れる。
「姫様? こんな所で何してるんです?」
「カーツ!」
緑の髪をさっぱりとしたクルーカットにまとめた、精悍なオーク戦士。
ピーカのお気に入り、カーツが路地を覗き込んでいる。
「ひぃっ、オーク!?」
喜色を浮かべるピーカとは逆に、ジョゼは蒼白になった。
突然現れた体格のいいオークの威圧感だけではない。
姉貴分の流れるような裏切りに、出くわしたオークの姫、更には禁止されているトロフィーストリートからの外出を見咎められた危機感という精神負荷の連発が意外と肝の細いジョゼを完全に追い詰めてしまった。
「く、来るなぁっ! こっち来るなぁぁっ!!」
咄嗟にピーカの首に腕を回すと、オーク戦士に怒鳴る。
姫を背後から抱きすくめ、盾にする体勢にオーク戦士の瞳がすっと細まった。
「やめとけ、その御方に手を出すようなら、あんたが誰かのトロフィーでも始末しなくちゃならなくなる」
「ちょ、ちょっとカーツ!?」
初めて耳にするような冷えた声を出すカーツに、人質にされたピーカの方が泡を食った。
普段は温厚で、ピーカがどんなに揶揄っても苦笑で済ましてくれるオーク戦士は、一瞬にして非情な戦闘モードに切り替わっている。
ジョゼが何か不用意な真似をしようものなら、ピーカの首を絞めるより早くカーツの拳が彼女の顔面を陥没させるに違いない。
「だ、大丈夫だから! 落ち着いて! ジョゼも!」
殺意を帯びて威圧感が数段跳ねあがったカーツと、多大過ぎる心労で恐慌状態となったジョゼの両方に必死で呼び掛ける。
双方を鎮めようとするピーカは、カーツの背後で小さな人影が飛び上がるのを見た。
高いジャンプからくるくると小さな体を縦に回転させ、踵に遠心力を集中する。
回転鋸のような一撃が狙うのはカーツの後頭部だ。
「カーツ! 後ろ!」
姫の警告に素早く振り返ったオーク戦士は、回避するどころか一歩踏み込んだ。
わずかに狙いがそれ、カーツの脳天に叩き込まれるはずだった踵は分厚い頭蓋骨に守られた額に直撃する。
一瞬の脳の揺れが遅延を呼び、襲撃者を捕らえようと跳ね上がったカーツの腕は空を切った。
叩き込んだ踵を土台にバネ仕掛けのように再跳躍した人影は、足音も立てずに地に降り立つ。
「石頭だなあ、踵が痛いよ」
「宇宙小人か! えらいトロフィーを捕まえた奴がいるもんだな!」
打撃に使った片足をぶらぶらと振るノッコに、カーツは腰を落として身構える。
倍も身長が違う相手に対し、カーツの構えにはまったく油断がない。
火花の宇宙小人、フービット。
オークとは別の方向性で遺伝子改造を施された、純宇宙戦闘型強化人類である。




