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ストリートの掃き溜め

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン


 3メートル間隔で整然とドアが並ぶ通路で、ジョゼは振り返った。


「ここが割り当ての部屋だよ。狭っ苦しいけどね。

 ピーカ、あんたを捕まえたオークの名前は?」


「え、えっと」


 物珍し気に周囲を見回していたピーカは、不意に問われて言葉に詰まった。

 当然ながら、そんなものはいない。


「わ、わかんない!」


「え、名乗りもしないで捕まえられたのかい!?」


「うん!」


 開き直って明朗に頷くピーカに、ジョゼは派手なピンクの頭を掻きむしって唸った。


「あの豚ども、なんていい加減な!

 人の事をなんだと……なんとも思ってないのは判ってるよ、畜生!」


 キッと顔を挙げたジョゼは強い瞳でピーカを見据えた。

 睨まれるかのような目力に思わず仰け反るピーカの手を掴む。


「いいよ、それならこっちにだって考えがあるさ。

 行くよ!」


 何やら決意を固めると引っ張って走り始める。


「お、おぉぅ……」


 周囲を振り回してばかりのお姫様人生を送ってきたピーカには、この強引なアプローチ自体が目新しく、実に興味深い。

 一体どこへ連れていかれるのかと、内心わくわくしながら手を引かれるままに走る。





SIDE:ジョゼ


 ジョゼはピーカの手を引っ張りながら、その美貌に感嘆していた。

 白く透き通る肌に長い白銀の髪は神秘的なまでに繊細で、幻想の中の生き物のようにも思える。

 その一方で興味深そうによく動く金の猫目は幼さを宿して、彼女が現実の存在であると主張する。

 更には、体躯に不釣り合いなバストは、大人にも負けぬほどに実っていた。

 アンバランスな要素が奇跡的に組み合わさり、銀河に稀な魅力を持つ少女を形作っている。

 サイズの合わない軽宇宙服という装いすら、宝石をそこらの新聞紙で無造作に包んだような、奇妙な味わいとなっていた。


 美しさ、振る舞いに似合わぬ一部の発育から、そういった「どこかに刺さるため」の遺伝子調整を受けた星の出身なのだろうとジョゼは想像した。

 姉貴分のような人物がそういう特殊な地球人類種なので、素直に納得できる。

 男を喜ばせるために調整された生まれであろう少女が、実際に慰み者にされるという現実に怒りと憐みを感じていた。


「こっちだよ」


 ジョゼがピーカを連れてきたのは、トロフィーストリートの端に近い区画の倉庫部屋だった。

 広い倉庫内は室内に渡されたロープに引っ掛けた布で区分けされ、それぞれのスペースに生活の気配がある。

 どこか災害避難所にも似た雰囲気の倉庫には、整然とした個室に比べると倦怠感と貧しさが漂っていた。


「ここは?」


「忘れ物のねぐらだよ」


「忘れ物?」


 首を傾げるピーカに、ジョゼは憤懣を込めて吐き捨てた。


「人の事を攫っておいて、さっさと死にやがった馬鹿オークのせいでどこにも行けない、誰からも忘れられたわたし達の事だよ!」


 ジョゼの怒鳴り声に、周囲を囲むカーテンめいた仕切り布がごそごそと動き、数人の女が顔を覗かせる。

 その顔は一様に景気が悪く、眼の光に乏しい。


「うるさいよ、ジョゼ」


「大声で判り切った事を言わないでよ、虚しい」


「また新入りが来たんだ……若いのに、可哀想な子」 


 擦れきれた出涸らしのような女達にジョゼは溜め息を吐いた。


「この通り、負け犬揃いのゴミ捨て場さ。

 ……奥の方にスペースが余ってる、そこを使いな。

 古いけど毛布もあるよ」


 空いた寝床に案内すると、ピーカは物珍しそうに畳んだ毛布を手に取った。

 広げると埃が立ち、けほけほと咳き込む。


「埃、凄いね!」


 咳き込みながらもどこか楽しそうな少女に、ジョゼは呆れた視線を向けた。


「掃除機を掛ける電力もろくにないからねえ」


「そんなに、扱い悪いの……?」


 楽しそうな風情から一転して眉を寄せながら訪ねるピーカの様子を深く気にも留めず、ジョゼは投げ槍に肩をすくめる。


「言っただろ、わたしらは忘れ物だって。

 忘れ物にはおこぼれくらいしか回ってこないのさ。

 だから、上手くわたしらに紛れれば、あんたも安全だよ」


「紛れる?」


「トロフィーストリートは元々トロフィー持ちのオークしか来ないけど、そんなクソ持ち主がくたばったわたしらの所なんか、誰も来ない。

 ここに居れば、オークどもに襲われる事もないって訳」


 眉を寄せたままのピーカは小さく首を傾げながら問う。


「それだと、子供、できないよね?」


「いい事さ」


「オーク戦士の子供、欲しくない?」


「当たり前だよ!」


 ピーカの無神経なほどに素朴な質問に、ジョゼは爆ぜるような叫びで答えた。

 新入りに興味の薄そうだった周囲の女達も唱和するように口を開く。


「ここに連れてこられて唯一良かった事は、あの豚野郎が死んだ事だよ!」


「いたいのやだ、こわいのやだ」


「自分の股から豚が出てくるのなんか、二度と見たくないわよ……」


「おぉう……」


 怒りと怨念、恐怖の入り混じった負の叫びを向けられ、ピーカはオットセイ染みた驚きの呻きを挙げた。

 さらに何事か問おうと可憐な唇が動いた時、ひょいとカーテンのような仕切り布がまくり上げられた。


「なに騒いでるの?」


 高く、舌足らずな声音と共に、ピーカよりも小柄な人影が入ってくる。

 小さく細く、起伏のない体に凹凸が浮き出る程に薄いパイロット用軽宇宙服をぴたりと張り付かせた、宇宙小人(フービット)


「姉さんか、お帰り」


 見慣れた姉貴分の姿に、ジョゼはヒートしかかった頭を少し冷却させた。


「姉さん?」


 不思議そうに金の瞳を瞬かせるピーカに、少し得意げに紹介する。


「そう、わたしらの用心棒、ノッコ姉さんさ」


「用心棒ってほど、大したものじゃないよ、私。

 ただの宇宙小人(フービット)、華々しい星にもデブリにも成り損なった残りかすだよ」


 ノッコは普段通りのどこか達観したような幼くも落ち着いた声音で続けると、わずかに背の高い少女を見上げた。


「新入り? お名前は?」


「ピーカ」


「そう」


 素直に名乗るピーカに、ノッコは小さく頷いた。


「見つけた」


 すうっと息を吸い込むと、小さな体からは思いも寄らないような大音声を発する。


「フィレンーっ! 居たよーっ!」


「そこかあっ!」


 同時にこの場所では滅多に聞かないオーク戦士の野太い怒鳴り声が響きわたり、女達は恐慌の悲鳴を上げた。


「うぇ、フィレン……ってことは、貴女、フィレンのトロフィー?」


 顔を顰めて問うピーカに、ノッコはふるふると首を振る。


「違うよ、お姫様(プリンセス)

 私は、あの子のトロフィーじゃない。

 保護者だよ」


「な、なんでさっ、姉さん! わたしらを売ったの!?」


 ずんずんと迫ってくる重い足音に顔を引きつらせながら、ジョゼは突如裏切った姉貴分を詰った。

 ノッコは可愛らしい顔を心底困ったように曇らせる。 


「売ったと言われるのは違うかな、私、何も貰ってないもの。

 ただ、私にはあの子が一番大事なの、あなた達よりも。

 ごめんね?」


「姉さんの裏切り者ーっ!」


 ジョゼはピーカの手を引き、くるりと身を翻す。

 だが、たった今まで目の前にいたはずのノッコが、瞬間移動にも思えるほどの素早さで回り込んできた。


「だめ、大人しく捕まって」


「やだよ」


 引っ張られるままと見えたピーカの手が閃くように動いた。

 古びた毛布が投網のように広がって投げつけられる。

 ノッコは咄嗟に後方に跳ね飛び、毛布を避ける。

 その隙を突き、今度はピーカがジョゼの手を引きながら走り抜けた。


「あー……上手いじゃない」


 追走しようとしたノッコだが、すぐに諦めると短く整えた赤毛頭をかりかりと指先で掻いた。

 瞬発力は凄まじいフービットだが、一端距離を離されると歩幅の差で他種族に追いつくのは難しくなる。

 厚ぼったい毛布の投網も小さく非力なフービットを一時的に拘束する手段としては的確で、故にノッコは回避を選択せざるを得なかったのだ。


「お姫様だから戦場に出た経験なんてないだろうに。

 勘のいい子」

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