大望への助走
四か月ぶりに陛下の御姿を拝見した俺は、すがすがしい気分で船内通路を歩いていた。
想い人と言葉を交わし、己の野望を再確認した事で、腹がズンと据わった気がする。
女王を手に入れる。
我が物とするのだ。
今は口に上せる事もできない、無謀で不遜な大望である。
まだ、俺には力が足りない。
個人の武という点では早々負けないとは思っているが、それでも俺と良い勝負ができる戦士は居るし、何よりも多勢に無勢ではどうにもならない。
一人一人の戦士は倒せても無限に戦い続ける事は出来ない以上、氏族全体と敵対すれば間違いなく磨り潰されてしまう。
なので、女王を攫って遁走するというプランは無しだ。
駆け落ちという言葉に浪漫を感じなくもないが、最終的に討たれるのが目に見えているのは頂けない。
わずかな時間だけ女王を手に入れても何にもならないのだ。
ならば手段はふたつ。
ひとつは、栄達。
戦士としての地位、実績を積み上げ、女王を娶ることも可能な戦士の王に成り上がる事。
道は果てしなく遠く、とんでもなく厳しいが、実現できれば誰からも文句を付けられる事のない正道なプランだ。
もうひとつは、簒奪。
女王の身を奪うという意味では遁走プランと似ているが、こちらは個人で対抗するのではなく氏族と真っ向対立できるだけの勢力を作り、トーン=テキンに反旗を翻すプランだ。
正当性なんぞ欠片もないが、それこそ勝てば官軍。
力を信奉するオークは、圧倒的な力を見せつけて事を為せば大半が納得するだろう。
女王個人の血族であるオークナイト以外は。
「どちらにせよ、力が足りん」
栄達の道にせよ、簒奪の道にせよ、事を起こすには俺はまだまだ未熟で力不足。
精進し、力を蓄えねばならない。
俺個人の戦士としての力だけではなく、俺の一党という力が必要だ。
ボンレーやベーコら舎弟達だけでは、まだまだ足りない。
今、内政区画の奥に歩を進めているのもその一環だ。
俺の姿に、この場を担当するオークテックの若者達がざわめく。
場にそぐわない相手に警戒を強めているのだ。
オークテックの群れの中に混ざると、オーク戦士は一際目立ち、身を隠すことなどできない。
氏族船から構成員には配給で食糧が与えられるのだが、オーク戦士には各種栄養素も配合された高価な合成食料が配布されている。
強靱な筋密度、頑丈な骨格、長い戦いに耐えるスタミナ、それらを備えた強固な肉体は、栄養たっぷりで中々美味な配給食料あってのものだ。
豊富な栄養が生んだ筋肉の塊を戦士という形に削り出した存在、それがオーク戦士である。
一方のオークテックに与えられる配給食は、カロリー優先の低コスト品だ。
安く、腹持ちよく、脂肪分たっぷり。
俺の21世紀知識によると、ポテトチップスというものによく似ており、実際にチップスと呼ばれている配給食である。
少なくとも、ポテトとかいう作物をチップスにしたものではないのだろうけど、何のチップスかは知りたくないし、あまり考えたくない。
安価という事は、船内リサイクルシステムを通した有機物で出来上がってるという事だろうから。
リサイクルシステムで浄化されているからといって、排泄物の成れの果てを食ってるかも知れないと考えるのは、精神的によろしくないのだ。
このチップスを食べ続けた結果、オークテック達は全体的に下っ腹が出た、ぽっちゃりした体型となっている。
筋肉よりも脂肪が多い、おでぶちゃん揃いなのだ。
激しく動く戦いに関与せず、それぞれに任された狭い範囲での単純労働が多いことも、肥満体型に拍車を掛けていた。
豚の群れに混ざった、獰猛な猪が今の俺の状況だ。
そりゃあ目立つ。
「戦士カーツ! こちらへ!」
俺を遠巻きに見るオークテック達の中から、声があがる。
他のオークテック達に比べると若干引き締まり「ふっくら」くらいの体格の青年技術者、トーロンだ。
手招く彼に続いて、内政区画の脇道へ入る。
「わざわざこんな所へ来られなくとも、報告しましたのに」
「自分の相棒の事だもの、どうにも気になってね。
それで、どうだい?」
トーロンは脇道の壁に背を預けると、軽宇宙服の上から被った油染みの浮くエプロンのポケットに手を突っ込み、タブレット端末を取り出した。
太い指が手際よく走り、中空に3Dのホログラム映像を結ぶ。
我が愛機『夜明けのぶん殴り屋』のイメージ映像だ。
各部に赤く光るダメージマーカーが表示されている。
「右の斥力場機構に特に無理が掛かっていますね。
ログを拝見しましたが、決め手の突撃の過負荷が厳しかったようです。
取り外して、しばらくお預かりする必要がありますよ」
宇宙騎士との戦闘で被った損傷について、トーロンは難しい顔で所見を述べた。
彼は俺が個人的に親交を結び『夜明けのぶん殴り屋』の整備を一任しているメカニックだ。
オーク戦士や兵卒が駆る宇宙機の整備はオークテックのメカニック部門に丸投げされ、誰がどの機体の担当になるか等は決まっていない。
そのため、当たり外れも大きい。
俺は数度の実戦を経験した後、もっとも機体コンディションを良くしてくれたメカニックの名を調べた。
それがトーロンだ。
それ以来、俺は相棒の整備はトーロンを指名して行っている。
「右手が空くか、なら倉庫に余ってる武器を何でもいいから積み込んでくれ」
「それが、ちょうど余りを切らしてまして……」
申し訳なさそうに丸顔を俯けるトーロン。
「戦士フィレンのリクエストで『珠玉の争点』でテストするからと、余っていた装備は持っていかれてしまいました」
「フィレンが? あの野郎、ろくに実戦に出ないくせに……」
『珠玉の争点』はフィレンに与えられたブートバスターだ。
俺の『夜明け』と同等の性能を持ち、装備コネクターの規格も同じなので武装の使い回しが効く。
「武装のテストで、戦力を維持してますってアピールでもするつもりかよ。
まったく迷惑な」
「『争点』で武装交換に時間が掛かってるせいで、『争点』が元から装備してた武器とストックの武器、どっちも使えない状態ですね。
……『争点』を任されてるチームは、そのう、手が遅いというか、やる気が……」
同僚の事を悪く言いたくないのか、トーロンは口ごもった。
よほど雑な仕事をしているのだろう。
オーク戦士はオークテックを雑に扱うのが相場だが、その中でもオークナイトの居丈高っぷりは群を抜いている。
あいつのために働きたくないってのはよく判る話だ。
「仕方ないな……。
実戦で使ってないから信頼性がないのは怖いが、鹵獲品のレールガンを装備しといてくれ。
無手よりマシだ」
「判りました、ですが残弾はマガジンに残ってた4発しかありませんよ」
宇宙騎士から奪ったレールガンは大手企業の新商品。
規格自体が新しいのか、口径が違い既存のレールガン砲弾と共用性がない。
「残弾の一発をそちらに回すから、何とかコピーを用意できないか?」
「うーん、そういった話になりますと、僕の腕を超えますね……長老に相談するしかないかなあ……」
長老と呼ばれている老オーク、ポーロウはオークテックの中でも特に古株のベテランメカニックだ。
数世紀に渡ってトーン=テキン氏族の機械関連を支え続けているのに、他のオークテックと同じ雑な扱いをされている。
自分よりもはるかに年上のベテランすら戦場に出ないからと露骨に見下す一般的なオーク戦士の感性は、俺には理解も納得もできない所だ。
オーク戦士として異例であろうとも、豊富な経験を蓄積した先達に対し、敬意を示す事を俺は厭わない。
「ポーロウ爺さんなら、間違いはないな。
上手くやってくれるよう、何とかお願いしてくれないか」
俺は懐を探ると、データチップを取り出した。
「よろしく頼むよ」
「いつもありがとうございます、カーツさん!」
トーロンは満面の笑みを浮かべてデータチップを押し戴いた。
チップには鹵獲船の娯楽データベースからコピーしてきたムービーが何本か入っている。
映画好きのトーロンだが、オークテックの身では中々新作に触れる機会などないのだ。
「それと、爺さんには、これを」
ウィスキーの入った無重力対応スキットルも渡す。
「やあ、こいつは長老も喜びそうだ!」
オークの強靱な体を良いことに、工業用アルコールで晩酌をしているポーロウ爺へのお土産だ。
俺自身に物欲はない。
知識の源泉となる書物は欲しいが、それは己の力を高めるための事。
殊更に略奪した物品を溜め込もうという気はない。
それでも、割り当てられた鹵獲品のストックは数多く、俺のプライベート倉庫を圧迫していく。
倉庫の整理も兼ねて要らない戦利品の類は、見込んだ相手へのご機嫌伺いにバラ撒く事にしていた。
トーロンやポーロウ爺のような有能なメカニックを引き込めば、一党の力も上がる。
これで彼らの友誼を得られるなら安いもの。
いずれ女王を手に入れるための勢力を作る、小さな一歩だ。
嬉しそうにデータチップをタブレット端末に差し込むトーロンに、俺も頬を緩めた。
SIDE:オークテック・トーロン
戦士カーツからブートバスターの整備方針についての指示を受けたトーロンは、彼と別れるとすぐさまポーロウ爺の下へ向かった。
律儀で仕事への着手が早いトーロンは、怠惰な者が多いオークテックの中では貴重な人材である。
「長老、頼みがあるんですけど!」
オークテックの雑魚寝部屋として割り当てられた古く広い倉庫の一番奥、雑巾じみた余り布で乱雑に仕切られた一角に声を掛ける。
「あー、タダじゃ聞かんぞ、ワシの時間は高いんじゃ」
「貰い物のウィスキーがあるんですけど、こいつじゃ対価にならなそうですね、それじゃ」
「待てい、聞く聞く、頼みを聞いてやるから、こっちゃ来い」
トーロンはカーテンめいた仕切り布を押し開けて、ポーロウのスペースへ入る。
床に固定された、古びて染みだらけの無重力寝袋ひとつで一杯になるような狭い空間に、皺だらけの顔の老オークが胡坐をかいていた。
御年四百歳にもなろうというオークテック、ポーロウである。
若いうちから戦場に出てガンガン死ぬため平均寿命が短いオーク戦士に対し、オークテックは長く生きる者も多い。
オーク戦士の不興を買って手打ちにされたりしない限り、早々死ぬ要素もないのだ。
強化人類であるオークの種としての寿命は三百歳程と言われているが、それを鑑みても長寿のオークであった。
「ほらこれ、ウィスキーだよ」
トーロンがちゃぽちゃぽと振って見せるスキットルに、ポーロウ爺は顔の皺をさらに深めて笑う。
「おお、いい音じゃのう!」
指を伸ばす老オークの手元からトーロンはスキットルを遠ざけた。
「頼みを聞いてくれたら、だよ。
新しいタイプのレールガンの弾をコピーしたいんだ、これ見て」
トーロンがタブレットに表示された新型レールガンの諸元を、ポーロウはふんふんと鼻を鳴らしながら目を通す。
「ふぅん、従来品よりちょいと口径が大きいのか、今有る在庫の薬莢に手作業で肉付けすりゃあよかろう」
「え、そんなんでいいの?」
「隙間ができなきゃ問題ないわい。 少なくとも前には飛ぶ。
そもそも、正規品でない弾に精度なんぞ求める方が悪いわ」
「うーん……まあ、戦士カーツなら使いこなすかな……」
「なんじゃい、これを持ち込んだのはカーツの坊主か」
ポーロウはにたりと頬を歪めた。
「まぁた手柄を挙げちょるな、培養豚が大活躍で他の連中はカリカリしとるだろうなあ」
「あんまり大きな声で言い回らないでよ、長老。
他のオーク戦士が怒るよ」
「ふん、手柄を挙げれんのが悪いんじゃい」
ポーロウはトーロンに渡されたスキットルの蓋を外すと、ぐいと呷った。
工業用アルコールなどとは段違いに芳醇な酒精が老オークの喉を焼く。
「かぁっ! たまらんっ! 戦士カーツに感謝を!」
「現金だなあ。
感謝してるのは戦士カーツじゃなくてウィスキーに対してなんじゃないの?」
まぜっかえすトーロンに、ポーロウは酒気を帯びつつも真面目な顔で応じた。
「カーツの坊主に感謝しとるのは本当だとも。
あいつはワシらの星じゃ。
……培養豚のな」
ポーロウは遥か昔、トーン=テキンのプラントで製造された第一世代オークの生き残りである。
老オークテックは手の中のスキットルを愛し気に撫でながら、呟く。
「あいつなら変えてくれるかもしれん、このねじ曲がった氏族を」
言葉の後半は、再び呷ったウィスキーと共に飲み下された。




