かぎしっぽにかかるもの
あるところに、猫の獣人達の国がありました。
猫と人の中間の存在である彼らは通称『猫人』と呼ばれ、猫の耳と尻尾を有した姿をしています。
その国のとある集落に、ある猫人の女の子が住んでいました。
彼女の名前はコトラ。
所々黒い髪が混じったブラウンのセミショートヘアーと、ぱっちりとした黄緑色の瞳、そしてピンと立った大きな耳が特徴的なキジトラ柄の猫人です。
そんな彼女はそろそろ番相手が欲しいお年頃でもあります。
しかし集落の男性達からは全くもって求愛されません。
その理由は彼女の尻尾にありました。
彼女の尻尾は中間辺りから直角に折れ曲がっており、いわゆる『かぎしっぽ』と呼ばれるものでした。
猫人が容姿において最も重視するのは尻尾です。
特にこの集落ではピンと真っ直ぐな尻尾が美男美女の証でしたから、コトラのような尻尾の曲がった『尾曲がり猫人』は異性からの人気がありませんでした。
自分はこのまま番相手を得られずに生涯を終えるのだと、コトラは既に諦めていました。
そんなある日の事です。
王都から今度、とある青年がやってくる事になりました。
その青年はしばらくこの集落に滞在するそうです。
この集落はとても田舎にありましたから、王都からのお客人に皆興味津々です。
そして彼がやってきたその日、夜の集会にて集落の皆と初顔合わせとなりました。
猫人は夜に集会を開き、他の猫人達とコミュニケーションを取るのです。
「ヴィートと言います。しばらくの間、宜しくお願いします」
ヴィートと名乗った彼は大きな体躯と精悍な顔つきをしていました。
真夏の空のように鮮やかな青い瞳と、背中まで届くふんわりと柔らかそうな真っ白の髪。
ですが何よりも皆の目を引いたのは。
ピンと真っ直ぐに伸びた尻尾。
しかもそれだけではありません。
彼は長毛種であるらしく、純白の和毛に包まれたその尻尾はまるで雲のようにふわっふわ。
なんて魅力的な尻尾なのでしょう!
それでいて毛玉の一つも無い事から、彼が綺麗好きである事が窺えます。
その場にいた若い女性達はキャーキャーニャーニャーと黄色い声を上げました。
コトラもまた彼の美貌に胸のときめきを感じましたが、自分は醜い尾曲がり猫人。自分のような者は美しい彼とは縁遠い存在なのです。
コトラは皆から少し離れた所で彼を眺めていました。すると。
ぱちり、と彼と目が合った気がしました。
いやいや、きっと気のせいでしょう。
コトラがそう思っていると。
なんと、彼がこちらに近付いてくるではありませんか!
「なあ君、良ければこの集落を案内してくれないか?」
「え、わ、私……!? い、いいです、けど……」
コトラのその返事に、ヴィートは嬉しそうにふわふわ尻尾をピン、と立てました。
何故そんなに嬉しそうなのか、どうして自分なんかに頼むのか、コトラにはさっぱり理解出来ませんでした。
さらに周囲の女性達からは「いいなーコトラ」「うらやましいー」などと言う声まで聞こえてくる始末。
何とも気まずいやら気恥ずかしいやら。
しかし引き受けたからにはしっかりと案内してあげなければなりません。
次の日、コトラはヴィートに集落内を案内しつつ、ここでのルールを一つ一つ丁寧に教えてあげました。
するとその数日後、ヴィートは先日のお礼だと言って、狩りで仕留めた獲物をコトラにおすそ分けにやって来ました。
差し出されたのはこの近辺に生息するトビハネウサギです。
トビハネウサギは耳が鳥の羽のような形状をした、ウサギ型の魔獣です。
非常に耳が良く臆病であり、敵が近付くとあっという間に空高く跳びはね、そのまま耳の羽で飛び去って行ってしまいます。
コトラ達キジトラは狩りが得意ですが、それでもトビハネウサギは年に一、二羽捕れるかどうかといったところでしょうか。
それをいとも容易く仕留めてしまうとは、どうやらヴィートは容姿の美しさだけでなく、狩りの腕前も確かなようです。
トビハネウサギの肉は栄養価が高く、大変美味です。
けれどもコトラは新人である彼に集落の中を案内しただけに過ぎません。
そのお礼としてこれ程の獲物を頂くのは、何だか釣り合っていないのではないか、とコトラは思うのです。
とはいえ猫人にとって、自分で仕留めた獲物を他者にプレゼントするのは親愛の証です。拒むのはマナー違反です。
ゆえにコトラは素直に受け取る事にしました。
ですがその代わりに、彼女は受け取った肉を早速スープにし、彼にも振る舞ってあげる事にしました。
美味しいスープに彼はまたしてもふわふわ尻尾をピンと立たせて喜びました。
すると後日、なんとまた別の獲物をおすそ分けにやって来たのでした。
コトラが再び獲物を調理して彼に振る舞うと、さらに後日、彼はまたまた別の獲物を持ってやって来ました。
そんな日々が続くうちに、二人はお喋りする機会が増え、だんだんと仲良くなっていきました。
しかしコトラはまだヴィートが何故この集落に来たのか、いつまで滞在するのかを知りません。
猫人は個人の意思やプライベートというものを大事にします。
ゆえにある程度仲良くなるまでは相手の事をあまり詮索しないのがマナーとされています。恐らくまだ誰も彼に質問した者はいないでしょう。
コトラは正直、彼に恋心を抱いていました。
ですが彼のような完璧な男性が自分のような尾曲がり猫人を好きになるはずがありません。
それでも良き友人として、彼の事をもっと知りたいとコトラは思いました。
ヴィートに日向ぼっこに誘われた、とある日の事。
ぽかぽか陽気の空の下、土手で二人で並んで座っていると、やがてコトラは思い切ってヴィートに切り出しました。
「あ、あのさ……ヴィートはどうしてこの集落にやって来たの……?」
「ああ、それはね……番相手を探しに来たのさ」
猫人の男性が番相手を探す為に遠い土地まで足を運ぶのは珍しい事ではありません。
珍しい事ではありませんが……。
「……そう。いい人は見つかった?」
「ああ、見つかったよ。一目惚れだった」
その言葉にコトラの胸はチクリと痛みました。
(……そっか。ヴィートには好きな人がいるのね……)
一体誰なのだろう。
小柄で三毛模様が可愛らしいミイロかしら。
それともヴィートと同じ真っ白で綺麗な毛並みのシラユキかしら。
どちらも引く手あまたの真っ直ぐで美しい尻尾の持ち主達です。
「彼女と交流していくうちに、より一層彼女の事が好きになった」
これまで多くの女性達がヴィートに話し掛けるのを目にしてきましたが、彼女達とあまり深く交流している様子はありませんでした。きっと誰にも見られぬようこっそりと逢い引きしていたのでしょう。
「だがどうやら彼女は俺の気持ちになどこれっぽっちも気付いていないらしい」
ヴィートはほんのちょっぴりだけ、むすりとしています。
彼に好きになってもらえるだなんて、なんて羨ましい。
ですがコトラにとって、彼は大事な友人でもあります。彼には幸せになってほしいのもまた事実です。
「……それなら思い切って求愛しちゃいなよ。貴方は素敵な男性だもの、きっと大丈夫だよ」
「……本当にそう思う?」
「うん、勿論よ!」
「……そうか。ああ、わかった。それならば」
そう言って彼は一呼吸置くと。
「コトラ、俺と番になってくれないか?」
「…………え……ええ!?」
突然のヴィートからの求愛。
それは夜の集会で彼に案内を頼まれた時以上の驚きでした。思わず折れ曲がった尻尾もぼわっと膨れてしまいます。
「わ、わわ、私……っ!? 一目惚れって……かぎしっぽの私に……!?」
「ああ、そうさ。王都ではね、かぎしっぽはその曲がった部分に幸運を引っ掛けると言われていて、尊く美しいものとされているんだ。あの夜の集会で君は皆から少し離れた所にいたからね、その直角に曲がった美しい尻尾がよく見えたのさ」
醜い自分にとって、彼は手の届かぬ存在。
そう思って離れた場所から眺めていたのに。
その結果、彼に見つけてもらえただなんて。
このかぎしっぽのおかげで彼に見初められただなんて……!
「俺と一緒に王都に来てくれるかい?」
彼の言葉にコトラははにかみながらも、しかしはっきりと頷くのでした。
こうしてコトラはヴィートと番になりました。
やがて四人の子宝にも恵まれ、子供達は皆、母親譲りのかぎしっぽでした。
この子達はこの先、その尻尾に大きな幸せも小さな幸せも、たくさんたくさん引っ掛けていく事となるでしょう。
めでたしめでたし。