〜*第7-1話*〜
彼女の事を口実にいつまでも避けては通れない。平行して対応策を考えないといけない。
意を決して庭園入口に脚を踏み入れると、花壇の手入れをするバロンがそこに居た。
…これって、フラグってやつかしら。
ドクンと大きく心臓が高鳴ると同時に、こちらを振り向く瞳、そして私を捉えると気怠い雰囲気の瞳が、大きく見開かれる。
「……アメリア様、どうしてここへ」
擦れたような声で、そう言われて戸惑ってしまう。殿下からのお誘い…だと正直に言えないし、それに本当に殿下からの手紙さえ怪しい。
何か言わないといけないとは思いつつ、喉に何かが張り付いたように声が出ない。
「申し訳ありません。私には関係のない事ですよね。今日は失礼します」
花壇の世話を早々と切り上げようとするバロン。それがまるで私から逃げるようで、何故だか無性に腹ただしくなってしまった。
「いいのよ。邪魔をしたのは私だもの。最近はここへいらして居ないようですし、お気になさらず」
恐怖と怒りが混ざり合い、こんな強気でいられるのだろうか。
この人の口から真相を直接聞きたい。聞きたくない。相反する感情が渦巻く。
「…あ、はい。それでは…」
バロンは再度作業を開始するも、そこから重い沈黙が支配する。これは、私から口を開かないと一切何も話さないつもりなのだろうか。どう切り出すか考えていると、つい漏れ出たため息に目ざとく気付き、近寄ってくるバロン。
ハッとして顔を上げると「大丈夫ですか」そう言いながら、こちらに伸びる腕。
『姉さん』…そう私を呼ぶ声がフラッシュバックして、「触らないで!!」そう叫び思い切り手を払いのける。
「…あ、」
今までの私はこんな態度はしなかった、警戒しているのバレてしまったかしら。カタカタと震える手を握りしめながら、バロンの様子を伺うと、笑みは浮かべているものの、悲しい表情をしていた。
「驚かせて申し訳ありません。体調が優れないようでしたので、飲み物でもと思い。ここに置いて置きますので、飲めそうでしたら是非。」
距離を取り、少し離れた所に置かれた水筒。コレを渡そうとしてくれていたのね。
義弟だとまだ確定した訳じゃないのに、悪い事をしてしまった。
「…ごめんなさい。ボーっとしてましたの」
「……いえ、私の事は気にしないで下さい。…本当に、ごめんなさ…申し訳ありません」
そう思ったのもつかの間、謝る姿を見た瞬間分かってしまった。あぁ、この人は紛れもなく私の義弟だわ。
まだ出会って間もない頃、義弟が事故で父の私物を壊してしまった時、私が偶然居合わせて泣き出しそうになった幼い男の子。掃除をして父に一緒に謝ってあげた事。
その時、こんな情けない泣き出しそうな表情をしていた。
姿が変わっても、変わらないものなのか。
あの頃は戸惑いながらも家族が増えて…私なりに大切にしようと思っていた。
そう…大切に思っていたのに。結果裏切られた…。
「…ッッ、」言葉にならない憎しみが渦巻く。父も義母も義弟も、私を残して居なくなった母も…奏汰以外の全員嫌いよ。全てが憎い。私の家族はアルベルティ家の皆と奏汰だけ。
「ごめんなさい、用事があるのでコレで失礼するわ」
知りたくなかった。どうして貴方が同じ世界にいるの。いつまで私を苦しめるの。
「アメリア様…」
「さようなら」何か言いかけたバロンの言葉を遮り、庭園を後にする。
だけど、義弟だと分かったのに、あの日のように取り乱していない事に少し安堵した。
◇ ◇ ◇
あの場から離れたのは良いものの、指示をされたのはこの庭園だ。人目につかない所に身を潜めていると、男女の話し声がしたと思ったら、徐々にこちらに近づいて、はっきり声が聞き取れる距離になった。
「ご覧になられたでしょ、あのようにされているんですわ」
「…プライベートだ。どのように過ごすか、口出しする権利は私には無いよ」
そう話しながら現れたのは、王太子殿下とローラ嬢。
2人の組み合わせに多少驚いたが、そのまま様子を伺う。
必死に訴えかける彼女に対し、殿下はうんざり気味?いや、あれは少しの怒りも混ざってるわ。
私の記憶の中では、2人はもう仲睦まじい様子だったのだが…。
殿下は本当に彼女に興味がない様子だ。
問題がなければ、ローラ嬢とお付き合いに発展はして欲しいが、このままでは難しいだろう。
「私は、王太子殿下の事が心配なんです!あのような、別の殿方と逢瀬をするようなふしだらなお方だとは思って…」
「口の利き方に気を付けたまえ。伯爵令嬢如きに侮辱される身分ではないのだよ。それに君は彼女の友人だと思っていたが、違うようだな。先ほどから陥れるような事ばかり口にする」
聞いているこちらが恐ろしくなるほど冷酷な声。とてもじゃないが、普通の令嬢であれば恐怖で涙してもおかしくないレベルだ。
「そのような事は…!!私は殿下の為を思って!!」
それでも提言する姿は蛮勇なのか、頭のネジが飛んでいるのか…。両方かしらね。
「もう結構だ。君の戯れには付き合っただろう。これ以上無駄な時間を過ごすつもりはない。私は失礼するよ」
そう言い残し颯爽とその場を後にする殿下。そして、私は見てしまった。
その後ろ姿を恐ろしい形相で睨みつけ、緑色の瞳が真っ赤に変色した彼女の姿を。




