レクイエムを君に
ぶつり、と身体中に響いた鈍い音が最期だった。
『意識』が浮上したのは、けたたましいサイレンの音に多くの人の声がする中。
真っ暗な中でぼんやりとしたまま言葉のひとつも拾えずに、たゆたうようにそこにいた。
そのうちいつの間にか騒がしさは去り、やがて人の声だけが露になった。
真っ暗なのは変わらないまま、考える力を持てるようになった『意識』にぶつかってきたのは人々の言葉だった。
「あそこで何があったの?」
「なんでも人が自殺したとか」
「ええ~。それって、どこの誰?」
「それは知らない。でも、道の下のあの木にロープを━━って」
「うわあ…」
「それで、顔には━━らしいよ」
「えーっ」
「あの家の人が発見したって」
今思えばあの淵に手を引かれたのかもしれない。
底の見えないような暗さと水音を纏う深緑色の、ただただ静かな深みに。
周りには木が生い茂り、また民家から離れ過ぎず、すぐに見つけてもらえるような場所でもあったから。
「死んだ人って男?女?」
「私は女って聞いたよ」
「何があったんだろう?」
「このご時世だしなあ」
「仕事とか人間関係とか?」
「何歳ぐらいの人?」
「理由はわからないけど、若い人らしいよ」
「若いのに勿体ない」
「自殺なんてとんだ迷惑だ」
「わざわざこんな所で」
「━━さんちの土地らしいよ」
「うわぁ、最悪」
「迷惑すぎる」
「ここって皆が使ってる道なのに、本当に迷惑」
「死ぬなら自分の家ですればいいのに」
「あそこを通ると体調が悪くなるの」
「亡くなった人が何かしてるんじゃない?」
「そうかも」
「お祓いしてもらいましょうよ」
「それがいい」
「費用はどうする?」
「そりゃあ遺族に請求だろう」
絶えない言葉は地におちて踏みつけられ、ぼろきれになったものをまだなお引き裂くような感覚にした。
違うの。
ごめんなさい。
もうやめて。
否定も謝罪も、ここから離れる事すら叶わないまま、あの時の足元の深みが冷たく絡みついた
。
これが行き着くところなのか━━
「━━だったらいいな」
柔らかな声が他の声の間を縫うようにして届いた。
途端、真っ暗な中に一輪の花が咲く。
「あの人は何が好きかな。翼のある鳥かな、それとも野山を駆ける動物かな。苦手なら虫の…蝶々でも」
花々がぽんぽんと咲いていく。
もう、他の声はしなくなった。
「人はやっぱり嫌かなぁ。でもまた人に生まれ変わって、次こそは死を選ばなくていい人生を送ってくれたらな」
気付くと花々が道を作っている中を進んでいた。
沸き立つような、名をつける事が難しい感情と共に。
全ての花を覚えるように、まるで踊るかのようにくるくると。
「何にしても、あの人が幸福であると思えるような形でありますように」
冷たい水音はやがて温かな水音へ。
抱きとめられた心地がそこにあった。