無言電話 〜 電話の向こうの君に告ぐ。何か悩みでもあるのなら私に話してみなさい。沈黙は何も産まない。黙っていたら何もわからない。何か言いなさい。私だってココミック星人ゆえに日々様々な問題を抱えて… 〜
私は決して暇ではない。
むしろ暇な時間などない。日夜、この地球をよりよくし、ココミック星人が住みよい星にするためにはどうすればいいかを考えているのだ。
朝早くから夜遅くまでは倉庫で検品の仕事をしている。それは我々ココミック星人の生活のためではない。あくまで私個人が生活するのにお金が要るからだ。
本当はもっと割のいい仕事は他にある。我々の特徴である地球人好みの美貌を活かせば、週5回を1日中働かなくても、月5回程度で今と同じぐらいのお金を稼ぐことは出来るだろう。
しかし、我々が宇宙人であることがバレてはいけない。
我々は地球人によく似ていると思わせておいて、実はちっとも似てはいない。お尻を高く掲げて服さえ着ていればバレようがないが、脱がされてしまえばバレバレである。
我々はツインテールに似ている。ツインテールとは言っても、可愛いロリっ娘がすれば男性が喜ぶあの髪型ではなく、ウルトラマンシリーズに登場する怪獣の名前だ。美しい顔に見えるであろうこれは、実は高く掲げたお尻である。本物の顔は黒い半ズボンの中に隠してある。つまり我々は、地球人の身体とは上下がさかさまだ。
地球人に限らず、宇宙に点在する知的生命体は大抵頭部が上についていて、お尻が下についている。どうして、どういう進化の過程で、私達はこうなってしまったのか。
我々は自分の身体を見慣れているはずなのに、地球人のほうが正しく見える。身体の一番上に頭部があり、目鼻口がそこについているほうが、美しく見える。
我々のお尻についた目も鼻も、地球人に擬態するためのものだ。我々は肛門を動かしてそこから声を出すことが出来る。
ああ……。一体どうしたら、この地球で我々がのびのびと暮らせるようになるのだろうか。
そのための考えを巡らせていると、今夜も電話が鳴った。
いつものあの番号だ。
『はい、もしもし?』
それでも私は電話に出た。
受話器の向こうは無言。いつものことだ。
きっと女性の声を聞くのが好きなのだろう。何かの動画でもそんなものは聞くことなど出来るだろうに。1対1で、リアルタイムで、しかも一方的に聞きたい性癖なのだろうか。
電話の向こうに気配はする。静かに低い吐息がたまに聞こえたり、何かの紙らしきものを箱からシュッと抜くような音が聞こえたりはする。しかしそいつは決して喋らない。
番号は携帯端末だ。それを持つ手の動き、頬に擦れる気配、唇が立てるねちゃついた音が感じられる。
いつもならすぐに切るところだが、今日の私はなんだか話したい気分だった。
『君、どこかで私の姿を見かけて、美人だと思って電話番号をどこかで調べ、しつこく電話して来ているのかもしれないが、悪いが私は地球人ではない。ココミック星人だ』
「はっ?」という息遣いが電話の向こうで聞こえた。
『知っているだろう? 上下が君達の身体とは逆さまの、君達が怖がるあの、ココミック星人なのだ。わかったなら電話を切れ。そして2度とかけて来るな。私は忙しいのだ』
しかし電話は切られなかった。私は1つ、大きな溜息をつくと、一方的に喋りはじめた。
『何か悩みでもあるのか? あるのなら聞いてやらんでもないぞ。私だって日々、悩みを抱えて暮らしておる。君の気持ちもわかってやれるかもしれない。私に話してスッキリしろ。聞き上手なホステスや、プロの心療内科医師や、何も言わずにただ聞いてくれる猫には劣るかもしれんが、もしかしたら共感してやれるかもしれん。黙ってこんな電話をかけて来るよりはよっぽど有意義だと思うぞ。さあ、話してみ?』
しかし電話の向こうの人物は黙ったままだ。
仕方なく私はまた一人で話しはじめた。
『なあ、君。なぜ宇宙は寂しいのだろうな? 宇宙空間に生命はなく、まるでそこから逃れるように私達はこんな所にいる。もちろん、寂しいのは宇宙ではない、私の心だ。宇宙が寂しがるわけないもんな。なぜ、私達は、この広い宇宙の中で、わざわざ狭いところに住み、それぞれが孤独なのだろうな……。言葉を交わさなければ今現在のこの状態のように、我々は繋がりなど持てない。寂しいとは思わんか? そうやって、じっと黙って、私の独り言を聞いているというのは? んっ?』
電話の向こうの人物がこくこくとうなずく気配がした。ここぞとばかりに私は畳みかける。
『君の悩みを私は知らん。自分の悩みにそれを重ねて、勝手に想像することが出来るのみだ。しかし、こんな電話をしつこくして来るくらいだ。きっと大いに悩んでいるのだろう。病んでしまうくらいにな。一人で悩むな。私に言ってみろ。どうせ私は地球人類の嫌われ者、ココミック星人だ。ゴキブリに悩みを打ち明けるのは馬鹿らしいかもしれんが、いくらなんでもゴキブリよりはマシだと思うぞ? 言葉が通じるのだからな。それに、自分で言うのも何だが、我々ココミック星人は、いいやつだと思う。アホでちっぽけな悩みを死ぬほど悩んで、他人からどれだけバカだと思われようとも、真剣に悩んでいるのだ。なぜ我々は普通の知的生命体とは違って上下が逆なのか? なぜ我々はそれゆえいくら嫌われようと、地球人と仲良くしたいのか? 地球人はなぜ、我々のパッと見た目と正体のギャップがひどいというだけで、我々を毛嫌いするのか? なぜ我々は、』
「……ココミック星人さん」
電話の向こうの男が喋った。大人しそうな男の声だった。
私は身を乗り出し、喜んで、『おお!?』とだけ声を発し、彼の言葉の続きを聞いた。それは次の通りだった。
「話……、なげーよ」
『きっ……、君が喋らんからだろーがぁっ!』
私は声に籠もる喜びを隠すつもりもなく、笑いながら言った。
『よっ……よし、次は君の番だ。何でも聞いてやる。何でも聞いてやるぞ? 話してみろ』
「ココミック星人さん……」
『ん? 何だ?』
「……ありがとう」
そう言うと、彼は電話を切った。
それ以来、彼から電話はかかって来なかった。番号がわかっているのでこちらからかけてもよかったが、なんだか迷惑がられるような気がして、出来なかった。
しかし、なんだか心が明るくなった。彼が喋ってくれたお陰で明日も生きて行ける。そんな気持ちになり、私はスーパーで買って来てあったヤマザキの抹茶ういろうを、下のお口で、もきゅりと食べた。
前話
『本当は怖いココミック星人』
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