勇者、崩壊の序章
勇者の方の話です。
あれからしばらくして、俺は何不自由ない生活を送っていた。
金はまだある。
好きなことを毎日し続けるだけの金は、な。
賢者の野郎は今頃研究三昧だと思うが、そっちは俺の知ったことじゃない。
変わったことと言えば、あの女の代わりが決まったことだ。
名はシレーナ。天才で、そして俺好みの女だ。
抜群のスタイルに見るとたちまち引き込まれるような美貌の持ち主だ。
本来ならシレーナが聖女につくはずだったが、あいつに実力で劣っているとされ、聖女になることはなかったが、今回のことであの女の代わり、いやこの場合正しい位置に収まったってところか、で聖女になった。
正直なところ、あの女の百倍は使える。
攻撃魔法は一通りマスターして、護身術も会得済み。
融通が効くし、頼めば笑って頷いてくれる。
回復なんかあの女の目じゃないくらいに完璧だ。
そして俺はシレーナと婚約した。
政略結婚とやらに当たるそうだが、俺もシレーナも愛し合っているので問題はない。
流石に公には襲えなかったが。
そんな日常を過ごしている頃、シレーナを始めとした神官たちが慌ただしく走り回っているときがあった。
「どうしたんだ?」
「いえ、魔族寄りにある村から流行病が発生しまして」
ふーん。
俺はそれを聞いてその程度にしか考えなかった。
正直なところ、勇者は病気にはならないというものがある。
なぜかは知らん。
そのため、俺には病など関係なく、また魔族よりの村ならば俺自身には関係ないということからきている。
「それの鎮圧に奔走しているのです」
ここで俺は一つ疑問に思った。
今までにもそんな話は聞いたことはあるが、俺は一度もこんなにも慌ただしいのは見たことがない、と。
しかし、疑問に思ったのは一瞬。
次には、多分規模が大きいものだったんだな、と自己完結した。
「そうか、頑張れよ」
「はいっ!」
頑張る姿のシレーナも可愛いな。
うぅ、我慢できるか?
そして勇者の興味はそちらへとすり替わるのだった。
それから一月以上過ぎた。
あの日から流行病が収まるところを知らない。
毎日忙しそうに働き続けるシレーナだが、病は無情にもそんな努力を砕く。
「なんとか助けてやりたいが」
しかし、俺にその知識はないので、手伝うことはできない。
ということで俺はその間も変わらず自堕落に過ごした。
それからすぐに、王から呼び出しがあった。
「んだよ」
今日も好きなことをしようと思ってたが、王からの呼び出しとなればそうも言えない。
ちっ、所詮は血だけの人間のくせに、選ばれし人間である俺を呼び出すとか偉そうにしやがって。
そうは思いつつも俺はわざわざ面倒なことはしない。
いつもどおり取り繕えばいいんだ。
玉座に座る王と、カーペットに沿うように立つ大臣たち。
前にきたときは、全員が俺を目に入れても痛くない、といった感じの視線だったのに。
なぜ、俺はこんなに憎々しげな眼差しを向けられている!?
勇者は視線を感じ取ることは得意だ。
視線だけでどう思っているかわかるくらいには。
「勇者よ」
王がその重い口を開いた。
「今朝方、魔族の国に送らせた暗部が気になる情報を持ち帰った」
魔族の国?なんだ、嫌な予感がする。
「その者たちの報告によると、勇者、貴様が倒したと報告した魔王が、生きておるそうだ。それも五体満足で元気に、だ」
…………はっ?
俺は一瞬その言葉の意味を理解できなかった。
魔王が生きている?
そんなはずはない!俺は確かに聖剣で胸を貫いた。
鼓動が止まってるのも確認した!
なのになぜ……。
俺の頭は理解した。
魔王がなぜ生きているかはわからない、がその魔王が生きていることによってもたらされるもののことを。
「その魔王は代替わりをした、というわけでなく?」
今は少しでも機嫌を損ねないようにこの場を切り抜けることだな。
「あぁ。昔から変わらないそうだ」
あぁ、どうするどうする!
このままじゃ今の生活ができねぇ。
それだけは駄目だ。
じゃあ、どうする。
「さて、勇者よ。この度の虚偽の報告。どう落とし前をつけるのだ?」
今の俺がすべきことは………ハハッ、なんだ簡単じゃねぇか。
「もう一度、魔王を討伐しましょう。今度こそ息の根を止めてご覧に入れましょう」
一度勝てたんだ。
今回だって大丈夫。
それに今回はシレーナもいる。
楽勝だ。
そう、楽観的に考えていた。
だから、勇者は出発の日まで一日の過ごし方を変えることはなかった。
それが何を招くかも知らないで。
・・・
いやぁー、面白かった。
「勇者のやつ。相当馬鹿だよな」
上手いこと取り繕ってたけどバレないと思ったかなぁ。あれで。
それに、王様も楽しそうだったな。
「今日の酒は上手くなるな」
このあと飲む酒は上手いんだろうなぁ。そんな想像をしたらそれだけで酔えそうだぜ。
えーっと、何考えてたっけ、あぁ〜そうそう。
ここに断言してやる。
勇者は負ける。
そして史上最悪の道化として笑いものにされるだろう。
「さぁ、お膳立てはしたぜ、本物の勇者になってみろよ(笑)」
はい、ってわけでそろそろ退場に向かって頂きましょう。




