異常者たち(カルテ伯爵「主人公の父」視点)
(五年前、主人公が城を追い出されたとき)
「私はおまえを甘やかしすぎたようだ。これから行くところで頭を冷やして心を入れ替えなさい」
私は娘の腕を掴み城外に連れ出した。
「申し訳ございません。あなた様のおっしゃる通りです」
娘が頭を下げる。
マリルレーゼの話では私の前だけではよい子のふりをしているとのことだ。
私は無言できびすを返し、城に戻った。
本気で怒っている様子を見せなければ、これが芝居だとばれてしまう。
このあと変装した衛士と新たに雇った侍女が娘を森の中にある別邸に連れて行く。
知らない人に連れて行かれて少し怖い思いをさせるのも計画の一つだ。
明日にはマリルレーゼが合流して、娘が怖い思いをするのは終了だ。
執事長の提案で娘を街から離し、街の子供たちとの接触を絶つ事が第一の目的だが、娘のわがままを強制する目的もある。
細かい部分はマリルレーゼに任せている。
娘が過ごす予定の別邸は、妻のセレジアが静養に使う予定だった場所でありとても静かだ。
穏やかな気持ちになって勉強に励めば、きっと立派な淑女になって帰ってくることだろう。
セレジア・・・あの子をどうか導いてほしい。
娘が戻ってくるまで三年かかった。
「お父様!」
別邸から戻ってきた馬車から降りるなり、娘は私に抱きついてきた。
「こら、挨拶が先だろう。離しなさい」
そう言うと娘は私から離れて姿勢を正した。
「ただいま戻りましたお父様」
娘が礼儀に沿った完璧な礼をする。
手紙で報告は受けていたが随分立派になり、そして大きくなった。
「お帰り、リーゼロッテ」
一年が過ぎ、娘を学園へ入学させる準備を始める時期がやってきた。
新しいドレスもいくつか新調しなければならない。
娘に度を超えた贅沢をさせるつもりはないが、伯爵家の娘として侮られないための準備は必要だ。
それに今は領内の犯罪組織を壊滅させ、その富を没収したので金銭的には潤っている。
まさかあの執事長や衛士の大半が犯罪組織に通じているとは思わなかった。
しかも奴隷売買まで。
奴隷は二百年前に教会が禁止しており、違反者は破門される。
だが犯罪者や借金が返せなくなった者を、刑期や借金を返し終わるまで強制的に働かせることは黙認されている。
彼らはそれを利用していた。
娘がそれに気づき、内密にとある傭兵団とつなぎを取ってくれなければ逆にこちらが危なかったかもしれない。
それに伴い屋敷の人員も多数入れ替えた。
それとは別に幼い頃から娘を教え導いてくれていたマリルレーゼが退職を願い出てきた。
「わたくしがお嬢様に教えられることはもうございません。学園に入学されますし、わたくしは実家へ帰ろうかと思います」
彼女の歳は確か三十半ばだったはず。
こちらで縁を結んでやらねばと考えていたが、実家の男爵家に帰ると言うことは男爵家から何か連絡でもあったのだろう。
いきなりの話ではあったが、私は今までのお礼をかねて退職金を多めに持たせて送り出した。
彼女の乗った馬が遠ざかる。
彼女には大変世話になったが、彼女の実家は遠方なのでもう会うことはないだろう。
「お父様」
振り返ると娘の明るい笑顔があった。
森の散策から帰ってきたばかりなのか、つばの広い帽子を被っている。
亡くなった妻の若い頃によく似たその姿を見てももう苦しくない。
「リーゼロッテ」
私は娘の名前を呼んだ。