終幕
「リーゼロッテ様が見つかったのであればなぜわたくしを呼んでくださらないのですか!」
扉から入ってきたのは立派な服を着た若い金髪の女性だった。
驚いて音のした方を見てしまったけど、呼ばれてもいないのに視線を向けてはいけない。
私は正面を向いて目を伏せた。
「あらリーゼロッテ様お久しぶりですわね」
私に名前は無い。
最初はお嬢様、次はオイとかオマエとか呼ばれた。
師匠がどうしても名前を言わなければならないときはエイリーンと言うようにと・・・
しかし師匠にそう呼ばれたことも、誰かにそう名乗ったこともない。
金髪の女性が話しかけているリーゼロッテ様とは誰のことだろう。
私の隣に立っている使用人二人のどちらかの名前なのだろうけど、声の主は私の前に立っている。
「だんまりですの。こっちを見なさい!」
この言葉は明らかに私に向けられている。
私は目線を上げた。
「何かご用がおありでしょうか月光様」
私は金髪の女性に目を合わせた後、深く頭を下げた。
「なにを言ってますのあなた?」
名前がわからない高貴な女性は月の光に見立てると昔教えて貰った。
だけど目の前の女性は明らかに不機嫌になっている。
「申し訳ございませんご主人様」
今度は太った男の屋敷でしていたように、土下座して額を床につけた。
こうした方が頭を踏まれたとき痛くない。
相手が不機嫌になったらとにかく謝らないと、更にひどい目に遭う。
私は蹴られたとき少しでも痛くないように体に力を入れた。
「な、何をしてますの・・・?!」
想像した反応と違う。
この対応も間違いだった。
どうしたら・・・
必死に次の行動を考えていたら、扉が開いて誰かが入ってきた。
「ご歓談中に失礼します。シュバルト教コーレンス大司教、ゲントバル司教、薬師の聖女が火急の用件でお目にかかりたいとのことです。いかがいたしましょうか」
「薬師の聖女も来ているのか・・・信仰は違えど薬師の聖女には五年前の疫病の件で借りがあったな。わかった、後日時間を作ると伝えよ」
「王太子殿下、それでは困るのですよ」
扉の方から数人の足音と年配の男性の声がした。
「いかに大司教といえど許可も受けずに入ってくるとはどういうつもりだ!」
ソファーの方から怒気をはらんだ声が聞こえ、それと同時に金属のこすれる音がした。
「剣は収めなされ。我らは近衛騎士が連れ去った薬師の聖女の娘を返してもらいに来ただけですよ」
「なんの話だ。そのようなことをする近衛騎士はおらぬし、そのような命令をした事実もない。後日この件については正式に抗議する」
「ポーリット子爵領の衛士が近衛騎士の証である虹色の騎士章を確認しています。まあそんなことより、聖女の娘はそこにいるではありませんか。目の前にいるのに知らぬと言われても困りますぞ」
知らない声だ。
だけど聖女と言う言葉・・・
私は僅かに顔を横に向け、声がした方向を見た。
「うぁ、しししあー」
師匠だ!
師匠が来てくれた。
私は立ち上がろうとしたけど足が上手く動かず転んでしまった。
「エイリーン!」
師匠がこちらに駆け寄ってきて私を抱き起こしてくれた。
「もう大丈夫だエイリーン」
そう言って師匠がいつものように大丈夫だとウインクした。
涙が滝のようにあふれてくる。
エイリーン・・・
師匠がつけてくれた名前
初めて呼んでくれた。
私は鼻をすすってから今の気持ちを言葉にした。
「お母さん!」




