貴族
お昼を過ぎ部屋に西日が差し込む。
痛い・・・
言われたことが出来なかったら叩かれる。
「お嬢様は貴族なのですよ。この程度のことが出来ないでどうしますか。もう一度です」
「はいマリルレーゼ先生」
さっき一度お手本を見せて貰ったけど間違ってしまった。
手の角度?
足の位置?
それとも表情?
私は必死にお手本の所作を思い出してもう一度行なった。
バシン!
「なぜ二度も間違えるのです。あの女と同じで家柄だけの愚図ですね。よく見ておきなさい」
度々口にするあの女が誰かはわからないけど、その言葉を口にするときはいつも怖い顔をしている。
マリルレーゼ先生は表情を一瞬で変え、お手本をもう一度見せてくれた。
わからない。
なにが違うの?
肘の曲げ方かな?
「わかりましたね。ではもう一度」
「はいマリルレーゼ先生」
質問をすると余計に叩かれるので、私は返事だけして間違っていると思う動作を直しておこなった。
「やれば出来るではありませんか。怠けていないで今度からは一度で出来るように努力しなさい。では反復練習をわたくしがよいと言うまで続けなさい」
「はいマリルレーゼ先生」
それから夕日が沈む頃になって、本を読んでいたマリルレーゼ先生から終了の声がかかった。
貴族は使用人より早く起きて寝台から出てはならない。
だから使用人より早く起きて寝台の上で文字の辞典を見ながら物語を読み、わからなかった文字を木枠に砂を入れた物に覚えるまで何度も書く。
眠たい。
疲れる。
でも貴族だから仕方がない。
貴族は恵まれているから努力を怠ってはいけない。
ランプの油をふんだんに使えるのは裕福な貴族だけだ。
平民は暗くなったら寝て、明るくなったら起きるらしい。
以前長い時間眠れる「平民になりたい」とこぼしたのをマリルレーゼ先生に聞かれたときはいっぱい叩かれた。
そして平民はとても苦労していると言われた。
内容は理解できなかったけれど、質問すると怒られるのでわかりましたと何度も答えた。
そして話が終わるとマリルレーゼ先生が治癒魔法を私にかけた。
傷や腫れはきれいに無くなった。
治癒魔法が使える者は少なく、こうした治療がすぐに受けられるのも貴族の特権だ。
街の人でもお金を払えば治療魔法は受けられるけど、怪我をしてから時間が経ってからでは傷跡が残ったり治らなかったりしてしまうらしい。
マリルレーゼ先生がお休みの日は宿題が終われば自由時間なので、夕方頃に少しだけ庭の花を見に行く時間がある。
私が机に向かって宿題をしていると、二階の窓から見える庭に複数の子供の姿が映った。
初めてだ。
普段は庭師の人がたまにいるくらいなのに・・・
話してみたいと思った。
貴族は使用人とみだりに話してはならないと教えられているので、マリルレーゼ先生以外と話をしたことは無い。
だけど使用人の人はみんな大人で、子供の使用人はいない。
使用人ではない彼らとなら話が出来る。
わたしは衝動に突き動かされて庭に出て、茂みの中にいる子供たちに近づいた。
「ねえ、お話ししませんか?」
「げっ!見つかったぞ」
「おい、まずいぞ」
声をかけたのに子供たちは自分たちだけで話をしていて私とは話しをしてくれない。
「ねえ、お話ししませんか?」
私はもう一度声をかけた。
「おいおまえここで働いてる人の子か?仲間に入れてやるからこっちに来い」
いっぱいいっぱい話をした。
子供たちは城壁にあいた小さな隙間から探検というのをする為に来たらしい。
最初に私は使用人ではなく貴族だと言ったら「勘違いしてる」と笑われた。
だから私の恵まれた生活を語ったら、今度は「そんな奴隷みたいな生活してる貴族なんているかよ」とまた笑われた。
別の子が「使用人は貴族の縁者が多いからね、お城で暮らしている人たちは自分たちを特別だと勘違いしてる事があるのは仕方がないんだよ」と言って私の頭を撫でた。
それから色々な話を質問されたり、外の話を聞いたりした。
なんだか不思議な感覚だった。
きっとこれが物語に書いてあった楽しい、という事なのだろうと思った。
そして翌日
宿題が出来ていないことをマリルレーゼ先生に問い詰められた。
そして何度も叩かれて子供たちとお話ししていて宿題が終わらなかったことを話してしまった。
更に激しく問い詰められた。
子供たちは何処の誰か?
なにを話したのか?
私は覚えている内容をすべて話したが、何処の誰かは知らないと答えた。
「今後わたくしの許可無く部屋から出てはなりません。良いですね!」
マリルレーゼ先生が手を振り上げたので、私は目をつぶってはいと答えた。