サイドストーリー 「残された者たち」
「行っちゃった……」
美人受付嬢の一人、佐藤は一人寂しく呟いた。日本最後の未踏破迷宮遺跡リュウグウジョウの入口に佇む様は、一枚の絵の様だ。
「お気に入りが巣立って寂しいの?」
「ひゃっ」
一人黄昏てた所に、後ろから声をかけられて佐藤は素っ頓狂な声を出してしまった。悲鳴を上げた佐藤の顔がみるみる赤くなる。
「五百雀 尊だっけ?特段目をかけてるもんねぇ」
同僚のからかいに佐藤は大慌てで否定する
「そ、そんなんじゃないって! ただ放って置けないだけなの。冒険隊を組んだのは良い事だけど相手が…」
「確かに"遺跡荒ら―っと、無免許上がりだけど、A級よ? それの何処が心配なのよ」
最もな同僚の言葉だが、佐藤は眉を潜めるのを止めなかった。
「別に〈無双の乙女卿〉の経歴について言ってるわけじゃないわ。私が心配なのは攻略速度のことなの。あの方、もの凄く速くて、一回の調査がとても長いの。毎回、深部まで潜るし。だからとても心配で…今回何処まで行く予定か知ってる?」
少し悩む素振りを見せて同期は答えた。
「う〜ん。この間が二層だし…第三層はないか。第四層とか?」
「普通はそう思うわよね。新米がいるし」
「え!?違うの?」
驚きを顕にする同僚を見て、困惑が自分だけではないと知り密かに安心する佐藤。佐藤は苦い顔をして彼らが向かう予定の階層を告げた。
「…第五層に向かうんだって。信じられる?」
「嘘!? 第五層!? マジで? かぁッ生ける伝説は考えることが違うね! それにしてもよく決意したわ、その新人。ある意味大物だね」
第五層。そこは第三層の大荒れた海とは違う意味での地獄が広がる魔境の一部だ。深部に挑む資格がある者を選別する篩ともいえ、多くの〈冒険者〉が命を落とす。生息する迷宮生物の強さも環境もがらりと変わり、第五層そして第六層を踏破できた者のみに深部への扉が開かれる。
そんな場所に〈冒険者〉になって一ヶ月ちょっとの新人を連れて行くというのだ。いくらA級冒険者とはいえ、余程自分の腕に自信があるのか、それとも余程のその新人に期待しているのか、あるいはその両方しかありえない。
「それが尊くん、二つ返事て了承したみたいなのよ。迷宮遺跡で夢を追えるのは実力者だけってあれだけ口を酸っぱくして言い聞かせたのに…」
「なるほどねぇ。あの啖呵を聞いてたから鮮明に想像できるわね」
尊があの日、【ギルド】にいた全員に聞こえる程の大声で自身の冒険に対する覚悟や熱意を語るのを聞いていた同僚は、二つ返事で了承する少年の姿が容易に浮かび思わず笑ってしまった。
「まぁ、諦めなさいよ麗香。あの少年君が言ってた通り〈冒険者〉の迷宮遺跡に対する憧れは誰にも止められないんだから。例え、その先に死しか待ち構えていないとしても彼らは諦めずに神秘に挑み続ける。それが迷宮遺跡に魅了された者の宿命なんだから」
同僚はリュウグウジョウの先に見え始めた太陽を見つめながら【ギルド】に伝わる詩を溢す。
「お伽噺の様な英雄譚、あるいは神話に語られる冒険譚が体験できる最後の秘境。想像もつかない危険に、恐ろしい怪物たち、そして摩訶不思議なチカラが渦巻く人類に残された最後の神秘。迷宮遺跡はただ在るだけで人々を魅力し続ける。何故なら神秘は夢で、夢がある限り憧れは止まらないから。……最初は意味不明だったけど、帰らぬ旅に出る〈冒険者〉を見送り続けるうちに何となく意味が分かった気がするの」
佐藤は俯き下を見た。
「私たち、見送る人に出来るのはただ祈るだけ。…果てしない神秘を暴く為に深淵に挑む彼らの夢が叶うことを祈って、生きて帰ってくれることを信じるしかできない。冒険を止めるのが無理なことくらい最初からわかってた」
「けど見送り続けるのは辛いなぁ。信じて祈るときも帰らないじゃないかって考えちゃうと悲しくなる」
震える佐藤の背を、同僚は優しくさすった。
「大丈夫だよ、麗香。少年君が死ぬわけないって! 彼には伝説がついてるんだよ? それに彼の憧れは強いもの。必ず帰ってくるから、気の利いた愚痴の一つでも考えときなさいよ」
「……うん。ありがとね、リツ」
〈冒険者〉の冒険は、終わらない。迷宮遺跡が在る限り、〈冒険者〉は果てしない深淵に挑み続ける。闇より深い深淵のその先に、まだ見ぬ神秘があると信じて。あるいは身を焦がす情念、まだ見ぬ冒険の為に〈冒険者〉は挑み続ける。
だからどうか迷宮遺跡よ。貴方が抱える神秘の、果てのなき深淵に挑む子らに、祝福を与えてください。少しでも彼らに導きを。
残された者にできるのは、祈りを捧げて待つことだけだった…。