英雄は色を好み、深淵に身を窶す
※サブタイ読み:英雄は色を好み、深淵に身を窶す
〈冒険者〉とか冒険に関して一丁前に語っていた俺は、今めちゃくちゃ俺好みなグラスマスでドエロいお姉さん、冴子さんに絶賛抱きしめられていた。
柔らかい物に包まれて幸せいっぱいな俺。もしかしたらここは桃源郷か?俺は今、天国にいるのか?
だがずっと幸せに微睡み続ける訳にはいかない。
「さ、冴子さん」
俺は何とか冴子さんの拘束から抜け出すと、息を整える。落ち着け俺、COOLになるんだ。
やばい今でも顔が赤い自身がある。けど下を向くわけにはいかない。意を決して冴子さんの顔を見るが、感極まって朱く染まった表情がこれまたエロくて…、て違う違う。
「本当に一緒に冒険してくれるんですか?」
「うん!尊くんは絶対にA級になる。だから、私が育てて上げる。英雄になれる様に、絶対。それで、二人で迷宮遺跡を冒険するんだ!」
「私、決めたことは絶対に曲げない性分なの。だから、今更無理!はなしだよ」
曇りない眼と、純然な言葉が俺の心に響く。現役の"生ける伝説"に、英雄になれると言われたら、不思議と英雄になれる気がしてくる。
これから待っているだろう輝かしい冒険。そして、触れることができるかも知れないまだ見ぬ神秘に胸が膨らんでくる。
「はい!よろしくお願いします!!」
俺はしっかりと頭を下げた。これから長いことお世話になるであろう、偉大な師匠に向かって。
それからの事はてんやわんやで掻い摘んで説明したいと思う。
俺と冴子さんは冒険隊を結成した。たった二人の零細だけれど、リーダーである冴子さんが現役のA級なので、ほぼ無制限に迷宮遺跡に挑める。最も俺がいるのでいきなり深部へは潜らないが、それでも俺が待ち望んでいた迷宮遺跡の深淵に触れられるのだ。感動ものだ。名前は〈夜の明け星〉、迷宮遺跡に光を齎すようにと願いが込められている。
共鳴岩で作成した俺の武器、〈衝撃斧〉は書類申請が通り、俺の武器としての所有が正式に認められた。また、汎用性が高くこれからの〈冒険者〉の冒険道具として製造されることが決定したのだ。
【ギルド】に預けて鑑定を待っていたら使いやすく整備されて返ってきたのはここだけの秘密である。
また、冴子さんこ二つ名について、あのベテラン先輩に教えて貰った。冴子さんの二つ名は、〈無双の乙女卿〉だそうだ。確かに冴子さんの武装にぴったりだと思う。
そして〈先導する黎明〉に居た頃の他の英雄たちの伝説とか、深部に纏わるアレコレを冴子さんから教わった。
これらはすべて冴子さんが、【ギルド】で休んでいる間の出来事である。
では、俺たちは今現在どこに居るのかと言うと。
リュウグウジョウの第二層、"惑わしの密林"と呼ばれる場所で特訓していた。
『下に潜れば潜るほど迷宮遺跡はその姿を変えるの。〈陸神鰐〉が上から降って来たみたいに私たちの想像を超えた危険が、あの手この手やってくる』
「はあ、はあ、っはあ―ごほっ」
汗だくになり思わず咳き込む俺。脳裏には冴子さんの言葉が焼き付いていた。
『万が一私たちが離れ離れになった時、活路を切り開くのは尊くん自身だけ。だからこの合宿で尊くんには迷宮遺跡で生き残る術を身に付けてもらいたいの』
生き残る術を身に着ける為に俺は最低限の武装のみ渡され密林の只中に放置されていた。
最低限の武装のみで迷宮生物を相手する場合に、どう対処するのか。
食糧がなくなった時、どうやって生き延びるのか。
補給なしでどう冒険者基地に帰還するのか。
そのすべてを身に付ける為に適しているのが、程良い強さの迷宮生物が生息していて、程良く過酷な"惑わしの森"なのだという。
〈衝撃斧〉とツルハシ以外に武器らしい武器は無く、食糧を僅か二日分しか渡されていないが俺は何とか生き延びていた。【ギルド】の研修でも山に行ってのサバイバル訓練を終えていて、今回の特訓も正直舐めていたがめちゃめちゃしんどい。マジで死にそう。
〈甲殻蟻〉や〈鉄蜘蛛〉など蟲系の迷宮生物の宝庫で、それだけどもキツイのに〈森牙狼〉という群れで行動する迷宮生物まで生息しているのだ。一瞬たりとも気が抜けない。
常に警戒する癖がついておかげで睡眠中でも僅かな物音で起きる様になってしまった。
それに何よりも蒸し暑い。次から次へと汗が滝の様に垂れてくる。
それに蒸し暑くて頭も朦朧としてしまう。手足の感覚が鈍くなり、気を張ってないと今にも倒れ落ちてしまいそうだ。
神経を麻痺させる瘴気を放つ〈麻痺茸〉の群生地でもあり、その所為で手足が痺れ易いのだとか。感覚の喪失は深部では日常茶飯事で、慣れろと冴子さんは言っていた。
俺はきつく握りしめていたお手製の棍棒を地面に落とすと、少しだけ休憩する為に地面に座り込んだ。〈衝撃斧〉は生存特訓中なので自主的に封印している。
すぐ隣には、棍棒で殴殺したばかりの〈森獅子〉が横たわっていた。頭部が人の顔をした獅子で、人を主食にする獰猛な迷宮生物だ。
こいつは物凄く速い。流石に〈大翼狼〉には劣るが、遮蔽物や障害物が多い密林を驚くべき身軽さで駆け抜ける。それに走る時の音はほとんどしない。コイツに狙われたら最後、気が付かないうちに音もなく命を刈り取られるのだという。
正直、この〈森獅子〉を仕留めることができたのは奇跡に等しい。
血生臭さを感じたのと、遠方で枝が折れる音が微かだが聞こえたおかげだ。
そのおかげで俺は〈森獅子〉の襲撃を前もって察知することが出来た。
音と臭いがなかったら俺は今頃腹の中で消化されている。感覚が鈍くなり、極限まで神経を研ぎ澄まして過ごしてきたおかげで、特訓前よりも五感が鋭くなり、より鋭敏化した気がしてやまない。
「はあ、はあ、はあ。今、何日だ。…全然わからん」
極限のサバイバル生活を続けてきたがとっくに時間の感覚は狂ってしまった。30日後に迎えに来る、とか言っていたが今何日か全然わからん。危なくなったら助けると言っていたのでそんなに遠くには居ないと思うのだが、未だに迎えにこないということはまだ30日経っていないのか?
「取敢えず食糧には困らなくて済みそうだ」
息絶えて力なく大地に身を投げる〈森獅子〉を見て俺はほくそ笑む。肉食だから美味しくはないだろうがその分、肉は栄養たっぷりな筈だ。これだけの量だ。今晩はごt―ッ!!!
体のバネを使って跳ね起きると、最低限の装備と〈衝撃斧〉を収納しているリュックの下へと全力で疾走した。そして油断なく〈衝撃斧〉を構える。
一瞬だけだが視線を感じたのだ。密林の木々の狭間から気配を隠して俺を注視し直ぐに消えたが間違いない。
「誰だ!!」
俺は気配のした方に叫ぶ。人であるなら、言葉で返事するだろうし、迷宮生物なら突然の大声に何かしらのリアクションをするはず。何一つ見逃すことがないように俺は、目を見開き、耳を研ぎ澄ます。
…。
……。
………。
おかしい。
変化がない。
思い過ごしか、それとも知能の高い捕食者か。確かに気配が
「―ッ!痛ってえ!!」
背後から背中を押され盛大によろけた俺は、疲労困憊気味ということもあり、地面に頭から突っ込んだ。誰がこんなことを。
何とか立ち上がり後ろを向くとそこには―。
「にししっ。まだまだだぞ尊くん」
にししっと笑う冴子さんがいた。
「予想以上の出来よ、尊くん。いや、想像以上だね。まさか〈森獅子〉に気付くなんて思わなかったな。これは流石に無理だって思わず助けかけちゃったもの」
「正直言ってギリギリでした」
一旦療養を取る為に帰還する途中、巨大ゴンドラの中で俺と冴子さんは、今回の特訓の反省会をしていた。
「それでも勝ったんだから凄いよ」
「勘が冴え渡った結果です」
「その勘が大切なんだよ、遺跡迷宮では。目に見える物だけを信じていたら必ず痛い目を見る。勘とか直感とか深部では生命線だからね。最後、私の視線に気付いたのだってそうでしょ?」
冴子さんの言葉に俺は正直に頷いた。
「はい。何となく視線を感じた気がして、それで警戒したんですけど…」
まさか秒で気配を見失うとは思わなった。気配を感じ取ることに自信を抱いたのに、出鼻を挫かれた気分だ。
「その感覚は大事だからね。姿形が見えない気配そのものを隠す迷宮生物を相手にするには、直感が何よりも必要になってくる。その手の感覚は鍛えて得られるものじゃないから、正真正銘尊くんの才能だよ。やっぱり君はA級になる素質があるよ。…それに私を見失ったのは気にしないでいいよ。あれは正直ズルだから」
ズル?気配を消すのが?気配を消すのは〈冒険者〉として必須の技能であって、卑怯ではない筈なのに。俺の抱いた疑問は冴子さんの次の言葉で、綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
「…よし!〈森獅子〉を単独で倒した実績ができたし直ぐにでもD級に上がると思うから、次から第五層まで潜ってみよう。〈夜の明け星〉初の遠征だね」
「よっしゃああああ!!!」
全十層構造のリュウグウジョウからしたらまだまだ中腹、されど一人では絶対に到達できなかった深層に挑めるのだ。より迷宮遺跡の神秘を目にできる。
これから始まる冒険の予感に俺は興奮を抑え切れないでいた。
「にしししっ。本当に尊くんは最高だね」
「え、何がです?」
「教えな〜い。にしし」
口を抑えて笑う冴子さんにドキッとする俺。
すかざす聞き返すもにししと笑うのみで全然取り合ってくれない。
「私のことを冴子って呼び捨てにできたら、教えて上げる。それに敬語も辞めれたらね」
俺の、俺たちの冒険は、始まったばかりだ!!
※終わりません
〈冒険者〉の主な収入源は、迷宮遺物や迷宮生物から採れた素材の売買です。迷宮遺跡由来の品はどれもが高値で取引されるので、それなりの収入になるのですが、遠征するとなると全然足りません。
食糧代や補給物資の確保etc馬鹿にならない程の費用が掛かります。
では、深部に遠征したい〈冒険者〉はどうするのか?深部に潜りたい〈冒険者〉の殆どが国、もしくは大企業とスポンサー契約を結んでいます。
スポンサーの求める迷宮遺物を発掘、あるいは迷宮生物を討伐したり、優先的に獲得品を売る代わりに、スポンサーから資金援助を得るのです。【ギルド】はスポンサー契約の仲介や斡旋、調停も行う〈冒険者〉のハローワーク的な機関であり、それ故に〈冒険者〉は【ギルド】と揉めることを忌避するのです。