表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校を中退したので〈冒険者〉になって、迷宮遺跡《ダンジョン》に挑む  作者: 鬼宮 鬼羅丸
第一章 されど止まりし刻は、再び動く(上)
5/39

迷宮遺跡《ダンジョン》への憧れは誰にも止められない

 まだまだ駆け出し〈冒険者〉である俺の勧誘ラブコールへの答えは、どういう訳か単なる困惑だった。

 より深い迷宮遺跡ダンジョンの深淵に身を預け、果てしない神秘の深みに挑む偉大な先達に、まだ迷宮遺跡ダンジョンに入って一日と経ってない若輩者が畏れ多くも仲間になってくれと頼んだのだ。普通なら激怒されても仕方ないと思う。というか俺だったら確実に怒ってる。


 だが冴子さんは困った様な、悲しい様な、それでいて少しだけ嬉しそうな複雑な表情を浮かべるだけだった。

 それ以降、気まずい雰囲気が流れ、ゴンドラの中は終始無言だった。ゴンドラを降り、【ギルド】の回収班に〈陸神鰐グランガチ〉の死骸を回収してもらう最中も【ギルド】への帰路の最中もとにかくすっと無言である。

 何やら険悪な雰囲気を察したのだろう。【ギルド】職員の人も無言になり沈黙が重い。あわよくば連絡先の一つをと思ったがそんな雰囲気じゃなかった。





 俺は迷宮遺跡ダンジョン周辺に建てられた街中を一人歩きながら歩いていた。

 冴子さんとの仲は絶望的だろう。せっかく繋げれた最高位冒険者との縁を俺の不用意な一言で完膚無き程に断ち切ってしまったのだから。

 だが、それが原因で悩んでいる訳でない。冴子さんとの仲が切望的になったのは俺の自業自得だからだ。


 冴子さんが別れ際に言った一言がどうしても引っかかっているのだ。


『尊くんなら大丈夫、きっと素敵な仲間に出会えから。…私みたいのに気安く口説いちゃダメだよ』

 どういう意味なんだろう。A(ランク)冒険者ならそれこそ引く手数多の筈だ。

 10年前にリュウグウジョウの未到達階層フロンティアに挑み帰還した、あの(・・)〈冒険者〉たちも皆、A(ランク)だと言えば少しはA(ランク)の凄さがわかるだろう。歓待こそすれ、拒むことはありえない。

 なのにどうしてあそこまで自分を卑下したのか?

 謙遜か?いやいや〈冒険者〉だぞ。ありえない。


 ―っと。そうこう悩んでいるうちに【ギルド】会館についてしまった。


 俺は扉を勢いよく開けると中に入った。視線が集まるが気にせず、俺は一直線に俺を担当する受付嬢の佐藤さんのデスクに向かう。


 唐突だが、〈冒険者〉の階級ランク制度について説明したいと思う。

 〈冒険者〉のランクは下はF級ランク、上はA級ランクの全部で六等級ある。

 見習いの[F(ランク)]、新人の[E(ランク)]、一人前の[D(ランク)]に、達人級の[C(ランク)]、その上に名人級の[B(ランク)]があり、〈冒険者〉の最高位に"生ける伝説"の[A(ランク)]が君臨する。

 講習を受け、研修を終えなければ免許ライセンスは発行されないのだが、通常〈冒険者〉に成り立てに発行されのはF級免許(ライセンス)だ。

 F級免許(ライセンス)では[F級(見習い)]が指し示す通り、単独ソロでは迷宮遺跡ダンジョンに潜れず、誰かD(ランク)以上の〈冒険者〉に師事する必要がある。


 では何故、〈冒険者〉になってま二日の俺が単独ソロ迷宮遺跡ダンジョンに潜れたのかというと、その秘密は研修にある。

 研修で座学、実技共にトップの実力者にはいきなりE級免許(ライセンス)が交付されるのだ。

 だから俺は単独で今日、迷宮遺跡ダンジョンに潜り無茶をやらかしまくり結果死にかけたが、ようするに歴代最高の成績を叩き出した俺は正真正銘の首席エリートなのだ。

 俺みたいに初日から単独で潜る阿呆は俺くらいで、あとはみんなそれなりの高(ランク)の〈冒険者〉に師事するのが常であり、今日迷宮遺跡(ダンジョン)に潜る前にわざわざ迷宮遺跡ダンジョン前で再三に渡り忠告と言う名の説得をされた。要するに正気か、お前?ということなのだろう。


 で、どうして俺が視線を集めたのか。

 まあ要するに首席エリートに対するひがみだ。

 あるいは羨望かもしれない。

 もしくは有望な新米を一目でも見ておこうとする好奇心という可能性もある。

 後者なら大歓迎で、是非とも迷宮遺跡ダンジョンに纏わるアドバイスをお聞きしたいところだが、前者なら気にする価値もない。

 〈冒険者〉のランクに敬意を抱くことはあるかもだが、ランクを僻んで何になるんだろう?


「五百雀さん!五百雀さん!あなたの番ですよ!」

 おっと考えごとをしていたらいつの間にか俺の番になっていたみたいだ。


「あ、すみません。考え事をしていて」

「もう。迷惑かけて!新人でこれだけ心配させたのあなたで初めてですからね」

「今のハジメテの部分をもう一度お願いします。出来れば色っぽい感じで」

「さっさと要件を言う!!!」

 セクハラをかまし安定のボケをした後で、俺はようやく本題を切り出した。




「第二層で〈陸神鰐グランガチ〉に遭遇して、自作の武器で討伐したあああ!!!!!!!!!」


 俺の説明に佐藤さんが思わず大声を上げ、それが聞こえて周囲がざわめきだした。


「あれだけ二層降りるなって言ったのに何で降りたの!?普通、初心者が初日に単独で降りませんよ!!」


 佐藤さんの凄まじい剣幕に押されてしまうが俺はおずおずと自作の〈衝撃斧ブラストアックス〉を掲げて見せる。

「ご、ごめんなさい。その、買取の方は申請しといたんで、それでこの自作武器の所有申請をしたくて…」


「そんなのは後でいいです!…言ったでしょう!〈冒険者〉は夢を追い神秘を暴く職業ですが、初心者は夢を追っちゃダメだって。初心者は冒険しちゃダメ!神秘を暴く前に迷宮遺跡ダンジョンに取り込まれちゃいますよ!!」


 佐藤さんの一言一言が俺の身を案じてのことだと良くわかる。だから、余計に申し訳ない。だから…。


「ごめんなさい。…だけど死んでも俺は悔いはありません」



「はあ!?あなた、私が―」


 俺は佐藤さんの目を真っ直ぐ見て口を開く。


「死を恐れようじゃ〈冒険者〉にはなれないでしょ?」


「―ッ!」

 俺の紛れのない本心からの一言に、佐藤さんはおろか聞き耳を立てていた先輩たちまでもが息を呑む。だが俺は気にせず本心を告げる。


「富とか名声とか、名誉とか。…そんなのはどうだっていいんです。たくさん冒険して、少しでも迷宮遺跡ダンジョンの謎に触れられればそれだけでいいんです」


「だ、だけど私はあなたの為を思って。…あなたに大成して欲しくて―」

 

 本当に身を案じてくれている佐藤さんには悪いが、それ以上は聞きたくなくて強引に話を変えてしまう。

「そんなことよりも、とある〈冒険者〉について聞きたいことがあるんですが」


「…はぁ。〈冒険者〉について、ですか?守秘義務に反しない限りならお教えできますが」


「A(ランク)冒険者の神楽坂 冴子さんについて知りたいです。一緒に冒険がしたくて」


 俺が冴子さんの名を出した瞬間、佐藤さんは困った顔をして聞き耳を立てていた先輩たちは騒がしくなり、カウンターの奥や他の受付嬢たちもヒソヒソと話を始めた。


 一気に場の雰囲気が急変し、きな臭くなってきたのに対し俺は困惑してしまう。


「よう兄ちゃん。ちょっといいか?」


 禿頭で目に大きな傷があり重瞳の男性冒険者が俺に話しかけてきた。見るからにベテランの風格が漂っていて、高(ランク)の〈冒険者〉だとお見受けする。それなりの深部に潜っていそうだ。(後で聞いた話なのだがB(ランク)の大ベテランで今回はたまたま【ギルド】に用があり休憩していたらしい)


「兄ちゃんの〈冒険者〉の覚悟よく聞かせて貰った。その年で大したもんだ。ベテランが辿り着く境地に兄ちゃんは既にいやがる。天性って奴かもしれんな。俺の仲間に欲しいくらいだ」


「あ、ありがとうございます」

 ベテランからの急な称賛に俺は少々照れくさくなる。富や名声はいらないと先程、豪語したが称賛は別だ。叩き上げのベテランに褒められる程嬉しいことはない。


「だからアイツに関わるのだけは止めときな。お前さんの輝かしい冒険譚にケチがついちまう。勿体ないぞ」


「アイツは元、"遺跡荒らし(ハイエナ)"だからな」


 どうして勿体ないのか。

 そう問い掛けようとした瞬間にベテランが言い放った言葉に俺は衝撃を受けてしまう。

 何故なら、"遺跡荒らし(ハイエナ)"とは無免許シーフの蔑称だからだ。許可なく迷宮遺跡ダンジョンに立ち入りを迷宮遺跡ダンジョンを荒らす盗掘者という意味で、〈冒険者〉から忌み嫌われていて、国によっては死刑の対象になる許されざる大罪扱いされる。日本では無期懲役が妥当だ。


 だが、仮にそうだとしてもおかしい。冴子さんはA(ランク)だ。

 無免許シーフ免許ライセンスを取得出来る筈がないのだ。だってどこの国の【ギルド】でも、元無免許(シーフ)免許ライセンスを絶対に発行しないのが原則だから。


「え?冴子さんはA(ランク)ですよ?それが元、無免許シーフだなんてありえないです」


「アイツはこそこそと迷宮遺跡ダンジョンを荒らし回ってる時に、日本最高峰の〈冒険者〉に拾われた"遺跡荒らし(ハイエナ)"上がりの卑しいヤツだぜ。


先導する黎明(パイオニア)〉のリーダー。今もなを未到達階層フロンティアに挑み続けている現役のA(ランク)、〈先導する黒鬼(ブラックヴァンガー)卿〉に気に入られて、…そのコネで免許ライセンスが発行されたインチキ女だ」


「―ッ!」


 俺はその言葉に息を呑む。


 〈先導する黒鬼(ブラックヴァンガー)卿〉とは鬼龍牙崎きりゅうがさき 明陽こうようという生ける伝説の二つ名である。

 10年前にテレビでインタビューされ、俺が〈冒険者〉を目指すキッカケになった偉大な〈冒険者〉だ。

 打ち立てた功績の数々は最早伝説で、日本が誇る最高の〈冒険者〉、日本が迷宮遺跡ダンジョン産業で圧倒的優位に立っている要因である。その二つ名に見合い〈冒険者〉たちの先頭に君臨し、〈冒険者〉を先導する功績を打ち立てた歴史に残る偉人。

  

 そんな生ける伝説に気に入られたのであれば、そりゃ【ギルド】も免許ライセンスを発行せざる得ないだろうし、政府も特赦するしかない。それに紛れもない最上位冒険者に気に入られたのであればA(ランク)であることも頷ける。


「"遺跡荒らし(ハイエナ)"上がりと組んだとなれば兄ちゃんの経歴に傷が付く。だから、止めとけ。何なら俺が兄ちゃんに見合った奴を紹介してやるからよ」


 そうか、だから冴子さんは…。ならば俺はやっぱり。


無免許シーフだからA(ランク)が卑しいんですか?不名誉な蔑称で呼ばなきゃならない程に。俺は無免許シーフ迷宮遺跡ダンジョンに潜った冴子さんに敬意を抱きこそすれ、嘲ることは何一つないと思います」


「ちょっ、たけるくん!?一体何を―」

 今まで黙っていた佐藤さんが口を挟んでくるが俺は止まらない。

 だって―。


「だって無免許シーフってことは迷宮遺跡ダンジョンについて何も知らない状態で迷宮遺跡ダンジョンに潜って生き続けたってことですよね?凄いじゃないですか。確かに無免許シーフ迷宮遺跡ダンジョンに潜ることは許されたことではないかもしれません。だけど、それだけ迷宮遺跡ダンジョンへの憧れが強かった証なんですよ?」


「―ッ!」


「俺は〈先導する黒鬼(ブラックヴァンガー)卿〉に気に入られるほどの逸材だった冴子さんに敬意を抱きます。しかも彼女は現役のA(ランク)、話を聞いて何がなんでも一緒に冒険がしたくなりました」

「だ、だから何度も言うようにアイツは"遺跡荒らし(ハイエナ)"上がりで」


「皆さんは〈冒険者〉以外の道を考えたことがあるんですか?俺はありません。迷宮遺跡ダンジョンに魅入られた馬鹿が〈冒険者〉でしょ?人類に残された最後の神秘、つまりよく分からない場所に夢とロマンを見出し、神秘と冒険の為に命をなげうつ、迷宮遺跡ダンジョンに恋い焦がれて止まない正真正銘の阿呆。だったら分かりますよね?迷宮遺跡ダンジョンは何人も拒まない。


 迷宮遺跡ダンジョンへの憧れは誰にも止められない」


「―ッ!」

 俺の一言に、ベテラン先輩は息を呑む。佐藤さんは目を見開き、俺の話に聞き入っていた人は皆、騒然とした。


「白状しますけど、俺。〈冒険者〉研修、落っこちてたら無免許シーフでも迷宮遺跡ダンジョンに挑むつもりでした。だから俺は冴子さんに嫌悪感はありません」





「―尊くん!」


 俺の名を呼ぶ感極まった声が聞こえたと思うと、俺の視界は何か柔らかい物に包まれ封じられた。というかあの声は、


「冴子、さん?」


「尊くん、私、私!」

 どうやら俺は感極まった冴子さんの胸に頭を挟まれ、全身を抱きしめられてるらしい。全身で柔らかくもしたたかな感触を感じるし、少々薫る汗の匂いと、いい匂いに頭がクラクラする。


「尊くん!一緒に冒険しよう!いいや、無理矢理でも私が引っ張ってく!私、決めたから!」


 胸、つまりおっぱいの感覚に頭が麻痺していた俺は、冴子さんの一言に完全に思考を停止した。



――――――――――




 彼の輝かしい冒険譚を私が穢しちゃいけない。


 だから彼女は身を引いた。まだ実力がないが創意工夫に溢れバイタリティある有望な新人だった。自分たちの領域に到れる逸材だと確信できる、魅力のある若者だった。

 正直に言うと気に入ってもいた。だから、断腸の思いで彼の勧誘を蹴った。彼女を色眼鏡で見た訳でもなく、純粋に功績だけで判断してくれた彼を彼女は大変気に入っていたのだ。思わず一緒に冒険する様を思い浮かべてしまうくらいに。


 けど彼女は卑しい存在だ。伝説に気に入られて特例で〈冒険者〉になれた盗っ人。そんな自分といると彼の冒険にケチがついてしまう。


 だから潔く身を引いたのだ。身を引いた筈なのに、


 彼女は聞いてしまった。聞いてしまったのだ。深部で見つけた迷宮遺物レリクスの査定に【ギルド】を訪れていた時に、彼の叫びを意図せず聞いてしまった。



 彼がまさか、既に私たちと同じ領域に精神が立っているとは思わなかった。

 

 彼の揺るぎない覚悟を聞いて思わず感嘆の息を吐いた。


 彼の冒険に対する想いを聞いた時、感動した。


 そして、彼の迷宮遺跡ダンジョンに対する憧れを語り始めた時、私の胸の奥で熱い何かが込み上げてきた。限界だった。

 胸を渦巻く熱い情熱を抑える術を私は知らない。知りたくもない。


迷宮遺跡ダンジョンへの憧れは誰にも止められない』


 確かにその通りだ。



 彼女が気が付いた時、彼女は彼を万感な想いで抱き締めていた。

「尊くん!一緒に冒険しよう!いいや、無理矢理でも私が引っ張ってく!私、決めたから!」


 

 彼を二度と手放さい。彼は自分と冒険するのだ。

  

 きっと今、私は赤い顔をしている。だから彼の頭を胸にかき抱き、私の顔を彼の視界から隠す。きっとこの胸に渦巻く感情は……。


 お姉さんを本気にさせたんだ。たくさん振り回すから覚悟してね?絶対に英雄にさせるんだから!


〈冒険者〉の二つ名について


 素晴らしい功績を打ち立てた〈冒険者〉に【ギルド】から贈られる称号。その人の人柄や、〈冒険者〉としてのスタイルを表現する。A(ランク)になると例外なく"二つ名"が贈られ、二つ名は人々からの畏怖の対象たりえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ