新天地の洗礼
第六層の中央から少し離れた浮島。【ギルド】に見せて貰ったリュウグジョウの概略図にも載らない様な小さくちっぽけなそこを、俺と冴子さんは周囲を警戒しながら進んでいた。
「この辺りの空気は、少し重たいですね。少し塩っぱい気もしますし、滝の影響ですか?」
肌がやたらとべたつき重い。少し鼻がツンともする。
「そうだよ。ここの滝の落差は約4379メートルあるからね。上と違って岩盤がないし、滝が空気に凄く散り易いの。ここら辺が禿げてるのは、空気の塩気が多い所為で植物が育たないからなんだ」
本流が目に見えないほど遥か上空にある様な滝だからな。すると、当然。
「散って細々としても少ない量の水が下に届くから、本当にここの滝の水量は桁が違うんだな。…あれ、ひよっとするとひょっとしなくても、怪我したりでもするとマズイんじゃ?」
なんだか嫌な予感がしてきた。
「―?迷宮遺跡内での怪我は、どの層でも危ないよ?…なんてね。ご名答、第六層での怪我は2つの意味でヤバイよ。第六層の空気は基本的に塩気を帯びてるから、その意味でのヤバいがまず一つ。あと一つなんだけど…第六層の別名はなにかな?」
「……暴竜の巣窟、です。はい」
つまりはそういうことなのだ。
「〈暴竜〉の縄張りのど真中で怪我して血でも流したりしたらどうなるのか?想像するまでもないでしょ。ま、それでも怪我する時は怪我するから…前に言ったけど、後腐れないように全力で徹底的に殺るのが一番だね」
ただでさえ獣の縄張りで血を流すと厄介なのに、ましてや〈暴竜〉の縄張りのど真ん中で血を流してはどうなるのか?想像するまでもない。
「何せここは、リュウグジョウ第六層。深部への入口だから。二つ名持ちや、【強化種】の宝庫だよ。胸が踊るでしょ?気を抜いたら直ぐに地獄に叩き落される、常に死と隣り合わせのスリル満点な場所さ。―ここでは〈暴竜〉たちが、互いに喰って喰われて壮絶な食物連鎖を繰り広げてる。〈冒険者〉が人間である以上は、その食物連鎖の下部にいることを自覚して行動しなきゃ…あっという間に喰われてしまう。翼もないし無尽蔵の持久力も無い弱者は身の程を弁えないとね」
〈暴竜〉同士が互いに喰い合う壮絶な生存競争を繰り広げているのが、この第六層である。
ここでは〈暴竜〉を含む全ての生き物が被食者で、全ての〈暴竜〉が捕食者だ。
翼がなく、竜息もない弱者は、彼らにとって食いでの悪い餌に過ぎない。
地を這う虫ケラは、虫ケラなりの戦いをしなければ。そう締め括る冴子さんに、俺は疑問をぶつけた。
「〈切り開く咆哮〉でも太刀打ちは厳しいんですか?」
〈大翼狼〉の肩を消し飛ばしたあの迷宮遺物ならば、〈暴竜〉の鱗など物ともせずに〈暴竜〉を退治できるだろう。
ただ一つ心配なことがあるとすれば、制御が効かなそうなことだ。冴子さんのあの武器はどちらかと言うと直線上の物を消し飛ばすことに優れていると俺は睨んでる。あれを取り回すことは中々に難しそうだ。
「〈切り開く咆哮〉は直線上の物を無差別に消し飛ばす武装だから火力の調整が効かないんだよ。一直線上の全てを満遍なく消し飛ばすのには優れてるけど…、予備動作が長いし、細やかな射線制御が難しい。だから一箇所に固まってくれたなら殲滅しやすいけど、バラけてる集団を相手取るのには向いてないかな?けど、安心して。別の武器を使うから」
「別の武器ですか?楽しみです」
どんな武器を扱うのだろうか?現役のA級が扱う武装が如何様になるのか、〈切り開く咆哮〉の威力を知る身としてはワクワクが止まらない。
「尊くんも、新しい迷宮遺物を武装しなきゃだね。〈衝撃斧〉一本じゃ心許ないし、格好がつかないもん」
「出来れば近接武器がいいです。片手で持てるヤツ」
そうすればやっと二刀流になれる。せっかく檀五郎さんのおかげで踏ん切りがついたのに、肝心の得物が無いので二刀流できませんじゃ申し訳ない。
なるべく未開拓のルートを通っていくというが、一応俺たちは依頼を受けている身なので余り寄り道はできない。
何かしらの迷宮遺物は見つけれると思うが出来れば武器、それと片手で使う様な物がいいと願わずにはいられなかった。
まぁ、しかし。……狙った迷宮遺物が出土することなど早々無いと思うが。せいぜい武器庫と思われる場所を探索して、武器系の迷宮遺物を発見できればラッキーな感じだ。
「う〜ん。狙った迷宮遺物が出るかどうかは尊くんの運次第だからなんとも言えないなぁ。―っと、島の端に着いたよ」
「あ、本当だ」
島の地面が切れて空が見える。
俺は慎重に駆けつけると、ゆっくりと頭を乗り出し下を見た。
「おお!これが"天空の廃墟"、未踏破区域か」
眼下の大きな島。リュウグジョウ概略図から記載が消され、【ギルド】に口頭で伝えられる、その幻の島を見下ろすが。
島全体を一面覆い隠すかの如く、草臥れた遺跡が広がっていた。
長い年月を経て、朽ち果ててる箇所が見受けられる古い古い遺跡が塩気で荒れた土地を隈なく覆っているのだ。
「未だ手つかずの部分が多い、未知と言っても差し支えない遺跡だよ。掘り尽くしてない箇所がたくさんあるから何かしら見つかるよ」
「なんでこんな宝の山が放置されてるんですか?【ギルド】の概略図からも消されて」
「【ギルド】が消したのは他国の干渉を避けて、盗掘を防ぐため。手つかずの住居跡なんて、他国からしたら垂涎モノのお宝だからね。で、放置されてる理由だけど……」
ドオォオオオオオンン!!!
重量ある何かが背後に着地したのを、気配や音で認識する。
途端に重厚な気配と、纏わりつく様な殺気が辺りを包み込む。俺と冴子さんの逢引を邪魔した無粋な乱入者は、乱入すると同時に場の空気を支配せしめた。
『宝の山に近づくべからず』、『竜の眠りし場所に宝あり』という〈冒険者〉に伝わる諺がある。
竜が光り物を好み、財宝を巣に集める話はファンタジーの定番だが果たしてそれは正しい設定であった。
実際に、迷宮遺跡に棲む〈暴竜〉も財宝が大好きだし、財宝が眠る遺跡があれば(尚かつそこが〈暴竜〉の生息する階層であれば)そこには必ず、
―〈暴竜〉がいる。
「キュォォォオオオオオオオ!!!!」
黒くも碧い鱗を身に湛え、時折小さな雷を角からも放出する〈雷竜〉が、口を開け口腔から青い光を迸らせながら、俺と冴子さんを睥睨しながら佇んでいた。
「…この辺りは〈暴竜〉の巣が近いから、放置されてるのさ!
「そう見たいですッね!」
俺は、次々に集まってくる〈暴竜〉たちを睨みながら〈衝撃斧〉を正眼に構えるが。
「―チッ!早速かよ!尊くん下がって!!」
冴子さんがそう叫ぶので俺は大地を蹴り後ろに下がった。それでも〈暴竜〉から目を離すことはかく、殺気を込めて怯まずに己を鼓舞する為にも〈暴竜〉を睨み付ける。
「〈雷轟纏いし剣〉をまさかここで使う羽目になるとはね」
冴子さんは腰に下げてある複数本の剣のうちの一振りを鞘から抜き放った。
黄金に光り輝き、ド派手な装飾が施された美しい刀身が顕になる。
そして建御雷神の名に相応しい、荒々しい雷を刀身に纏っていた。
「最大出力、全放出!薙ぎ払え!!!」
剣先から幾条もの雷が放たれ、次の瞬間。
視界を白い閃光が覆い尽くした。
凄まじい轟音が鳴り響き鼓膜が破れそうだ。
永遠にも思えた光が収まると、そこには悲惨な光景が広がっていた。
幾条もの雷に身を焦がされ炭化した〈暴竜〉の亡骸が幾つも転がり、焦げた炭臭い匂いが鼻をつく。
「粗方削れた、かな?最大出力による範囲型の殲滅攻撃。天地轟雷って私は呼んでる。凄い威力でしょ?にしししっ」
腰に手を当て笑う冴子さん。
「まだ肌がビリビリしてますよ。ーっと」
俺は背後から迫りくる〈暴竜〉の牙を、ひょいとその場にしゃがみ込むことで躱した。
「すべてを冴子さんに任せっきりじゃ、情けないですからッねぇ!」
〈衝撃斧〉を振りかぶると、思い切り〈暴竜〉に叩きつけた。
よく見ると、さっきの〈雷竜〉だ。同じ雷を扱うモノとして、電気にある程度耐性があったのだろう。未だに荒ぶる意思を力強く感じる。
だが雷の威力は、冴子さんの〈雷轟纏いし剣〉の方に分があったみたいだ。所々鱗が焼け落ちている。
「よっ、と」
〈雷竜〉の竜息である雷の奔流を躱すと、〈閃光石〉を勢いよく投げ付けた。
〈雷竜〉の硬い鱗にぶち当たり、罅割れた〈閃光石〉は目が眩む様な眩し過ぎる痛烈な閃光を放つ。ゴーグルを着けていた俺は意に介さないが、〈雷竜〉は目元で光ったのもあり平衡感覚を喪ったみたいだ。
よろよろと地に墜ちると、気が触れたかの如く暴れ回った。
"竜を地に落とす"。
天空に君臨せし王族を地に墜とすことが、竜退治の大前提であり基礎だ。
――そして、
「喰らえぇえ!!フル、スイングーー!!!!」
檀五郎さんに教わった"竜の逆鱗"目掛けて、〈衝撃斧〉を全力で振り抜いた。
グシャオオオオオオ!
硬い物を砕く耳障りな音が鼓膜に届き。
「痛ってえ!」
〈衝撃斧〉でも殺し切れなかった衝撃が手首を襲い、俺はあまりの手首を抑えて悶える。一応言っておくが厨二病患者ではない。
逆鱗を砕かれた〈雷竜〉は断末魔をあげるや否や直ぐ様絶命したのであったが、さしもの俺の相棒も〈暴竜〉の鱗を砕いた衝撃は流石に殺し切れなかったか。
格好つけた端からこれじゃあ、本当に情けないったらありゃしない。
しかし、だ。手負いとは言え単独で〈暴風竜〉を。しかも、ただでさえ最強の自然竜の中でも、最強種と名高い〈雷竜〉を討伐出来た訳であり。
これで少しは、英雄に近付けたのではなかろうか?
少しは、自惚れていいのではなかろうか?
「いおおっしゃああああ!!!」
「うるさい馬鹿!!!」
調子に乗った若輩者は、直ちに先輩に頭を叩かれたのであった。
……。
………というより俺である。
「喰らえ!漆黒の波動」
とか技名を叫ぶ作品あるけど、俺は技名叫ぶのはダサく感じる派です。スキル名を呟やいたり、魔法詠唱ならわかるけども、ロマンはわかるけどそれでも少し苦手です。
なのでこの作品では、作中きってのお調子者(おお馬鹿野郎)である尊きゅんがイキって叫ぶか、ポツリとスキル名をかっこよく呟く感じでしか技名をだしません。……たぶん




