追う者と追われる者、喰う者と喰われる者
「私の予定だと、第五層に到達したら4日くらいゆっくりしてから”母なる古樹”を目指すつもりだったけど、可能な限り急いでって話だから今から向かいます」
【ギルド】が俺たち〈夜の明け星〉に提示してきた依頼を受けることにしてから、俺と冴子さんは中継基地の外れで作戦会議をしていた。
「”母なる古樹”ですか?第五層の象徴とされるあの?」
「そう。その”母なる古樹”だよ。迷宮遺跡に生息する樹木の中でも一際珍しい、このリュウグウジョウにあるのも含めて3本しか確認されていない幻の古樹。場所自体はそんなに遠くない、ここの真下60メートルにある浮島に生えてるのさ。だけど、そこに行くまでが大変なんだ。なにせ、文字通り空を降りるからね」
第五層は宙に浮かぶ島々しか足場はない。人間である俺たち〈冒険者〉は、島と島を結ぶ植物の根や、ロープに命を預け、昇り降りを繰り返しながら進む。
「命懸けのクライミングですね。……胸が鳴りますよ、まったく」
落ちたら最後、遥か眼下の海に真っ逆さまだ。本当に胸が鳴る。胸が高鳴り過ぎて心臓が痛いくらいだ。しかも、第五層の危険はそれだけではない。
「迷宮生物との戦闘は避けて、最高速で降りるよ」
俺たち〈冒険者〉は昇り降りするのに精一杯だというのに、この層に生息する迷宮生物はほぼ全種が空を飛べるのだ。
三次元を縦横無尽に駆け回る奴らと、重力に縛られて二次元的動きしかできないニンゲンとは生きる世界も戦う土俵も全然違う。はっきりいって空を飛べれるのは卑怯だ。
「分かりました」
覚悟を決めて俺はしっかりと頷く。こんなところでへこたれる訳にはいかない。俺は大冒険をするんだ。迷宮遺跡の深淵を覗かなきゃならない。
俺の返事に、冴子さんは気をよくしたのか歯を見せて笑った。
「にししっ良い目だね。頼もしいよ。
さ、行こう。第六層までの直下降だ」
第五層での冒険が始まる。
「―チッしつこいなぁ!」
〈天蜘蛛の巣糸〉の蜘蛛器を適度に握りつつ、俺はできる限りの最高速度で空中を降りる。
糸を排出する際の摩擦で火花が生じ顔が熱いが気にする余裕はないし、摩擦で耳障りな音がずっと鳴り響いてはいるがそれも無視だ。
〈天蜘蛛の巣糸〉、それは〈冒険者〉御用達のアイテムのことで、蜘蛛の形状をした器から、伸縮自在の糸を出す〈希少級〉の迷宮遺物である。
蜘蛛器の腹の部分を握ると限り糸が伸び、頭の部分を押せば糸を巻き取る、迷宮遺跡探索でこれ以上ない程に冒険に役立つ便利な迷宮遺物で、〈冒険者〉には【ギルド】から全員に支給されている。俺の持つ奴は150メートル糸が伸びる。
地に足着くと、〈天蜘蛛の巣糸〉の腹を離すと思いきり下に引っ張り、勢いよく振り上げる。すると、上の方で留め具が外れる音がしたのでが頭を押しながら、全力でその場から離れた。物凄い勢いで〈天蜘蛛の巣糸〉が糸を巻き取るので、正直うるさいし熱いが気にしてる余裕はない。
走りながら耳を研ぎ澄ませてる―、今だ!
俺は〈天蜘蛛の巣糸〉を身体から離すと、後方から前へと横に水平に払う。
すると、未だ巻き取られ続ける糸が、遠心力に従い円を描きながら前方へと流れて、そして完全に巻き取られ留め具が〈天蜘蛛の巣糸〉の排糸口にがっちりと音を立てて嵌った。
移動しながら糸を巻く際は先程の動作をやらないと、留め具が加速して暴れて大変危険なので、〈冒険者〉を目指す者は何が何でも習得すること。
じゃないと15gはある鉄の塊が時速60キロで頭部目掛けて突っ込んで来ることになります。
「こっち!早く!!」
先頭をいく冴子さんが叫ぶ。そしてジャンプしたかと思うと、冴子さんは視界から消えた。
背後から近づいてくる死の気配に俺は、背中を燻られる思いをしながらも走る。
目の前に崖がある。下は見えない。
しかし、冴子さんが消えたということはそういうことなのだろう。
とにもかくも俺は思いきり飛ぶ。
それなりに助走はしたので、結構飛んだ。ちょうどいいタイミングで突風も吹き勢いがつく。視線を下に向けると丁度、草原があった。冴子さんもいる。落下する瞬間を見極め―、手を付くと転がることで勢いを殺しそのまま立ち上がり再び走る!
ドオオオオンとまるで雷が落ちたかのような轟音と、バチバチと電気を散らす音がまた背後で聞こえた。
「いい加減にしつこいぞ!はあ、はあ。〈雷獣〉!!!」
振り返る余裕もなく再び走る。
さっきから肌が少しピりピリするのも、やたらと静電気がおきやすいのも全部、どこまでもしつこい〈雷獣〉のせいだ。
「もう少しで、撒けるはずだから頑張って!!」
俺がついて来てるか時折確認しながら冴子さんは走る。
そしてただ只管にその後ろをついていく俺。
何度目かわからない島の端に辿り着くと、
「〈天蜘蛛の巣糸〉用意!」
杭を〈衝撃斧〉で奥深くに打ち込むと、留め具を取り付けそのまま飛び降りた。
飛び降りた衝撃で腕が持ってかれて肩が外れたが、そんなことはどうでもいい。迷宮生物由来の耐熱性に優れた手袋でロープを思いきり掴み減速を図る。
熱は感じないが握力が乏しい故に思うように減速しない。
まずいな!このまま地面に着地すると足が潰れてしまう!
何k―
「ぐへえ!」
腹が何かに圧迫され変な声が喉から飛び出してしまった
どういうわけか俺の落下地点にやってきて、俺を冴子さんが抱きかかえたのだ。さらに、俺は宙を降りていたはずなのに、いつの間にか崖にいる。
ツルハシや杭、そしてロープを複数本使って、冴子さんは自身の体と俺を強引な手段で崖に固定していた。というか、俺自身の武装だけでなく食糧やら何やらで相当重いと思うのだが、よく俺を腕一本で抱えられるな。男としてのプライドもそうだが、俺の中でのA級のイメージがズタズタになっていく。A級はこうまで人外なのか。
というかアイツは!!!
「キュゥア”ア”ア”」
雷鳴が鳴り響き、稲妻を身に纏いやって来た〈雷獣〉は、リスの様な齧歯をカチカチと打ち鳴らし、長い尾からバチバチと放電させながら、俺と冴子さんの周辺を走り回っている。
自身の放電やら何やら超加速して空を走り回る様な怪物、〈雷獣〉が俺たちの頭上をジグザグに旋回し続ける。俺たちを嘲笑っているのだろうか。
「畜生目が!」
俺は悪態をつきながら冴子さんを見やるが、当の冴子さんはと言うと。
「大丈夫。ここまでくれば私たちの勝ちだから」
惚れ直す様な魅惑的な笑みを浮かべていた。
その真偽を問い質すより早く、答えは分かった。
雷を放ちながら、稲妻の如き速度で接近してくる〈雷獣〉だったが―、
突然の乱入者によって、〈雷獣〉と俺たちの逃避行は唐突に幕を下ろした。
〈金翅鳥〉の群れが、〈雷獣〉に襲いかかったのだ。
無数の〈金翅鳥〉が集団で、〈雷獣〉を嘴で突いたり鉤爪で引っ掻いたり等して傷を付ける。もちろん〈雷獣〉もやられっ放しな訳がなく、放電して撃退しているのだが如何せん数が多い。
数の暴力に打ちのめされて、〈雷獣〉は一際眩い雷を放つと、忽然とその姿を消した。
数匹同胞が殺られ気が立っているのか〈金翅鳥〉たちは、しきりに泣き喚きながらその場を集団でくるくると飛び回る。
先程まであんなに俺たちを追い詰めていたのに、そんな存在ですら追い詰めるモノが現れるとは…。
迷宮遺跡内での、迷宮生物たちの雄大な生命の営みを前にして、俺はある意味打ちひしがれて声が出ない。
「さ、鬼のいぬまに何とやらと言うし。さっさと行こう。アイツらな気が変わってこっちに来たら大変だ」
冴子さんの一言で俺の意識は現実に戻される。
あ、そうだ。早くここから立ち去らないと。
しかし肩が外れて思う様に〈天蜘蛛の巣糸〉を操作できない。一体、どうすれば…。
「一、二の三、はいっと!」
「痛えええええ!!!!!」
いきなり俺の肩等に手を回したかと思うと、冴子さんは無理やり俺の肩を嵌め直した。マリの激痛に俺の叫び声が木霊する。
「しっ!大声で騒がない!取り敢えずの処置だから、クロスボウを用意して」
「―痛!分かりました」
手を握ったり開いたりするが動きには問題なさそうだ。リュックの脇にかけてあるクロスボウを取り出すと冴子さんから矢を渡せれた。
それを受け取ると、留め具を矢に括り付け〈天蜘蛛の巣糸〉を握り締めながら、冴子さんを見やる。
「向こうにある小島を狙うんだ。出来れば崖の斜面が望ましい。あと、蜘蛛器のお腹を握るのを忘れないでね」
至近距離での迫江さんの真剣な眼差しに心臓が痛いくらいドキドキするが、目を瞑り深呼吸を繰り返す。クロスボウを構えると、息を止めて神経を研ぎ澄ました。
ここは第五層。常に強風が吹き荒れている。
風の向きや強さを考慮して狙いをつけろ。
微かに下から唸る音が聞こえる。突風の前兆だ。ならば、
「今だッ」
引き金を振り絞り、矢が射出される。勢いが足りず、失速して緩やかに落下していくかに見えたが、次の瞬間、突風が吹き矢の軌道が変わり何とか壁に突き刺さった。
「流石、尊くん。凄いね。〈天蜘蛛の巣糸〉を貸して」
〈天蜘蛛の巣糸〉を冴子さんに手渡す。すると冴子さんは左手で〈天蜘蛛の巣糸〉を握り締め―、
「絶対に何が何でも私にしがみついてて」
「へ?何する気で―」
「こうするの!」
ツルハシを回収し、腰からサバイバルナイフを抜いて、杭と冴子さんの体を繋ぐロープをまとめて切り裂いた。
すると冴子さん、ひいては俺の体を固定する縛りが無くなる訳であり。
俺と冴子さんは緩やかな放物線を描きながら落下を始めた。
つまるところのリアルターザンである。
「うおおおおおおおおお!!!!」
顔に至高の膨らみが当たるという、健全な日本男児なら垂涎ものの幸福体験でもそれを楽しむ余裕はない。
顔に風が勢いよく当たって痛い。とにかく痛い。
「ははははは!楽しみなよ、尊くん。これが冒険でしょ!にしししっ」
―はっ。俺としたことが。冴子さんの言う通り心の余裕がなくなっていた。
下を見れば目的地である”母なる古樹”の葉が風に煽られゆらゆらと揺れている。
風が顔に当たるのも慣れれば存外心地よいじゃないか。
「あははは、ははははは!!!ひゃほおおおおおおおい!!!!」
ジェットコースターより楽しいんじゃないか、これは!?心の底から湧き立つ歓喜の感情のままに、俺は奇声を挙げ続ける。
遥か下を見れば、”母なる古樹”が風に煽られその葉を揺らしている。
幻の樹木”母なる古樹”。それは一体どのような物なのか、興味は尽きない。一体、どのような絶景が待っているのだろうか。
嗚呼、ワクワクが止まらないな。
〈雷獣〉 危険度★★★★(致命的、死の権化) 別名〈稲妻の使者〉
リュウグウジョウ第五層に生息する日本固有の迷宮生物。イタチの様な外見でリスの様な齧歯と、体内に発電器官を有する。尾自体が高電圧大容量の蓄電器官であり、放電が発生するほどの電気を溜め込んでいて、その電力を用いた電磁推進で爆発的加速度を得る。
身体能力は驚異的で、自家発電で得た電気で身体機能を飛躍的に高めることで、空中を蹴って移動するという離れ業を披露する。その際に物凄い量の電気が尾や脚部から放電されるため、局所的な雷が発生し、それが稲妻を纏って移動して見える所以である。
無差別な放電攻撃や、齧歯に蓄電させる雷噛など電気を多用した攻撃手段が多いが、単純な体当たりだけでも十分に致命的であり要警戒。それに加えて常に帯電していて、表皮にも高電圧の電気が蓄えられていて疑似的な電磁シールドとなっているので攻撃が通りにくく、単独もしくは少人数で行動する〈冒険者〉には注意が必要。単体で冒険隊を壊滅せしうる厄介な迷宮生物である。
獲物を追い詰めた際に獲物の頭上を旋回する習性があるが、それは獲物を感電で弱らせ、自身の溜め込んだ電気を少しでも放電するためだと云われている。生肉を好み血が大好物なので、噛み付いた際に感電して焼けない様に、少しでも多くの電気を放出しているのだとか。
物量に物を言わせた、徹底した飽和攻撃が有効的な攻撃手段である、逆に徹底した飽和攻撃の用意がないならば戦闘は下策で、逃げの一択が生存率が高い。身体機能お化けだが、それ故に小回りが利かないので遮蔽物を利用して逃げに徹すれば助かる可能性は高い。
※イタチの外見をしているだけあって相当しつこいので逃げ切るには相当の忍耐と体力が必要。




