伝説と伝説
「げえ!お前さん、泣き虫小娘とつるんでやがるのか!?悪いことぁ言わねえ。止めちまった方が身のためだ」
「はあ!いつまで昔のことをぐちぐち言ってるの!この負け犬ジジイ!!」
「泣き虫は泣き虫だろうがよ!それにオイラは敗けちゃいねえ!ふざけんな!!」
片や〈無双の乙女卿〉と呼ばれる現役のA級冒険者と、片や〈鮮血の銃皇卿〉よ呼ばれる一線を退いたかつての伝説。
伝説と伝説が何故、言い争いをしているのか。事の発端は1時間前に遡る。
「あいつらは空中を泳いでるらしい」
魚が当然の様に我が物顔で泳ぐ奇想天外な光景を尻目に、俺たちは”龍寓宮”を散策していた。
「空中を?てっきり迷宮遺物の力だとばかりに」
空を泳ぐなんてパワーワードを聞く日が来るとは、流石は迷宮遺跡だ。
「あいつら体内にある特殊な器官で空中に浮いてるらしいぜ。〈暴竜〉と同じだな。学者連中は力場がどうとか言ってたがオイラにはさっぱりだ」
「ポルストレイン器官のことですか?重力を軽減させる性質があるとか。〈暴竜〉から採れる希少部位の一つですね」
「ああ、それだ。それが体内にあるから連中は宙を泳げるらしい。にしても、お前さん。…よう覚えちょるなぁ」
「え?だってそれさえ潰せれば空を飛べなくなるんですよ?〈暴竜〉狩りの時に楽じゃないですか」
ポルストレイン器官さえ潰せれば物理法則に縛られた木偶の坊に成り果てる。確かに脅威ではあるが、縦横無尽の機動力は封じれると思うのだが?
「オイラはいつも逆鱗をぶち抜いて退治しってかんなぁ。そんな事、考えもしなかったぜ。オイラ、射撃は得意だからよう」
心臓以上の〈暴竜〉の急所を狙い撃ちして対峙するとは恐れ入った。空をあんなに自由自在に飛び回る存在を相手にピンポイントで狙撃するには一体どれだけの度量と研鑽が必要なのだろうか。
他者とは隔絶した技量、これが”生ける伝説”か。なるほど、A級とは果てしない差が広がっている。
「むう、銃の扱いに関しちゃオイラの天性だかんなあ。銃なしで対峙すんなら確かに潰しかねえ…ま、脚一本なら飛んでても斬り落とせるがな。がはははは!」
あっけからんと凡人には到底なしえない神業を、然も当然の様に出来ると豪語した檀五郎さんは唐突に立ち止まると、後ろを親指で指差し口を開いた。
「…ところでよう。まさかとは思うが…後ろでコソコソしてやがるへちゃむくれがお前さんの連れかい?」
「へちゃむくれ?冴子さんは俺の連れですけど」
さっきから、具体的に言うと第九層の話をした辺りから等間隔で詰めてこちらを窺がってくる視線を感じていたのだが、この感じは間違いなく冴子さんである。
何故、ストーカーの様にコソコソ後ろをつけ狙っていたのか理解できn―やはり気まずかったのだろう。
うん、ほんの少しだけもの凄く理解できますその気持ち辛いよね。
「はあ!?へちゃむくれじゃやない!それより尊くんは私の大切な仲間なの。勝手にどこかに連れ回さないで。私の弟子なんだから!」
檀五郎さんの馬鹿にした発言を聞いた瞬間、冴子さんは一瞬にして20メートルの距離を詰めて俺をその柔らかい胸の間に掻き抱いた。
「げえ!お前さん、泣き虫小娘とつるんでやがるのか!?悪いことぁ言わねえ。止めちまった方が身のためだ」
心の底から疑問を吐き出した檀五郎さんに、青筋を浮かべた冴子さんが怒号を張り上げる。
売り言葉に買い言葉だった二人の応酬は、激しさをます一方だ。
そして話は冒頭に戻る。
「身の程弁えずに単独で潜ってこっぴどいしっぺ返し喰らったのは何処の誰だったっけ?頑固偏屈ジジイ」
伝説同士のあまりの剣幕に俺は割って入れずにいた。
「はあ?それを言うなら小娘もついこの間まで単独だったじゃねえかよ。そこの坊主みたいな物好きが居なかったら万年一人だっただろうに何を偉そうに吹かしやがる。行き遅れの泣き虫婆さんが偉そうによお」
「…脚を駄目にしちゃって、そんなんでどう冒険するのよ?」
唐突に冴子さんは、檀五郎さんの顔を見つめてそう言った。直前までの険悪な雰囲気が一気に霧散し、檀五郎さんは深い溜息を吐いた。
「小娘に心配される謂われはねえよ。馬鹿たれが。お前がオイラの心配なんざ百万年早ええってんだ」
檀五郎さんはごつごつとした大きい手で、冴子さんの額にデコピンをした。
バシっとデコピンとは思えない凄まじい破裂音が響き渡る。
「―痛ぅ!せっかく人が心配してやってるのに!」
「馬鹿野郎!小娘の心配何ぞ腹の足しにもなりやしねえ。オイラじゃなくて坊主を構ってやれい。仲間なんだろうよ」
びしっと親指で俺を指し示すその姿は、とてもかっこよかった。
「あう。ご、ごめんね。尊くん。私、お姉さんなのにむくれてて。先輩らしくないよね」
檀五郎さんの指摘に、しょぼくれる冴子さん。
いつもの俺の前での冴子さんとの様子にドキドキするが少し悔しさも感じる。思春期男子特有のめんどくさいアレコレは置いといて、目の前の小動物をどうにかしなきゃ。
「大丈夫ですよ。一人になりたい時くらい誰にでもありますから。俺にだってありますもん」
好きな異性を前にかっこつける俺。さぞかし絵になることだろう。俺の頭が、柔らかい胸に包まれていなければ…。
「ううぅ。尊くんの優しさが胸に染みる。私、先輩なのに。尊くんより年上なのに…これじゃ私の沽券が」
胸に抱きしめまま冴子さんは俺の頭を撫で繰り回す。
お姉さんに頭ナデナデだれるのはとても気持ちがよいが、いくら柔らかいとはいえ頭部を完全に挟まれては満足に呼吸すらできない。いい匂いが思考を溶かし、抵抗する意思が失われてく。天国と地獄がいっぺんに混ざったみたいだ。
あ、やべえ。意識が薄れてきた。ち、ちぬう。
父さん、今そっちに逝きます。美女の胸で窒息死して。羨んだら、ゴメンね?
………………。
ぶはあっ。マジで死ぬかと思った。
窒息する一歩手前で開放され、全力で空気を吸いまくる。
あぁ、空気がうまい。紗栄子さんの谷間は桃源郷だが天国過ぎて逆に毒だな。
しかし、そんな冴子さんは息も絶え絶えな俺なんぞ知らんとばかりに俺の顎に手を添えてくいっとした。
こ、これって!?あ、顎クイやん!!
「この埋め合わせは必ずするから覚えといてね」
まつ毛とまつ毛が重なり合いそうなくらいに顔を近付けて、冴子さんは真剣な表情でそう囁いた。
何このイケメン!?惚れてまうやん!ま、既に骨抜きだけどね。
―――――――おまけ
「ん?そう言えば。どうしたって小娘がむくれてたんだ?」
「ああ。それはですね―」
「―ッ!!それは言ったらだめええええ!!!!!」
〜〜〜1分後〜〜〜
「がはははは!お前、新米に助けられてからむくれたんよ!面白すぎるわ。がははは、水中であれをぶっ放せば爆発して全滅するの目に見えたんだろよ。ああ、おもしれえ。こいつぁいい土産話が出来たってもんだぜ」
「仕方ないじゃん。複数人で活動するの久しぶりだったんだもん」
「それを踏まえてもやっぱり傑作だろ。新米の方が冷静で正しい判断が出来てんなんて…お前、免許証を返納した方がいいんじゃねえのか?がはははは!!!」
爆笑されて真っ赤になる冴子さんが居ましたとさ。
用語整理
深部…迷宮遺跡全体から見て深い層のこと。十層構造なら七層以下が”深部”。
深層…現在いる層よりも深い層のこと。一層にいるなら二層以上が”深層”。
※誤用に注意。作者でも間違えます




