高校を中退したので〈冒険者〉になって迷宮遺跡《ダンジョン》に挑みたいと思う
『みなさんご覧ください。未知を既知とする為、前人未到の未到達階層に挑戦した英雄たちが今帰ってきました!』
アナウンサーが興奮してまくし立て、カメラは重火器で武装した物々しい集団を映し撮る。身を守る防具は所々焼け焦げ激しい戦闘の残り香を感じさせる。
『日本最後の〈未踏破迷宮遺跡〉リュウグウジョウ。誰も見たことがない第九階層に挑み、その攻略路を彼らはマッピングしたのです! 荷台をご覧ください』
所々大きく壊されたトラックの荷台には、大きな生き物の死骸が載せられていた。大きな二本の角に、巨大な胴、そして非常に長い尾を持つ生き物。黒くも蒼い鱗にびっしりと覆われたそれは神話に登場する獣を彷彿させた。
『第九階層で発見、討伐された新種の〈暴竜〉です! 迷宮探索で〈暴竜〉が討伐、その死骸が持ち帰えられるのは戦後初との事です。〈暴竜〉の価値は非常に高く、肉は高級食材に、血は難病の治療薬の原料にもなり、その死骸には国家予算級の値が付けられますが……。何と、死骸には既に4兆8000億円もの値が付けられています。【ギルド】での解析が終了次第、政府は競売にかける模様です!』
『歴史的偉業を成し遂げた英雄に、独占インタビューをしたいと思います! 未到達階層開拓という快挙を成し遂げたみなさんですが、国民のみなさんに伝えたいことはありますか?』
無精髭を生やし目から頬にかけて引っ掻き傷のある男性がインタビューを受けた。
『迷宮遺跡は危険が多い。少しでも気を抜けば待っているのは《死》だ。科学や常識が通用しない人類に残された最後の神秘、と囃されてはいるが階層を経れば経る程、常識を超えた危険が待っている。冒険を夢見る奴は即地獄に叩き落されるだろう』
迷宮遺跡をアピールする為のインタビューであるはずなのに、男から語られるアピールとは真逆の言葉に、アナウンサーはおろかスタジオのコメンテーターまでも沈黙する。
『ただ、冒険しなきゃ夢は得られない。冒険に憧れた心の強い真の強者にのみ迷宮遺跡は微笑む! まだ見ぬ神秘を求む者、物語の英雄譚に憧れを持つ者、はたまた未発見の財宝を探し求む者…神秘を解き明かしたい者よ、迷宮遺跡に来い! 我々は、迷宮遺跡に挑み神秘を暴く〈冒険者〉を待っている!! 〈冒険者〉を目指す若者よッ 迷宮遺跡で会おう!!』
そういうと男性は踵を返し、仲間と共に歩き去った。
英雄に相応しい堂々たる歩みで遠ざかる背中がテレビで全国に放送される。
元々日本は迷宮遺跡探索に力を入れている迷宮遺跡大国の一つだった。しかし、一人の英雄の一言で、日本に空前の〈冒険者〉ブームが舞い起こった。
〈未踏破迷宮遺跡〉の未到達階層開拓を果たした英雄の一言は、人々の神秘を求める心を湧き立たせ人々を迷宮遺跡へと掻き立てたのだ。
増える増える〈冒険者〉に、迷宮遺跡由来の迷宮遺物。政府も積極的に助成金を出し、踏破済み迷宮遺跡ツアーが始まる始末。
偉大な冒険家の冒険譚や、神話の英雄譚を実際に体感でき、魔法や神秘渦巻く迷宮遺跡は、うら若き期待の星や夢破れたロートルにとってまさに理想を叶える、格好の理想郷なのである。
「母さん、僕も〈冒険者〉になりたい!〈冒険者〉になって迷宮遺跡を踏破するんだ!」
テレビを見ていた日本全国津々浦々でそんな台詞が聞こえた筈だ。
世はまさに迷宮遺跡時代に突入していった。
ひぐらしが喧しい夏のこの頃。日本にありふれた高校の事務室の一室にて、担任の教師と一人の男子生徒が対峙していた。
ずっと対峙するも意志が固いことを悟った教師は、深い溜息を吐きながら机の上に提示された書類を指差した。
「本当に高校を辞める気なんだな?」
退学届けと書かれた書類を前に男子生徒は頑なに頷いた。
「はい」
男子生徒の覚悟の籠った視線を受け、教師は真剣な眼差しで再び質問をする。
「本当に〈冒険者〉になるんだな?」
〈冒険者〉。それは人類に残された最後の神秘たる迷宮遺跡を探索する職業の事である。
迷宮遺跡の管理や出入管制、警備は迷宮遺跡の眠る該当国家が担うが、それを探索する〈冒険者〉の管理や育成、依頼の仲介や情報の収集等を担うのは【冒険者協会】の仕事だ。
【冒険者協会】に申請し、教習や訓練を受けた後に免許が、交付された後に晴れて〈冒険者〉となり迷宮遺跡に潜ることが出来るのだ。
迷宮遺跡には危険が多い。
未知の力場は観測機器を受け付けず外部から内情を知る術はない。摩訶不思議な生物や、人知を超えた猛威を前に文明の利器は役に立たないガラクタ程度の価値しかない。
確かに人類最後の秘境であり、人類が総力を挙げて解き明かすべき神秘ではあるが迷宮遺跡は想像を絶する脅威しかない危険な場所なのだ。
偉業を成し遂げるのはほんの一握りで、多くの者が、長い年月をかけて探索され尽くした階層を冒険するのみ。
しかし、それでも迷宮遺跡由来の物は社会において黄金の如き価値がある。
迷宮遺跡に生息する未知の植物が、実は癌の特効薬だった…なんて奇跡はありふれてる。
強大な危険が眠る迷宮遺跡が齎すのは神秘だけではない。現代社会に齎す迷宮遺跡の恩恵の影響は計り知れないものがある。その経済効果は絶大で迷宮遺跡の数が国力を左右するといっても過言ではない。
だから〈冒険者〉は厳格に管理される。【ギルド】での免許とは別に、日本では独自に公務員とし助成金を出すくらいにだ。
だから〈冒険者〉は人気なのだ。なんでもいい。何か一つでも迷宮遺跡に眠るお宝を持ち帰れればたちまち英雄になれるからだ。それが何か重要な物ならば歴史上の偉人の仲間入りだ。
「先生はなったことがないから、分からないが迷宮遺跡には危険が多いと聞くぞ。本当に〈冒険者〉になりたいのか? 高校を中退してまで」
「俺、どうしても〈冒険者〉になりたいんです! 例え死んでもいいです! 迷宮遺跡に挑めればそれでいんです」
「……〈冒険者〉になって大成するのはほんの一握りらしい。多くが先人の後を追うだけで終わる。人生はまだまだこれからだっていうのに本当に〈冒険者〉でいいのか?」
「はい。勉強も必死にしてきました。それに今まで一生懸命バイトしてようやく【ギルド】の教習受講料が貯まったんです。俺の決意は変わりません」
押し問答の末に決意が固いを理解した教師は、硬い顔を崩して笑みを浮かべた。
「わかった。お前の人生だ、好きに生きろ」
「―ッ! ありがとうございます‼」
男子生徒は勢いよく頭を下げた。
「お前が偉業を成し遂げることを祈ってる。頑張れよ、五百雀」
五百雀 尊が去った扉を見つめながら、教師はしみじみと呟いた。
〈冒険者〉を夢見る卵が大成することを願って。願わくば、歴史に名を遺す英雄になることを祈って。
この日、新たな〈冒険者〉がまだ見ぬ神秘を目指し、果てしない冒険に旅立った。
空前絶後の偉業を成し遂げるのか、はたまた誰の目にも止まらず失意の内に死ぬのか。
それは誰にも分からない。
――すべては迷宮遺跡だけが知っている。
略称
【冒険者協会】→【ギルド】




