6 陥ちる両親
ピカリング家は根回しが周到だった。
洗礼の次の日には、アリシアの洗礼が終わったことを祝う手紙を出し、ニーダム夫人をピカリング夫人の主催するサロンへと招待し、まずは夫人を囲いこんだ。
王都の最新の流行の服装や食べ物の話題、楽しいカードゲーム、文化人との交流。
今までも他の貴族のサロンに招待されたことはあったが、別格の、刺激的で煌びやかな世界。
センスの良い心付けが毎週のように何かしら贈られてくる。
片田舎の領を治めるニーダム夫妻は舞い上がった。
もちろん、このような誘いは他の貴族からも後を絶たなかった。
しかしピカリング家は、他の貴族をいつでも頭一つ出し抜いていた。
アリシアの洗礼から数か月で、ニーダム家は、アリシアとの縁組を望む貴族からの心付けで部屋の一角に山ができるようになった。
社交場に出れば、常に周りを取り囲まれチヤホヤされる。
領の経営は上手く行き過ぎるほど上手くいっている。
それがまるで元々の自分の力であったかのように夫妻が錯覚するのに時間は掛からなかった。
「アリシア、今日はマンク侯爵夫人からお茶会にお誘いいただいてるから早く着替えて。」
「・・お母様、今日行かなくては、ダメ?毎日お茶会ばっかり。」
「まあ、せっかくの侯爵家からのお誘いなのよ!アリシアのためなんだから!」
連日のお茶会は、誰のためなのか。
「アリシア、いまダドリー卿がお見えになってるからすぐに客間に来なさい。」
「お父様、今日は一緒に街に買い物に行くって・・」
「そんなの今日じゃなくても良いだろう。お前のために時間を取ってくださったんだぞ!」
約束を違えるのは、誰のためなのか。
「わかりました。ごめんなさい。お父様、お母様。」
そうアリシアが謝るのは、誰のためなのか。
ニーダム夫妻は、一度知ってしまった栄華が永遠に続くことを求める欲望を「アリシアのため」という都合の良い言葉で塗り替えていることに気付かなかった。