表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣鬼と剣魔が眠る街  作者: しーさん
3/18

ロード・オブ・ウェポン(3)

 街は朝から活気であふれている。新年祭がちかづいているからだ。

 棄滅都市オルアベスだけではないだろう。教会の教えをありがたがるこの大陸なら、どこでもおなじだ。


 住宅街を凍えさせる大気のなかを、ひとびとが白い息を吐きながら歩いている。

 こどもたちが笑いながら追いかけっこをしている。

 通りから空を見上げれば、住宅と住宅のあいだを洗濯紐が渡り、洗濯物がつるされている。


 サジワンは住宅街を抜け、市場を通り抜けて、歓楽街に足を踏み入れた。

 朝も夜もない区画だ。眠りをさまたげる喧騒などはない。

 誰もが酒精や薬に溺れ、起きているのか眠っているのかもさだかでない、鬱屈として退廃した空気がただようのだ。


 にぎわうのでもなく寂れているのでもない。

 ただ生をむさぼり堕落しているこの歓楽街を、サジワンはこの棄滅都市でなによりも嫌っていた。


 通りを二本過ぎて、歓楽街の脇道に入った。木造の三階建ての前で立ち止まる。

 通りに面して庭は広くはないが、立派な構えの大きな家だ。

 二十部屋あり、使用人が何人も雇われ、さらにおおくの剣士たちが寝泊まりしている。

 あるじが命を狙われているからだ。


 サジワンは家の呼び金を叩いた。

 呼び金も扉も大きい。巨人族でも通れそうだ。返事はない。もう一度叩いた。

 扉の覗き窓が開く。せまい隙間からこちらをうかがう男と目が合った。


「何の用だ?」

「ティアトロコープの魔剣士サジワンだ。アヴィドに会いたい。今日、会うという約束はしている」

「聞いてねぇな。要件を言いな」

「昨日の夜、剣士の決闘を見届けた。アヴィドが仕切った決闘だ。勝負の結果と、魔剣を持ってきた。アヴィドも聞きたいはずだ」


 扉が開いた。家のなかに招待される。

 広間に剣士が四人、椅子に座っている。

 目が合う。

 名前も知らないが、何度か顔は合わせている。笑いながらひとりが話しかけてきた。


「よう、ティアトロコープ。あたらしいお友達は見つかったか? いつまでもひとりじゃ寂しいだろ。夜泣いてんじゃねぇか?」

「いつでも誰でも歓迎してる。お前みたいな腰抜けのクズもな。来るか?」

「潰れた傭兵団なんて誰が行くかよ。お前ら、もうただの昔話だぞ」

「言っておくが、うちはまだ潰れちゃいない。俺がいるからな。口に気をつけろ」


 剣士たちとにらみあい、サジワンは案内された屋敷の奥に向かった。


 アヴィドの部屋は、屋敷の二階の中央にある。

 本棚が壁を埋め、整頓された書類の束が部屋の中央の大机に積まれている。

 窓はなく、いくつもの燭台が部屋を照らしている。


 ドワーフがその机に座って、金勘定をしている。

 貸している金と、自分が借りている金だ。

 アヴィドだ。

 ひげだらけの顔だが、中年にもならない、若者と言っていい。


 ドワーフは、鍛冶と細工と炭鉱掘りが得意な種族だ。

 小柄で頑健で毛むくじゃらで、偏屈で頑固で自分しか信じない。

 黄金と宝石が何よりも好きで、資産を増やそうと金貸しになるものもいる。


 机の左右に、剣士がふたり立っている。金で雇われた達人だ。

 訪問者がなにか、借金の踏み倒しや、恨みで押し込みをしようとするなら、このふたりが相手になる。


 机の前に立ち、サジワンはふたふりの剣を外套のなかから取り出した。


「アヴィド、昨日の決闘を見届けた結果だ。結果は相討ちだった。証拠の魔剣だ」

「うん。そこに置け。お前は賭けてなかったな。次の見届けの予定はない。金を受け取って消えろ」


 書類を読みながらアヴィドが告げる。

 いつもの態度だが慣れることはない。

 金だけを頼みに、剣士たちを見下しているこの金貸しが、サジワンは憎かった。

 だが、聞かなくてはいけない。


「聞きたいことがある。あのふたりは何者だったんだ。遺言を伝える相手がいる」

「遺言なんぞ知らん。金を受け取って消えろ」


 アヴィドは顔を上げない。

 脇に立つふたりの剣士は動かない。

 サジワンは机にちかづき、剣の柄をすぐ握れるように慎重に置いた。


「アヴィド、あのふたりは双子だった。肉親の決闘だ。父親に会いたい」

「三回目だぞ。金を受け取って消えろ」


 アヴィドが手に持つ書類をかえて、また読み始める。

 サジワンは黙ってアヴィドを見下ろしている。

 ふたりの剣士がサジワンを見て、腰の剣に手をかけた。


 いまは分が悪い。

 なにか喋れても、あとひとことだ。サジワンはうなずいた。


「そうだな、鉄床から逃げたドワーフには――」


 斬光がきらめいて、サジワンの喉と腹を狙う。

 威嚇ではない。

 サジワンの喉は血を噴かなかった。

 腹から臓腑もこぼれない。

 双子の魔剣を両手に取り、やわらかな肉を狙った鋭い一撃を、鞘ごと受けたのだ。


 なおも刃を押し込もうとする剣士たちに抗いながら、サジワンはアヴィドを見下ろした。

 書類から顔を上げたアヴィドは、魔剣の意匠を見ている。


「鞘の上からでもわかる逸品だな。いい値で売れそうだ。剣身を見せてみろ」


 剣士たちが刃を引く。

 サジワンは鞘から抜いたひとふりを握り、アヴィドに見せた。


「古い剣だ。よく使い込まれて、何度も打ち直されている。意匠は南でよく見るがドワーフの剣じゃない。ほかの種族の剣でもない。天吏からの賜り物だな」


 天吏は天上からの使いだ。

 天につづくはしごから、地上に降り、神々の意向を神梯都市の司祭たちに伝えるのだ。

 敬虔な祈りが通じれば、天界の宝物を授かることもあるという。


 この賜り物は、神聖な奇跡の物語としてかならず教会に記録される。

 いつ、何があり、何のために、誰が賜ったのか。いま、誰が受け継いでいるのか。

 教会に尋ねれば、その逸話を伝えるために教えてくれるだろう。


 充分だ。サジワンは剣を鞘に納め机に載せると、アヴィドに背を向けた。


「邪魔した。用事があったら呼んでくれ。そこのふたりの代わりはできるだろう」


 返事は聞こえない。アヴィドはもう書類を読んでいるのだろう。


 部屋を出たサジワンは、一階のちいさな応接間に向かい、待っていたゴブリンの使用人から、決闘を見届けた代金を受け取った。

 袋に詰められた銀貨だ。重い。

 まともに働けば何日もかけてやっと得られる金額だ。

 アヴィドはあの決闘でこの何十倍もの金額を儲け、あの魔剣でさらに稼ぐだろう。


 剣士たちの技と血と肉と命をかけた戦いは、この歓楽街の金持ちが同元になって、いい賭博の興行になっている。

 あの双子の決闘は相討ちだ。勝ったものはすくない。サジワンの報告で精算が始まるのだ。


 アヴィドの屋敷の外に出たサジワンは、白い息をひとつついて頭巾をかぶる。


 ――賜り物を受け継ぐ家柄の双子が、オルアベスで決闘をする、か。


 ふところの銀貨が重い。

 双子の遺言を伝えるのは思ったより面倒なことになりそうだ。

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!


もし、すこしでも面白い!つづきが気になる!と思って頂けましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします!

評価はページ下の「☆☆☆☆☆」をタップすれば完了です!


レビュー、感想もお待ちしております!

ぜひぜひお寄せください!


読者の皆さんからの応援が次の執筆のちからになります!


どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ