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12万人目の転生者。

作者: けむし

2000字程の超短編です。

 必要な能力はすべて与えられたはずだった。


 その男は小屋の窓べりに座り、ひとり窓の外を眺めている。既に夜は更けていて、窓からは上空の星空か、光魔法で灯された薄暗い街灯が照らす地面しか見えていないはずなのに、外を眺めているのだ。


「こんなはずではなかった。」


 そう独り言ちてはいるが、こういう台詞を吐くということは、殆どの場合なるべくしてなっているのが世の常。


 彼がこの異世界に転生する前のことを振り返ってみよう。


 この世のものとは思えないほど美しく品のある女性が男に話しかけている。


「あなたは帰宅途中にトラックに撥ねれらて亡くなりました。テンプレですね。しかも、異世界に現在の記憶を保ったまま、転生する権利を得ました。これもテンプレ通り。もちろんキャラづくりも自由です。男前でも高身長でも頭脳明晰でも思いのまま。転生先は剣と魔法の世界です。これもテンプレ、いやテンプレを超えたサービスですがあなたは記念すべき12万人目の転生者です。ですからあなたには剣や魔法、普段はひとつかふたつ程度しか与えないスキルを好きなだけ与えましょう。もし全部と希望されれば全部与えます。こちらが一覧になります。また、転生を断るのも受け入れるのも自由です。どうしますか?」


 女神様。そういう存在も異世界転生もテンプレも、世の中ではよくあることだ。


「も、もちろん転生するよ。それに、全部ちょうだい、スキル全部。あと、ものすごく男前で、えっと、身長は185センチで、頭脳はアインシュタイン並みのIQで。あ、あと力も今の100倍は欲しいかな。年齢は今と同じ18歳でいい。」


 傍から見ると、この選択もあながち間違ってはいないように見える。


「あなたが希望する通り、すべてのスキルを与え、容姿も頭脳も能力もあなたの希望通りです。それではすぐに転生されますか?」


「いや、まだ転生する異世界の事を聞いてないよ。剣と魔法の世界という情報だけでは不安だからね。」


 なかなか慎重な男だ。初めての転生、初めての異世界、この慎重さは転生した後も彼を助けるのだろうか。


「そうですね、それは失礼いたしました。まず、異世界の住民たちを脅かす魔王とその部下、そして軍勢が居ます。そして現在、以前に転生させた勇者がいましたが、スキルもふたつだけ。転生後の世界についての情報はアクセスできませんので、打ち破れるかどうかも今は分かりません。ですからとても危険な世界ではあります。」


「冒険者、冒険者ギルドとかあるの?剣士とか、魔法使いとか、シーフとか、そういう職業とか。」


「もちろんです。あなたが思い描いているものは、すべてあると思って頂いて間違いありません。たとえばあなたは収納魔法が使えますよ。」


「収納か、定番だな・・・そうだ、お金、無一文ではさすがに生きていけないな。」


「申し訳ありません、物質的なものはこの神界ではご用意できませんから、あなたの転生先にご用意させていただきます。比較的安全で人々も親身になってくれる街の近くで、魔物が出ない草原の中というのはどうでしょうか。向こうでお使いになる剣や今おっしゃったお金も金貨で2枚。あなたの生前の価値でいうと20億円ほどです。あなたが転生する場所に置いておきます。服は着衣の状態で、転生させて頂きます。いかがでしょうか?」


「え?そのお金でどれくらい生活できるの?」


「おおむね、一般的な冒険者で言いますと、1000年ほどでしょうか。いかがですか?もう少し必要でしょうか。」


「そうだ、寿命、寿命はどうなの?俺は転生したらどれくらい生きられるわけ?」


「剣と魔法の世界であり、必ずと言って良いのかはわかりませんが、不慮の事故がない場合生前世界と変わらない80歳から100歳程度になります。しかし魔法で寿命を延ばすことも可能ですよ。」


「わかったよ、それじゃそろそろ、転生させてくれ。」


「畏まりました。それでは今から転生させますね。---幸多からんことを---転生---。」


 女神が祝福と転生の言葉を発すると同時に、男の姿は天界からかき消えた。男はどういう異世界生活を送るのだろうか。異世界の方を見てみよう。


「・・・・・」


 彼は収納魔法で直径40cmほどの金貨を収納し、スキルを駆使して2mほどある草原の草を剣で刈りながら、なんとか人通りのある道に出た。この世界において男は、前の世界で言えば10cm足らずの小動物のような存在だった。


 女神様の話には一切嘘はなかった。しかし、既成概念を超える想像を男はできなかったのだ。転生者12万人のうち、転生後に物語として語られるような活躍ができるものは数少ない。だから、このような異世界の転生者の物語が語り継がれることもない。


 どうにか街にたどり着き、人々に踏まれないよう、また雨露を凌ぐために、誰のものかもわからない巨大な小屋に入り、夜が更けてもこれも巨大な窓の窓べりで男はずっと独り言ちていた。


「こんなはずではなかった。」


 男の活躍は今からである。女神に与えられた能力を発揮してこの逆境を乗り切れば、この世界での勇者の物語がいつか語り継がれるかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言]  最後の一文に、救いを感じました。わずかな可能性っぽいですが。
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