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 閑話(とある侍女長の振り返り)

 今でも思い出すあの屈辱の瞬間。

 お嬢様が名前すら無い街に追放されることが決まった刻。

 あの女・イザベラを殺してやろうと思う程私は腸が煮えくり返った。

 実行しなかったのはお嬢様が大人しくそれを受け入れたから。

 震えながらも屈辱に耐えているお嬢様を見て私は自分の狂気を収めた。


 突然吹いてきた突風に目を閉じる。

 暗闇の中、耳に聞こえるのは新しく始まった工事の音。

 私はこれが何なのかは詳しく知らない。

 アルマが連日お嬢様と夜遅くまで話し合って始めた事業。

 目を開けて周りを伺う。

 かつての田舎街が今や元の伯爵領にも負けないくらいの賑わい。

 これこそお嬢様に相応しい。

 それにしてもアルマは一体どうしてしまったのだろう?

 私の下で働いていた頃のアルマは良くも悪くも並みの子だったのに。


 部下の成長は嬉しくもあるけど、少し寂しくもあるわね。

 師はいつか弟子に抜かれるもの。

 それでもちょっと早すぎじゃないかしら。アルマ。


 私は頭上から落下してきたハンマーを片手で素早くキャッチし、茫然としている落とし主に投げ返した。


「危ないので気を付けて下さいね」

「あ、ああ...。すまない」


 その方の顔が青ざめた気がするけど、気のせいよね。


 イザベラ様の脅威がとりあえず去った今。

 私とパトリシア様は魔族の公爵様ことアガレス様と正式に契約を結び、更にアガレス様が紹介して下さった人間の侯爵ジーク様とも契約を結んで私達は一躍有名人となった。

 だってその契約がただの商談の契約じゃなくて盟友の契約だったものだから。

 内容を読んだ時は驚いた。

 公爵様と侯爵様とほぼ対等の関係。

 目を見開く私とパトリシア様にお二人は「貴君らにはそれだけの価値がある」と笑顔で言った。

 例え裏があるとしても断るに値しない。

 私達は恭しくその契約を受けて最強の後ろ盾を得た。


 ということで...。


 ブロッサム商会は、私は、兼ねてからの念願をいよいよ実行に移した。

 当初はリリウス領に築く筈だった学園の建設。

 リリウス領主様がアガレス様方と私達の契約の内容を知ると苦笑いしながらそれを辞退された為、ラナの街に建設することになった。

 同時に平民の家も少しずつ改装を始めた。

 商店街の建設と災害対策も。

 全部の工事が終わるまでには数年くらいはゆうにかかる見込み。

 終わったらこの街はこの世界で一番の街となるだろう。


 その日が待ち遠しくて仕方ない。

 自分の仕事がさらに増えることになるのにそんなことは厭わず嬉々として指示を出す私。

 そんな折、事件が起こった。


「王宮からの社交パーティの招待状ですか」

「ええ」


 パトリシア様の自室。

 今日はレモングラスのハーブティ。

 パトリシア様愛用のカップにそれを注ぐ。


「アガレス様と契約をしたことで王様もお嬢様を放っておくことが出来なくなったというところでしょうね」


 パトリシア様はそれを私から受け取り一口。


「ふぅ」


 パトリシア様の口から盛大なため息が吐かれる。

 そのご様子からあまり気乗りしないことは分かるけど、まさか出席しないなんてわけにはいかないだろう。

 それこそ心証が悪くなる。

 場合によってはジーク侯爵様方にも迷惑が及ぶ。


「私は病を患って療養中というわけにはいかないかしら」

「さすがにそれはまずいと思いますよ」


 苦笑い。お茶菓子の用意。

 パトリシア様に背を向けながら。


「当日は私もご一緒致します」

「ええ。エスコートをお願いね。アルマ」

「はい」


 .......?

 エスコートってパーティ会場に入らないといけないのでは。

 私は入り口までしかご一緒出来ませんよ。パトリシア様。

 間違いでしょうか。


「そう言えばお嬢様。エスコート役の方はお決まりなのですか?」


 貴族様の社交会は有力貴族様は二人一組が決まり。

 具体的に言うと王族の方や伯爵以上の爵位持ちの方。

 パトリシア様は伯爵令嬢であられるのでそれに当たる。

 伯爵以上の爵位持ちの貴族様とその貴族様をエスコートする貴族様。

 エスコート役は基本ご自分より身分の低い子爵様や男爵様、或いは同爵位の方がされることになっている。

 パトリシア様もかつてはその時だけ子爵様を頼っていた記憶があるけど果たして今回は。


「さっきアルマにお願いした筈なのだけど」

「私は入り口までしかご一緒出来ませんよ?」

「ああ、ごめんなさい。貴女にも招待状が届いているのよ」

「そうなんですか。.......え?」

「ブロッサム商会の商会長への招待状だわ」

「!!!!!」


 パトリシア様の手前。

 叫び出したいのを口に手を当てて必死に抑える。

 貴族様の社交パーティに私も?

 マナーとか全然分からないですし、私平民ですよ?

 鬼や蛇よりも恐怖を感じると名高い貴族様方の巣窟。

 私は目の前が真っ暗になり、意識を失いそうになってしまった。


 閑話(パトリシアの不安)

 貴族は大体十歳くらいになると社交会に参加するようになる。

 それは貴族社会の縮図であるこの会において様々なことを学び取る為。

 言い換えればこれまでの教育が露骨に表れる為におかしな言動をすればすぐさまその貴族は排他の対象となる。

 家としても必死。

 それにこの社交会という場は将来の縁談相手を見つける為の場でもある。

 男性も女性も少しでも良い相手を見つけようと時にはおべっかを使い、時には愛想笑いを使って見栄を張る。

 そしてお気に入りの相手が見つかればご機嫌を取り、媚び諂うのだ。

 私はそれらをのらりくらりと躱してきたけど。


 そんな魑魅魍魎が闊歩する中に参加しなくてはならない。

 アルマの不安と恐怖が混ざった気持ちは痛い程分かる。

 私は顔色の悪いアルマの身体を支え、彼女に声を掛けた。


「アルマ、大丈夫かしら?」

「申し訳ありません。大丈夫です」

「大丈夫という顔をしていないわ」


 アルマは血の気が引いていて真っ青。

 私のベットに連れて行って寝かせようとすると遠慮を始める。


「お嬢様、私は部屋に戻りますので」

「そんな顔色では心配だわ。ここで休んでいきなさい」

「・・・・・」

「貴女に倒れられたら私が困るわ」

「はい」


 私がそう言うとアルマは大人しく横になる。

 本当は心配とか困るとかそういうのは嘘。

 いえ、心配なのは本当ね。

 でも一番は。


 アルマを部屋に帰したくなかった。


「ねぇ、アルマ」


 ベットに腰を掛けて彼女の名前を呼ぶ。

 すぐに戻ってくる返事。


「はい」

「アルマはもし縁談を申し込まれたらどうするつもりかしら?」


 アルマは可愛い。

 身分が身分なので上の方々との縁談は期待出来ないだろうけど、男爵や子爵と言った方との縁談は可能だろう。

 言っておいて手が震える。

 問いの答えを聞きたくて、聞きたくない。


「私は...」

「やっぱりなんでもないわ」

「そうですか」


 愚かにも私は大事なことを有耶無耶にしてしまった。


 翌日にはどうにか気分が回復した私は商会の仕事の傍ら、フィーネ様から貴族様に必要なマナーを学んだ。

 何故パトリシア様から習わなかったのか。

 それは自分でもよく分からない。

 ただ前日のパトリシア様の問いかけがどうにも心に引っ掛かっていて、あまりパトリシア様にお会いしたくなかった。


 社交パーティ本番までの日にちは瞬く間に過ぎていく。

 やがて本番の日。

 私は付け焼刃もいいところでそこに乗り込むことになった。

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