⑤
「失礼致します」
久しぶりのパトリシア様の自室。
そこで私が見たのは私と同じように書類の山に埋もれるパトリシア様だった。
ちらと書類を拝見すると要望書や許可書など。
そう言えば私からもパトリシア様に書類を提出していたことを思い出す。
ブロッサム商会の商会長とてこの街で好き勝手出来るわけではない。
領主様の許可が必須。
確かパトリシア様は私にばかり負担がとおっしゃっていたらしいけど、私もしっかりパトリシア様に負担をかけてしまっている。
この書類の殆どは私が精力的に動いたせい。
主にこんな大きな負担を掛ける使用人って最低かも。
血の気が引いて顔が真っ青になっていく。
パトリシア様のことを思って動いていたのに、こうなるかもってことは頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「お嬢様申し訳ありません」
幾ら詫びても足りないくらい。
なんの罪になるのか分からないけど、不敬罪かな? 私を罰して欲しい。
「........?」
のにパトリシア様からは返事がない。
幾ら待っても静寂。
おかしいなと思い、謝罪の言葉を告げた時からずっと下げていた頭を上げる。
「お嬢様?」
呼びかけても変わらず。
もしかして眠っていらっしゃるのかな?
書類が邪魔でお身体半分隠れていらっしゃるパトリシア様の背後に回り込む。
聴こえて来る吐息。予想通りに机に突っ伏して寝落ちしていらっしゃるパトリシア様。
「お風邪を引きますよ」
その寝顔はあどけなくてお可愛いらしい。
そっとプラチナブロンドの髪を掬ってみると目に映るパトリシア様の瑞々しい唇。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
...って私はまた変なことを考えて。
一度深呼吸して私は平常心を若干取り戻す。
優先すべきはパトリシア様の健康面。
私には腕力的な問題でベットまでパトリシア様をお運びするのは不可能。
フィーネ様かモーリス様をお呼びすれば可能だろうけど、何故かその様子を見たくない自分がいた。
それならお身体に掛ける物を見つけるべきだろう。
うん。そうしよう。
私が行動に移したらパトリシア様が目を覚ます。
「....アルマ?」
「申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」
「いいえ。それより眠ってしまっていたのね。アルマ、久しぶりに貴女のお茶が飲みたいのだけど」
「畏まりました。すぐにご用意致します」
お茶のセット。
それはパトリシア様の自室に常備してある。
貴族の方々にとってお茶はなくてはならないもの。
いつでも飲めるようにしておくのは当たり前のこと。
準備をし、数分してパトリシア様にお出しする。
今回もやっぱりカモミール。
お忙しかったのだからリラックスして欲しいと思ったから。
「ふぅ。美味しいわ。やっぱりアルマが淹れるお茶が一番ね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「....アルマ、仕事のほうはどうかしら?」
気のせいかな? 何処となく震えていらっしゃるようなパトリシア様の私への問いかけ。
少し頭の中で思惟して思いつく。
今でも大量の書類。
これ以上増えると迷惑ということ。
ようするにパトリシア様が望まれている応えはもう少ししたら落ち着くと思います。かな。
でも私、それが言えない。
むしろこの後もっとご迷惑をおかけすることになります。とお伝えしないといけない。
一時的に戻っていた血の気がまたまた引いていく。
頭を深々と下げて今度こそ私を罰していただけるようパトリシア様にお願いする。
「お嬢様、申し訳ありません。この後もご迷惑をおかけすることになると思います」
「そう」
パトリシア様からはそれだけ。
怒っていらっしゃるのだろう。当然のこと。
顔向けが出来ない。
私はなんてことをしてしまっているのだろう。
猪突猛進だった。
後先考えずに事業を増やした結果がこれ。
恩を仇で返すなんて私は...。
「ねぇ、アルマ」
「はい」
私を罰して下さい。パトリシア様。
でも追放処分は嫌だなぁ。
パトリシア様のお傍にいたいです...。
「貴女の部屋を私の部屋の隣にしたいのだけど、いいかしら」
「えっ?」
主に対して間の抜けた声を出してしまった。
私の身分はこのお屋敷内でも下から数えたほうが早い。
それなのにパトリシア様の隣室。
フィーネ様やモーリス様なら分かる。
だけど私が隣室になるのは非常にまずい。
「無礼を承知で言わせていただきます。私が隣室になると下の者への示しがつかないと思います」
恐々。パトリシア様にクレームを言うなんて罰当たりが過ぎる
「それは皆が納得してくれたらいいということね」
「えっ...」
「違うのかしら?」
「...!?」
頭が混乱してくる。
皆さんが納得して下さるのならいいのかな?
違う。そういう問題じゃないと思う。あれ?
狼狽している最中、私はパトリシア様に抱き締められた。
腰に手が回されて近寄せられる。
高鳴る心臓。身体中に血と熱が物凄いスピードで駆け巡っていく。
「お、おおっ、お嬢様!?」
「久しぶりのアルマだわ」
「...っ。申し訳ありません」
「そうね。反省している?」
「それは勿論です」
「そう。言質は取ったわよ。今日は一緒に寝ること。いいわね?」
「は、はい」
その後食堂でパトリシア様は私を隣室に置くことを皆さんに説いた。
誰一人として反対意見が出なかったのが意味が分からなかった。
パトリシア様に良い意味でも悪い意味でも毒されていらっしゃるのだと思う。
潔く私は翌日引っ越すことに決まった。
◇
その日の夜。
ベットの中、私はパトリシア様と共にあった。
心臓が煩くて敵わない。
ただでさえ私はこんな感じなのにパトリシア様が現在身に着けていらっしゃる寝巻きが私のそれを加速させる。
ネクジリジェ。それも肩が紐で鎖骨なんかが丸見えな大胆なもの。
私が美容部門で売り出してしまったもの。
「アルマ、どうしてこちらを向かないのかしら?」
向けるわけがない。
今私は背中をパトリシア様に向けて必死に邪な感情と戦っている。
不敬だとは思ってもパトリシア様を見るわけにはいかない。
「その、パトリシア様があまりにお美しくて」
「まぁ」
パトリシア様の手が私の手に重ねられる。
「こっちを見て欲しいわ」
「ですが....」
「アルマはもしかして私が嫌いなのかしら?」
「そんなことありません!!!」
自分でも驚く勢いで私はパトリシア様に振り向く。
一番に目に飛び込んでくるのはパトリシア様のとても嬉しそうな笑顔。
「良かったわ」
「お嬢様」
言いたいことは沢山あった。
聞きたいことも同じくらい。
でも何も聞くことは敵わなかった。
パトリシア様が私の胸に飛び込んでいらっしゃったから。
「おやすみなさい、アルマ」
「おやすみなさい、お嬢様」
暫くしてパトリシア様の寝息。
私はパトリシア様の香りと愛らしい寝顔諸々で眠れない夜を過ごした。
◆
閑話(パトリシアの楽しみ?)
アルマにこちらを向くように言ったのは私。
それなのに実際にその顔を見ると何も言えなくなってしまった。
胸がいっぱいになるって本当にあるのね。
だからそれを誤魔化すためにアルマの胸に飛び込んでみたのだけど。
思いのほかぐっすりと寝れてしまった。
アルマは私の癒し。
対してアルマは翌日元気がなかったようだけど、もしかして寝れなかったのかしら。
私のせいよね。
自重しないといけないとは思う。
でも我慢出来るかしら。
たまには許してね。アルマ。