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リリウス領と業務提携を結んでから一ヶ月。
私はその間にリリウス領内の商会を幾つも周り、こちらに協力してくれる商会、傘下に入ってくれる商会、全く協力する気のない商会とリストを作って協力してくれる商会にはこれからのことを毎日のように話しに行っていた。
新商品のことだけでなく未来に設立予定の学園のことや銀行、病院のこと。
私が言っていることは現時点ではバカげてることだっていう自覚はある。
パトリシア様に相談した時も思ったけど、夢物語。
だから半数くらいはそのバカさに抜けるかなと思ったけど、意外にも商会の商会長達は九割が残ってくれた。
「自分で提案しておいてなんですけど、本当にいいんですか?」
今日話し合った商会長さんに聞く。
ふくよか...。をちょっと? 通り過ぎている中年のおじさん。
「いやいや、何故これを拒否すると思うのです。実に面白い」
「ありがとうございます」
うん、そう言って貰えると有難い。
「で、ブロッサム商会の品についてはこの領で作られた物以外についてもこちらに回していただけるのですよね?」
「...そうですね。ただやはり数は少なくなると思いますが」
「それは逆に希少価値が出るということですよね?」
「そうなりますね」
「ふむ」
なるほど。この領地の商人さん達は面の皮が厚い厚い。
でも面白い。私も貴方達を利用するけど、貴方達も私を利用したらいい。
競争、資本主義ってこうじゃないとね。
とはいえ競争にも資本主義にも思うところはある。
けれど今のこの飽和していない緩い状態の社会なら、これらは有効な効果を示すことだろう。
なら私はこれを推し進める。
こうして足掛かりを得た私はそこから新商品の開発、貿易を開始。
アリアノラ王国の隣国、グリモワ帝国こと魔族の国とも親交を深め、この世界では貴重な砂糖や胡椒といった嗜好品を入手。
ブロッサム商会において飲食部門を設立した。
その他に今までのシャンプーやリンスといった商品は美容部門として新たに運営開始。
更に羊皮紙から変わる紙として植物紙を開発してそれもブロッサム商会で扱い始めた。
これまでは貴族様向けだったけど、人材確保など出来たので平民にも販売を開始した。
当然こんなことをしていると...。
カリカリカリカリカリカリ................。
名無しの街のパトリシア様のお屋敷。
その一角に作っていただいた私専用の執務室。
延々と同じリズム音が室内を満たす。
私の机の上には書類の山。
身体がもう一つ欲しい。
時間も忘れて私は書類整理に没頭する。
ひと山終わった頃、見計らったように入室して来るモーリス様。
「失礼致します。ご報告よろしいですかな」
「モーリス様。丁度良いところに。お願いします」
「ではブロッサム商会の現在状況ですが...」
パトリシア様のご指名でモーリス様は私のお手伝いをして下さっている。
おかげでかなり助かっている。
有能な彼がいなければ私の負担はもっと増えていたのが目に見えているから。
モーリス様は淡々と報告書を読み上げる。
概ね問題はない感じだけど...。
「モーリス様、美容部門の売り上げが落ちているようですが?」
「さすがアルマ様、お気付きになりましたか。どうやら競合商会が出来たようですな」
なるほど。シャンプーやリンスは一番最初に売り出した。
その製法は秘密で広まっていない筈だけど、似たような技術で真似をして来る商会が出て来ても無理はない。
「価格を下げるという案もありますが」
「それは却下です。現状は今の価格が適正だと思います。下手に価格を下げると生産者が困りますから」
私はこの国を、世界を前世の日本のようにしたいと思っている。
その反面、そうしたくないとも思っている。
理想であり、反面教師。
だってあの国は過剰なサービスの割に従業員に適正な価格の給料を払わない。
そんな国だったもの。そういうところは絶対に真似したくない。
「こちらは新しい香りで勝負したいと思います。それから石鹸に変わる品としてボディソープの開発を始めようかなと」
「また新しい商品ですか。いやはや、アルマ様はどうやってそのような品を思いつくのか。感服致します」
「モーリス様にそう言っていただけるとは嬉しい限りです。ところで来週開店予定のケーキ店の準備は順調ですか?」
「ええ。ブロッサム商会の店だけあって人気は上々。現在問い合わせが殺到しておりますよ」
「...? それは宣伝が足りていないということでしょうか?」
「いいえ、恐らくどのような品が売り出されるのか興味が尽きないという感じでしょう」
「それなら良かった。モーリス様、今日はアンケートはお持ちになっていただけていますか?」
「こちらに」
何処から出したのだろう?
いつの間にかモーリス様の手に書類の束。
突っ込みたいけど突っ込まずに私はざっとその書類に目を通す。
「やはり男性が期待するのは料理。女性が期待するのは美容品という感じですね」
次に何が欲しいかというアンケート。
現状貴族様方と一部の庶民しか字を書けない、読めないのが口惜しい。
結果は同じになるかもしれないけれど、平民の声ももっと聴けたら商会の商品の幅も広げられるのに。
学園の設立を急ぐべきなのかもしれない。
けどその前に平民の生活を潤わすべき?
農耕についての技術は教えた。
何故土が痩せるのか。その理由と腐葉土の作り方と水車の開発、設置。
これで少しはマシになる筈だけど、それだけでは足りないよね。
「・・・・・」
「アルマ様、いかがなされました?」
「いえ、私がしていることって正しいのでしょうか? ....と」
結論から言えばこの行いに正解なんてないのは分かっている。
やってみないと分からないことが多すぎるから。
それでもモーリス様に聞いたのはなんとなく。
ううん、とりあえず間違ってないっていう言葉が欲しかったのかも。
「それは難しい質問ですなぁ」
「ですよね」
私はモーリス様の返答に苦笑する。
「ですが街の者がお嬢様が領主になられてから暮らしやすくなったと言っておりましたよ」
「それは本当ですか?」
「ええ」
モーリス様の柔らかな笑み。
嬉しい。とても嬉しい。
パトリシア様のお力になれているならこれ以上の喜びはない。
「私でもお嬢様のお役に立ててたんですね」
「勿論でございます。しかしお嬢様がアルマ様ばかりに負担を掛けて申し訳ないとおっしゃっておりました」
「そんなこと!!」
「ええ。ですがお嬢様はそういう方です。アルマ様、そろそろ休憩などいかがですかな?」
もう少し報告をお聞きしたいです。
と言いかけて止める。
モーリス様はパトリシア様の様子を伺って来て欲しいとおっしゃっているって分かったから。
確かに私は商会の仕事にかまけて侍女の仕事を放棄していた。
これではパトリシア様の使用人として失格かもしれない。
う~ん、本格的にもう一人私が欲しい。
そうすればどちらもこなすことが出来るのに。
「モーリス様、少しの間商会の執務のほうをお願いできますか?」
「ええ、お任せ下さい」
頼もしいモーリス様の言葉。
私は彼を信じて執務室を後にした。
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閑話(パトリシアによる街名の決定)
私は現在悩んでいた。
それというのもそろそろ街の名前を決めて欲しいと町長から要望があった為。
確かにいつまでも名無しの街というのもどうかと思う。
ただいい名前が思いつかない。
「私の名前から付けたほうがいいかしら。ラナの街とか...」
案外響きがいいわね。
これにしましょう。
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この日名無しの街はパトリシアによってラナの街と改められた。
この街は将来パトリシアとアルマの名前と共に街の名も歴史に名を残すことになる。




