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 パトリシア・ラナ・ルーシア様。

 アリアノラ王国の今は亡き伯爵領領主ダニエル・ラナ・ルーシア様とアリシア・ラナ・ルーシア様の間にお生まれになった方。

 お二人の一人娘であらせられるパトリシア様は十六の誕生日を迎えるまでは花よ蝶よとそれは大切に育てられた。

 それだけ甘やかされたらなんでも自分の思い通りになると我が儘放題な性格にもなろうものなのにパトリシア様はそうはならなかった。

 むしろ名君と名高い伯爵領領主様を心から尊敬なされ領主様と同じように領民に接していらっしゃった。

 とても穏やかな生活だった。

 ところがそれより数年前にお二人は何者かにより毒殺された。

 当初は丁度お二人が毒殺される少し前にお二人の部屋に入室されているのがお屋敷の侍女に目撃されていた側室のイザベラ様が疑われた。

 しかし証拠が不十分でその嫌疑は晴れた。

 口には出せないけれど、私は今でもイザベラ様を疑っている。

 イザベラ様は常日頃から野心を抱いた目をしていたし、そういうことを口にしているのを聴いたこともある為。

 それにイザベラ様はアリシア様のことを激しく嫌悪していた。

 ダニエル様は人間でいらっしゃるけど、アリシア様は魔族でいらっしゃるから。

 そう、この世界では今から一世紀と半前から魔族と人間が共に暮らしている。

 それまでは二つの種族は土地と権利を巡って争っていた。

 それを終わらせたのはトロント聖戦と呼ばれる戦。

 この聖戦で魔族側にも人間側にも多大な犠牲を出し、争い続けることの愚かさに気付いた両種族は互いの王が戦争終結の書類に捺印を押した。

 これで二つの種族は共に歩み出した。

 ただ魔族にも人間にもやはり平和を嫌う、納得の出来ない者はいるもの。

 百年以上たった今でもその存在は世界に確かに燻っていて、イザベラ様は魔族との和平反対派だった。

 そんな数々の状況証拠から私はイザベラ様が怪しいと思うのだ。

 嫌疑は晴れたけど、科学的な捜査など皆無に等しいこの時代。

 もし前世のような捜査が出来ればなんらかの証拠が出てきたんじゃないかとも思う。


 その後イザベラ様はこともあろうにパトリシア様を糾弾した。

 無理がある言いがかり。

 なのにイザベラ様は領内複数の貴族様達を買収していたらしく、息のかかった彼らはこれに相乗り。

 結果としてパトリシア様は領地追放処分となった。

 同時期、あの日イザベラ様を目撃していた侍女がひっそりと姿を消した。


 紅の世界の中で愁いを帯びた表情。

 雰囲気も悲愴を漂わせていらっしゃって私はパトリシア様をなんとか元気づけられないかと考える。

 ........何も思いつかない。


 上っ面だけの言葉なんてきっと意味がない。

 それでも優しいパトリシア様は喜んで下さると思う。

 きっと「アルマ、ありがとう」なんて花の様な微笑みを浮かべながら。

 でもそんなの、そんなの違う。

 私が本当に見たいパトリシア様のお顔は...。


「アルマ」


 考え事に没頭していたせいで、パトリシア様がいつの間にか私のすぐ傍にいらしていたことに気付かなかった。

 目と鼻の距離。あまりにも近いその距離でパトリシア様に見つめられて私の心臓は煩く高鳴る。


「お、お嬢様」

「私を心配してくれていたのでしょう。ありがとう」


 パトリシア様に抱き締められて私の鼻孔を擽る()()の香り。

 気のせいかな? パトリシア様の心臓も鼓動が早いような気がする。

 ...っていうか、胸。パトリシア様の胸が私に。


「アルマ」

「は、はい」

「もう少しこのままでいさせて貰ってもいいかしら?」

「あ、あの...えっと、はい」


 パトリシア様はよくこうやって私を抱き締めたり、湯浴みに誘ったり、時には抱き枕にしたりする。

 幼い頃は良かったけど、成長なされた今、このようなことをされるのは正直心臓が幾つあっても足りない。

 パトリシア様のような美しい方に抱き締められていると全身が火照る。

 邪な気持ちが気付かれていないといいのだけど...。


「落ち着いたわ。ありがとう、アルマ」

「い、いえ」


 どれくらい抱き締められていたのかは分からない。

 とても長かったように感じた。

 自分の身体から香るパトリシア様の香りに頭が沸騰した私はフィーネ様からの用事を理由にパトリシア様に頭を下げてそそくさとその場から退散した。


 だから私は気付かなかった。

 私が部屋を出るのを目で追いつつ悲し気なお顔をされたパトリシア様に。


 それから私は侍女の仕事を普段以上に力を入れてこなし、仕事が終わったら夜には街を見て回って本の中の主人公アルマの如く使えそうなものに目星をつけて部屋に戻った。


 使用人の部屋は何人かで一部屋でもよさそうなのに私達は一人一部屋宛がわれている。

 以前の屋敷と比べたらやっぱり狭いけど、平民と比べたらそれでも贅沢と多分言える。

 ベットに腰かけて前方の机の上で揺らめくランプの灯火を見る。

 電気がない代わりに魔力があるこの世界では電化製品ならぬ魔力製品が一般に出回っている。

 このランプも魔力を伝導させて火をつけたもの。

 と言えば魔法を使えるの? って思う人もいるかもしれない。

 残念ながら答えはノー。

 魔族も人間も植物も動物も体内に魔力はあるけど、それを大きく外に出すことは出来ない。

 出来るのは魔鉱石(ミスリル)っていう魔力を貯める性質のある鉱石に魔力を流してこうやって魔力製品として使うくらい。

 魔鉱石(ミスリル)って高価だし、そもそも技術がそこまで発展してないから魔力製品も大したものはないけど。


「・・・・・」


 ずっと眺めていると先程のパトリシア様のことを思い出す。

 香り、お身体の柔らかさ。肌の白さ。

 また頭に血が上っていく。


 私は何を考えているの――――。


 邪念を隠すかの如くランプの灯を消す。

 それによって月明りだけとなった部屋。


 私がベットに潜り込むのと訪問者が部屋の扉を叩くのは同時だった。

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