①
私が作った昼食は概ね好評だった。
前世の記憶を活かして作った物だったから皆の口に合うかどうか不安だったけど、どうやら心配することはなかったみたい。
でも私としてはかなり不満。
調味料がもっとあればしっかりしたものが作れたのに。
この世界って中世の初期程度の時代設定だから調味料はおろか、生活レベル自体が低い。
実際貴族であっても日本の庶民の生活にも届いてない面がある。
調度品とかは別だけど。
「ねぇ、アルマ」
上座にお座りなっているパトリシア様が下座に近い席に座っている私の名前を呼ぶ。
使用人と一緒に食事をする貴族ってパトリシア様くらいじゃないかな。
常識で考えるとあり得ない。
まぁ私達も今はもう慣れちゃった感じもあるけど。
最初はそれはもう大いに戸惑った。
遥か目上の方に「一緒に食べましょう」なんて言われたんだから。
私達は全員「それは無理です」って言ったんだけどパトリシア様は少しも引かず強引に私達を席に着かせた。
そんなわけでパトリシア様が屋敷にいらっしゃる時は使用人も交えなるべく全員一緒に食べるようにしている。
「皆は家族だもの。何もおかしいことはないでしょう?」
というパトリシア様のお言葉に従って。
それにしても今日もパトリシア様はお美しい。
こちらに振り向いただけで肩から流れ落ちるプラチナブロンドの髪。
美人としか形容しようのない整ったお顔立ち。
翡翠色の双眸で"私"を見られると意識せずに頬が少し熱くなってしまう。
「はい、なんでしょうか?」
「貴女、これは何処で習ったの? とても美味しかったわ。フィーネのレシピなのかしら?」
「いえ、これは私が即興で作った料理です。お口に合うか心配でしたが、美味しいと言って貰えて安心しました」
「まぁ」
気付けばパトリシア様だけでなくフィーネ様や他の皆さんもこちらを感心した様子で見ている。
アルマが今日作ったのは日本の家庭料理をこちらの貴族様向けの料理にアレンジしたもの。
ちょっと戸惑ったけど、やってみれば出来るものだ。
「本当にとても美味しかったわ。ありがとう、アルマ」
「いいえ、お嬢様に喜んでいただけて嬉しいです」
「まぁ、なんだか口まで上手くなったんじゃないかしら」
「え? そうでしょうか...?」
アルマは自分を拾ってくれたパトリシア様に恩義をとても感じていた。ううん、今も感じてる。
だから"私"になる前から性格としてはこうだった筈。
「ふふ、冗談よ。さて私は部屋に戻るわ。アルマ、後でお茶を淹れてくれるかしら」
「畏まりました」
使用人一同立ち上がり、パトリシア様が食堂から出ていくのを頭を下げて見送る。
伯爵領に住んでいた頃はもっと多かったけど、田舎に追放となった今は私を合わせて十名しかいない。
そのうちの私を含む半分はパトリシア様に幼少時拾っていただいたことで恩義を返す為にパトリシア様が行かれるところなら何処までもと付いてきた仲間。
残りの半分はそうではないけどパトリシア様を慕っている方達。
割合としては女性九名に対して男性は一名。
その男性に私は声を掛ける。
「あの、モーリス様」
「おや、これはアルマ様。いかがなされましたかな?」
モーリス・オルラルド様。
燕尾服が似合う初老の渋いおじ様でパトリシア様お付きの執事をなさっている方。
とても有能な方でその働きぶりは伯爵領のみならず他の領内からも近年稀に見る有能者との呼び声が高い。
一度は公爵様から引き抜きの話もあったとかなんとか聞いたことがある。
そのような方がここにいる。
私はとてもそれが不思議だった。
「モーリス様はその...どうしてこちらにいらっしゃるんですか?」
実際のところ彼は新しく伯爵領領主となった方。
つまりはパトリシア様を追放したイザベラ様に伯爵領に残るように止められていた。
それを蹴ってここにいるのは彼の意思。
正直言ってここにいるよりもあちらに残ったほうが彼の未来は明るかったかもしれないのに。
「おやおや、ではアルマ様はどうしてこちらにいらっしゃるのですかな?」
「それは、私はお嬢様に恩義があるからです」
「ほほお。なるほど。ではフィーネ様達も同じなのでしょうね」
「...だと思います」
「わたくしも同じです」
「えっ?」
「アルマ様とは違う形ですが、お嬢様には恩義があるのですよ」
「そうなんですか」
モーリス様はそれ以上詳しいことは教えて下さらなかった。
ただ遠くを見ているような目だったのでパトリシア様が幼少の頃に何かあったのかなって思う。
何にしても彼がそういうことでこちらにいらっしゃるのなら心強い。
モーリス様は執事としての作法だけではなく武にもとても明るい方だから。
そう言えばフィーネ様のお師匠様でもあったような気がする。
ちらと現在食堂を片付け中のフィーネ様を見る。
目と目が合い、フィーネ様の微笑み。
しかしその笑みは怖い。目が全然笑っていない。
私は慌てて清掃の輪に加わった。
◇
清掃を終えた私はパトリシア様の自室にいた。
ポットの中で茶葉をよく蒸らしてからパトリシア様のカップに中身を注ぐ。
室内に香る甘い香り。
「アルマ、これは何かしら?」
「はい。カモミールという名前のハーブを使ったお茶です。心身をリラックスさせる効果があるんですよ」
「まぁ。そうなの」
お茶と言えば紅茶が一般的。
ハーブティなどこの世界には広まっていない。
ううん、他国とか別の大陸によっては飲んでるところもあるのかもしれない。
けど少なくともこの国アリアノラ王国にはそれはない。
さっき昼食を作る際に屋敷の窓からたまたま野生のハーブ群を見つけて幾らか摘んで来ていたのだ。
パトリシア様はまず香りを楽しみ、それから少し間を空けてそのハーブティを口に含まれる。
初めての飲み物だからちょっとだけ抵抗があったのだと思う。
でも喉にそれが通ると緩まれる表情。
私はパトリシア様がカップを空にしてしまわれるのを待ってからティーポットを手に声を掛けた。
「おかわりいかがですか?」
「そうね、いただくわ」
「気に入っていただけたみたいですね」
「ええ、とても。でもアルマ、先程言っていたリラックスの知識は何処で知ったのかしら?」
「それはですね...」
言葉に詰まる。
まさか前世の記憶の本の中にあったなんて言えない。
パトリシア様におかしな子なんて思われたくない。
嘘を付くのは心苦しいけど、何か適当な言い訳を探さないと。
「・・・・・」
「アルマ?」
アルマも"私"も嘘が苦手だった。
というよりもパトリシア様に嘘を付くのが苦手。
おかげでその嘘はとても胡散臭いものになった。
「夢で。そう! 夢で見たんです」
「夢なの?」
「....はい」
冷や汗たっぷりで挙動不審。
明らかに嘘なのにパトリシア様は小さく微笑んだだけでそれ以上私に追求はされなかった。
優雅な動作でカップを口元に運び、二杯目のハーブティを飲み終えられる。
「ふぅ」
茜差す窓辺。
そちらを見ながらパトリシア様の小さなため息。
紅がパトリシア様のプラチナブロンドと融合する。
とても神秘的なお姿。
でも触れたら壊れてしまいそうな、そんな脆さも感じられる。
「どうしてこんなことになったのかしら」
私はパトリシア様の言葉に何も返事が出来なかった。