2-④
アリアノラ王国は腐りつつあった。
歴史を紐解けば今から三百年前。
元々圧政を敷いていた愚王を革命軍が倒し、愚王に変わり民と共に歩む国をと初代国王が建国したのがこのアリアノラ王国。
それから百年は初代国王が目指した国の在り方であったというのに、そこから先は徐々に方針が狂い始めていた。
始めに増長したのは貴族。
自分達が民の為にいることを忘れて民より上の存在だと思いあがるようになり、その結果国から人心は離れていっていた。
そんな膿を摘出出来た今回の会議。
王妃様やエステル様にとっては有意義なものだったと言えるんじゃないかと思う。
二日後には王妃様のお口から正式に今は亡き王の喪に三ヶ月服した後、エステル様が女王としてこの国の頂点に立つことが発表され、それに伴い第一王子と第二王子が今は亡き王から廃嫡されて国外追放となる旨も同時に発表された。
尚、この騒動を齎した貴族と会議の中で国に不利益や犯罪を行っていたことなどが明らかになった貴族は軽いもので爵位返上の上国外追放、領地没収。重くなると縛り首、又は毒杯をいただく処分が決定された。
そして私達は伯爵から公爵となり、ラナ伯爵領はラナ公爵領に。
アリアノラ王国とグリモワ帝国に属しながらも両国から与えられた特権により特別自治区で中立地区というよく分からない領地となった。
これで今回の騒動は一応の幕引きを得た。
…
私達はまだ王都にいた。
明日の午後に馬車で領地へと戻る予定。
来賓室のベットの上、そこに腰かけるトリシアの太股に私は頭を乗せて寝転んでいる。
癒される。愛する人の香りと感触。トリシアが私の顔を覗き込んで微笑む。
「アルマ」
「何? トリシア」
「よく頑張ってくれたわ」
「ありがとう。重くない?」
「ええ、大丈夫よ」
・・・・・。
トリシアのその微笑みを見ていると胸がいっぱいになって堪らなくなり私は起き上がってその身体を抱き締める。
唇に唇を重ねて、耳元で愛を囁き、首筋に痕を残す。
「私は何処にも行かないわ」
「.....ごめんなさい。嫌だった?」
「まさか! 嬉しいわ」
「トリシア」
そっとベットにトリシアを押し倒して、私は上に覆い被さる。
トリシアの脚と脚の間に私の脚。
両手を恋人握りにして身体を密着。
私はまたトリシアの唇を奪う。
深く深く。私の愛をトリシアに。
トリシアもそれに応えてくれて私に愛を返してくれる。
どうしようもない。
トリシアに溺れたい。
あの会議以降私はずっとこんな調子。
弱い自分が情けない。
自分でも自分がトリシアに私の脆さを穴埋めして貰おうとしていることは理解している。
それを見て見ぬフリしてトリシアが何も言わないことを良いことに彼女に甘える。
愛想尽かされても仕方ない。
私はダメな奴。
「はぁ...」
トリシアから離れて肩で息。
思っていたよりも酸素が足りなくなっていたらしい。
トリシアを見ると瞳の中に彼女の優しさ。
「どうしてそんなに傷ついた顔をしているの?」
「.....っ」
「アルマは頑張りすぎだわ。甘えたっていいのよ。その為に私がいるの」
手が伸ばされ、私の首に回されて私はトリシアに抱き締められる。
瞳から零れ落ちる涙。
トリシアが愛しい――――。
「辛かった」
「ええ、そうね」
「女をバカにされて、悔しいのに何も言い返せなくて」
「・・・・・」
「私は、何も出来なかった」
「そんなことないわ。アルマは頑張ったわ。先手を打ってこの国に私達の領地を認めさせた。手出し出来なくさせた。それを何も出来なかったなんて言わないわ」
「...っ。トリシア」
「愛してる。アルマ」
「私も愛してる。トリシア」
私の頭を子供をあやすように撫でてくれるトリシア。
私はそれで我慢の限界を迎え、彼女に縋り付いて長い長い時間泣き続けた。
◇
翌日の午後。
予定通り馬車で王都を出発。
私達を逆恨みした賊の強襲などあるかもしれないと警戒していたけど、特に何もなく二日後私達は領地に戻ってきた。
「おかえりさないませ、お嬢様、奥様」
「ただいま。早速だけどフィーネ様とモーリス様、それから官僚の皆を私の執務室に呼んでくれるかしら」
「畏まりました」
すぐには休まず執務室に私達が留守の間領地を守ってくれていた主要メンバーを呼ぶ。
そこで変わったことがなかったか報告を聞き、特に何もなかったことに安堵して私は王都での出来事を皆に告げる。
「ロメオ様とハンス様が国外追放。エステル様が女王様にですか」
「ええ、この国で初の女王ってことになるわね」
「エステル様と言えばご病気と伺っておりましたが、もうそこまで回復なさっていたのですね」
「そうね。それにあの方は一体どういう耳があるのか。私達の裏帳簿のことも知っていらした。フィーネ様、これについて何か知らないでしょうか?」
「何故私に聞くのでしょうか? それと前々から気になっていましたが今はアルマ様のほうがご身分が上。様付けはおやめください」
「ではそうさせて貰うわ。フィーネ何か知っているんじゃなくて?」
私は裏帳簿のことは信頼がおける者にしか話していない。
私とトリシアの直轄の使用人とブロッサム商会剤部の一部の者、それから官僚のこれも一部。
その者達には徹底してそれが漏れないように言っていたし、事実彼女達はそれをそう扱っていた。
なのにエステル様が知っていらしたということは、この中に内通者がいるということ。
回復なされていたエステル様を来るべき時まで表から隠し、各領地の情報をあの方に流していた存在。
「医学の心得が合って諜報にも長けている。そう言えば私が貴族のマナーを習ったのも貴女からだったわね。フィーネ」
あの時から薄々おかしいとは思っていた。
フィーネは知りすぎだったから。
それもこれも彼女が王妃様の息のかかっていた者だとしたら? と仮説を立てたら納得出来る。
彼女だけじゃない。恐らくなんらかの形で前々より王都から各領地に監視役が派遣されていたのではないだろうか。
だから今回のこの機会にこれほど素早く事態が収拾に向かった。
裏を取るまでは結構な時間がかかったようではあるけど...。
「アルマ様は疑惑ではなくすでに確信を持って聞いていらっしゃるみたいですね」
「ええ、確か貴女は幼い頃にトリシアに私と同じように拾われたのでしたね。でも私の独自ルートでその時のことを調べた結果、不審な点が見つかったの。何故貴女は王都側から走ってきたの? もっと言えば何故貴女はあの時ルーシア伯爵の馬車がその場所を通りかかることを知っていたの? 知らないと待ち伏せなんて出来ないもの。そうでしょう?」
私はエステル様が私達のことを知っていらしたことで私達の中に内通者がいると踏んで独自のルートでその内通者を炙り出すべく動いた。
そして王都から領地まで馬車の中で私が放った密偵から聴いた情報。
怪しいのはフィーネだけだった。
早速王都からの手に職を持った移住者が役に立ってくれたのだ。
「アルマ様に私以上に優れた間者がおいでになったとは」
フィーネのため息。
どうやら認めたらしい。
私は笑み、フィーネに問う。
「王都から指令を受けて潜入したものの貴女はトリシアの生き方に共感していつしか共に歩むようになっていた。...というところかしら。今回それでもエステル様に報告したのはお咎めなしになるだろうということを予め見込んで。違う?」
「参りました。本当に貴女は変わりましたね」
「ありがとう。まぁ私も貴女に誅罰を科すつもりはないわ」
「よろしいのですか?」
「ええ、この領地が育つまで待っていてくれたわけだしね。まだ不十分だったら貴女は報告しなかった筈。だから恩を仇で返すような真似はしないわ。その代わりこれからも侍女長としての仕事よろしく頼みますね」
「はい! アルマ様」
この話はそこで打ち切り。
続いて私は領地のことを話す。
「とさっき聞いて貰った通りフィーネのおかげで万事上手くいって私達は公爵の爵位を賜ったの。ここは伯爵領から公爵領になったわ。アリアノラ王国とグリモア帝国に属しつつ中立地帯というおかしな土地にもなったけど」
私の発表に私と同じくこの場の全員から苦笑いが漏れる。
そんな中、フィーネがふと何かに気付いて。
「そう言えばイザベラ様も毒杯をいただくことになったとか。エステル様からそう聞きました。あの女自分も毒で死ぬってどういう気分かしら。...ではなくて旧ルーシア領はどうなさるおつもりですか?」
今本音が漏れていたよね。フィーネ。
貴女相変わらず時々怖っ...。
それはともかく旧ルーシア領。
それは私も気になっていた。
今回のことで領主を失った領地は一時国預かりとなるらしい。
そのうちエステル様が適切な人材をお決めになって空いた領地に派遣なさるらしいけれど。
「それは...」
ここラナ公爵領と旧ルーシア伯爵領は結構な距離がある。
もしラナ公爵領領地としていただくとしたら陸続きのこのラナ公爵領領地に領主として私かトリシアのどちらか。
向こうの領地に領主としてどちらかという形になるだろう。
以前ラナを狙っていたイザベラ様は成功していたらどうするつもりだったのか知らないけど、私達の場合はそういうことになる。
それは嫌だし、そもそもとある理由から絶対に無理。
となると。
「トリシアと相談して決めるわ」




