閑話の閑話その3
(元町長 現官僚の追憶)
ラナの街改めラナ伯爵領。
始めこの領地にあの方々が来られると王都から使いの方が来られた時はそれはもう面倒なことになったと思った。
このようなことは決して口外出来ないが、お貴族様は高慢な方々が多い。
私腹を肥やす為我々は搾取され続けることになる。
その時の私の瞳にはそんな未来が見えた。
そうだったから私はあの方々と初めて相まみえる時、これ以上ないくらに緊張していた。
ところがあの方は最初の一言で私のお貴族様のイメージをお壊しになった。
「町長様、私は領主としてこの街の長となりますが民の気持ちなど町長様のほうがお詳しいかと思います。ですので遠慮なく私に意見をお伝えくださいね。よろしくお願いしますわ」
あの方はそう言ったのだ。
平民の私に頭を下げながら。
いや、あの方だけではない。
あの方に習って使用人の方々も全員私に頭を下げていらっしゃった。
変な声が出そうになった。
私は兎に角焦った。
「頭をお上げください。私のような平民にそのような...」
「まぁ。私は後発。先発の貴方様にお願いする立場なのですから、頭を下げるのは当たり前のことですわ」
茫然とした。
使用人の方々を何気なく見回すと全員苦笑いをしていらっしゃる。
私はそれを見て皆さんのご苦労を思わず労ってしまった。
それからは本当に私に何をして欲しいのか、何が必要なのかをお聞きになり、あの方々はお屋敷というには小さな建物にお帰りになられた。
それでも何処かで疑っていた。
ただのご機嫌伺いか何かだろうと。
しかし...。
あの方々は数日後から驚くことを始めた。
我々の為に話を聞きながら農地の開拓など行って一年後には昨年までの収穫量を遥かに上回る量の穀物などが実った。
それからはもう私には分からない。
気が付けばインフラ? というものが整備され、ライフライン? とか学園とか通貨の見直しとか新しい税金制度の導入とか見たことも聞いたこともないようなものが街に設置、導入されて街は潤い、やがて都市となって領地となった。
今は私も含めてあの方々あってこそのこの領地と考える者が多い。
それはもはや心酔。
この領地であの方々の悪口でも言おうものなら...。
私達はあの方々に着いていく。
私達の領主様方に。
(とある領主護衛剣士の追憶)
私がこのラナ伯爵領に王都から移住してきたのは二年前。
女だからという理由で王都の騎士団に入団することが叶わず傷心を抱えてのことだった。
剣の腕に自信はあった。
何しろ現役の騎士団も模擬戦において叩きのめしたことがあるくらいの私だから。
実際の戦闘でも傭兵として参加して先陣を切り何人もの敵の首を切った。
手柄は充分。それなのに国は私を認めてはくれなかった。
着の身着のままの移住。
私は何もする気が起きず、数日は無意味にラナ伯爵領内を適当に歩いた。
そんな折見つけた護衛団募集の張り紙。
どうせダメなんだろうなと思いながらも私が他にやれることはないことから受けてみるとテストの末、あっさりと合格を言い渡された。
一瞬呆けてしまった。
男じゃないのにいいのか? と思った。
それから数日後に領主様と面談。
まさかの女性二人にも面食らったものだが、私はお二人に失礼ながらも尋ねた。
「何故女の私を採用なされたのですか?」
お二人はお顔を見合わせて心底意味が分からないという返事をされた。
「「それはどういう意味かしら?」」
「失礼ながら王都の騎士団は男性しか入団出来ません。いえ、他の領地もそうでしょう。ですがここは女の身である私を護衛団に合格させたので。騎士団と護衛団は違うということでしょうか?」
私の質問に応えて下さったのは亜麻色の髪の方だった。
「何故能力がある方を蹴落とす必要があるのですか? 貴女はテストの上で合格した。男だから、女だからなど性別に囚われることはこのラナ伯爵領ではありません。とはいえ私達もかつてはそれに囚われていましたが」
その方は過去を懐かしむかのように"ふっ"と笑う。
その方に"そっ"と寄り添うプラチナブロンドの方。
空気が変わる。そして...。
「女であることに胸を張りなさい。誇りなさい。自分の中の枷を外しなさい。自分を誇りなさい。貴女は狭き門を見事に潜りぬいて今ここにいるのです。ネリー隊長」
「はっ!!」
衝撃が走った。
女であることを誇れと自分を誇れと言われたことに私は感動した。
この方々を生命を掛けてお守りするとその瞬間心に誓った。
「失礼ながらお名前を伺ってもよろしいでしょうか!」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はアルマ」
「私はパトリシア・ラナ・ルーシアですわ」
「アルマ様にパトリシア様」
私の生涯の主。
私はこのお二方の元で後に鬼神とさえ呼ばれるようになる。
閑話はこれにて一旦終了です。
明日からは第二部に入ります。




