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閑話の閑話その1

 聖バレンタインデー。

 数年前までこの国にそんな行事はなかった。

 アルマが広め、今ではすっかり恒例行事となってしまった。


「ブロッサム商会の懐が潤うわ」


 なんてアルマはちょっと悪い顔をして笑っていたっけ。

 その時の彼女の様子を思い出して小さく笑う。

 伯爵令嬢となり、口調など私の真似をするようになったアルマ。

 それでも使用人だった頃の態度は抜けず、貴族としてのふるまいは今尚何処かぎこちないところがある。


 そんな彼女が可愛い。

 いえ、アルマはいつでも可愛いというのが本当なのだけども。

 本人は何故か分かっていないのよね。

 自分は並だって思い込んでいる。


 まぁ私としてはそれはそれで変な虫がつかないからいいんだけど。

 でもやっぱり彼女にも自覚して欲しいって気持ちもある。矛盾。


「アルマ」


 彼女の名前を口にするだけで胸に温かなものが広がる。

 愛してやまない私の妻。

 今日は久しぶりの休暇日。

 仕事をしているアルマを傍で見守って、手伝って、一緒にいたかったけど...。


 私は目の前の戦場を見る。

 ブロッサム商会お菓子部門ラナ本店。

 特別なチョコを求めて群がる女性達。

 この日の為にブロッサム商会美容部門の店で購入したウィッグや衣装を揃えて変装はバッチリ。

 私は戦場に飛び込む――――。


 どうにかチョコを購入して屋敷に帰宅。

 それを加工して特別の特別なものにした私はアルマの元へと急いでいた。


 喜んでくれるかしら。

 可愛いラッピングを施したチョコレートを胸に抱えて屋敷の廊下を小走りで進む。

 我ながらはしたないと思うけど、一刻も早くアルマに会いたかった。


「アル...」


 暫くして彼女の姿を見かけた私は思わず壁を背に隠れてしまった。

 私と同じようにアルマにチョコを渡そうとしている女性・侍女達の姿が見えたから。


「アルマ様、私の想いを込めました。受け取ってください」

「いいえ。アルマ様、私の想いを受け取ってください」


 アルマは私の妻なのに。

 結婚相手がいる相手にそれってどうなの。

 側室を狙ってるのかしら。

 嫉妬の炎が沸き上がる。

 朗らかに笑うアルマ。

 そんな顔を私以外の子に見せないで。

 なんて思うのは私って小さいなって思う。でも辛い。


「ありがとう。でもそれは受け取れないわ。ごめんなさい」


 侍女達の傷ついた顔。

 アルマもさっきの笑みと変わって彼女達と同じ顔。

 私の妻は優しい。優しいから自分に想いを寄せてくれた人を傷つけてしまったことに傷つく。


「貴女達の気持ちは嬉しいわ。でも私には大切な人がいるから」

「はい、奥様ですよね。知っていながら...申し訳ありませんでした」

「申し訳ありませんでした」

「いいえ、私こそごめんなさい」


 侍女達がアルマに頭を下げて去っていく。

 その姿が見えなくなるまで彼女は見送って嘆息。


「ふぅ...」


 辛そうな顔のアルマを見ていられずに私は壁から姿を現す。


「アルマ」


 声を掛けると柔らかな笑み。


「トリシア」


 こちらに歩いてきて私の前に。

 あんなことの後なのにアルマが私に笑みを見せてくれたことが嬉しい。

 私のところに来てくれたことが嬉しい。

 私って最低かもって思う。

 アルマのことになると感情の抑制が上手くいかない。


「その...。さっきの子達」

「見てたの? うん、辛いものね...」

「...アルマ」

「何? トリシア」

「貴女のことが好きよ。大好き。チョコ受け取ってくれるかしら?」


 私はアルマにチョコを差し出す。


「ありがとう。嬉しい。ホワイトデーにお返しするわね」


 そのチョコを受け取ってくれるアルマ。

 心に甘味。私達は婦々(ふうふ)なのに、そうなってからそこそこ期間は経っているのに、どうしてこんなにも嬉しくて幸せって感じるのだろう。

 アルマが好き、大好き。愛して愛して愛している。

 私のアルマ。 


「アルマ」

「わっ! トリシア」


 アルマに抱き着いてその耳元。

 私は告げる。


「ホワイトデーまで待てないわ。今夜アルマを食べたいのだけど」

「えっ!!」


 真っ赤な顔。

 普段より早い鼓動、身体の熱。

 アルマのそれらが全部私に伝わる。

 お互いに深紅の瞳――――。


「今日は胸から血を吸わせて貰おうかしら」

「~~~!!」

「可愛いわ」

「トリシアーーーーー」


 私とアルマはその夜、交代で愛の海に溺れた。


 翌朝。


「おはよう」


 胸元をシーツで隠しながら少し照れくさそうに微笑むアルマに私は「おはよう」と顔を寄せて。

 彼女の唇を啄ばむように何度もキスをした。

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